116話 開けた道の先へ
「よし。じゃあ改めて、一緒に行くぞ!」
「ああ」
シュリを加えて6人となった雷霆冒険団は、再び駆け出す。
ちらと後ろを見やれば、幸いにも凶獣は倒れたままだ。
捜索隊の3人が凶獣を除けるか何かしてこちらを追おうとしているのか、はたまたセツヨウたちの方へ回ろうとしているのかはわからない。
だがどのみち、ライルたちの採る選択肢はひとつだけである。
背後に意識をいくらか割きつつ彼らが進んで行くと、ウメイの町に差し掛かろうかというところで、脇道から飛び出してくる者たちがあった。
「あ、さっきぶりー」
それはフジャを先頭に据えたセツヨウ一行だった。
全員、さして緊急性を帯びた様子も無く、疲労感はあれど概ねぴんぴんしている。
分断されていた2つの集団は、両者足を止めることなく自然と再びひとつになった。
「皆さん! ご無事でよかったです!」
モンシュは彼らの無事にパッと顔を明るくする。
一方でセツヨウらはライルたちを見、少々訝しげな表情になった。
「? なんか増えてるな」
「シュリだ! 今しがた俺たち雷霆冒険団の仲間になった!」
「なるほど……?」
ライルが意気揚々と紹介すれば、まあそういうこともあるかと彼らは半ば無理矢理溜飲を下げる。
事情はいまひとつ理解できないが、悪いことでないなら良いだろう、との認識だ。
続いてライルは、忘れていた! とばかりに手を打ち、シュリの方へと顔を向けた。
「そうだシュリ、俺たちの作戦を教えておかなくちゃな」
「頼む」
こくりと頷き、シュリは耳を傾ける。
「作戦」という言葉の響きと彼の朗らかな雰囲気に、場違いながら口元が緩んだ。
「まず俺たちは追われてる。ちなみにさっきまで戦ってた。でも勝負がつくまで戦うのは得策じゃない」
「ああ、確かにそうだ」
シュリはすぐに納得した。
地底国には空が無い分、増援を寄越され囲まれた場合に不利となりやすい。
まして軍人相手となれば、多勢を破るのは困難を極めるだろう。
実際、捜索隊の万全な包囲陣と連携は、カシャたち3人を完封しかけていた。
あれはライルたちの乱入によって崩されたが、最初から彼らも陣の標的と定められていたらどうなっていたかわからない。
戦いが長引くほど、増援の到来や態勢を整え直されるといった可能性は増し、その分、勝率も下がるのだ。
「だから俺たちは逃げることを目標にした。で、どうやって逃げるかって言ったら……」
つい、とライルはセツヨウを見る。
その視線が説明を促すものだと解し、セツヨウは代わって口を開いた。
「俺は海竜族だ。この場の全員を背に乗せて泳ぐくらいわけない。そして今、俺たちが向かっているのは東の横穴」
「と……いうことは」
シュリは彼の言葉でほとんど解答に辿り着きつつ、しかしライルに続く言葉を求める。
期待を厭わず、ライルはハッキリと頷いた。
「そう。俺たちはこれからセツヨウの手を借りて、海に逃げるってわけ!」
「なるほど。了解した」
くるりと他の面々を一瞥して、シュリは微笑む。
地底国軍の追跡を逃れるために、海へと繰り出す――何と大胆な作戦だろうか。
基本的に。
海中であれ海面であれ、竜態の海竜族に乗っていたとて、一般人が本人らだけで海を移動することは無い。
必ず国に認められた証の旗を掲げた移動船なり、海竜族の輸送業者なりを利用するものだ。
軍人には軍人の、商人には商人の、そして一般人には一般人の、正規手段というものがある。
だがライルたちの示した逃亡方法は、そのいずれにも該当しない。
明らかな一般人がどう見ても非正規の風体で堂々と海を行くという、清々しいほど違法一直線の手段だ。
いやそもそも、ライルたちが横穴に流れ着いたいきさつからして、そんな感じだったか。
思い出し、シュリは布の下でくすりと笑った。
常識的に考えれば無茶だが、存在自体が違法である冒険者にとっては正攻法とも言える。
決して考え無しではないそれをシュリは心から気に入ったし、何より、この場も誰もがその無茶に覚悟を持って突き進もうとしているのが好ましく思えた。
「あと少しだ! 気張るぜ!」
ライルたちはウメイの町中を走り行く。
と、前方……孤児院の付近で彼らに向かって手を振る人影がいくつか見えた。
それらを認識するや否や、ライルたちは顔をほころばせる。
いつも通りの元気な笑顔で、大きく手を振っているのは、ムーファ、ララク、トウィーシャの3人だった。
「シュリにーちゃん、いってらっしゃーい!」
「ケガとかカゼとか気をつけろよ!」
「帰ってきたらお話きかせてねー」
シュリが旅立つであろうことを、既にスアンニーから聞かされているのだろう。
彼らは見送りの言葉を口々に発した。
「留守は俺様たちにどんと任せとけ!」
隣にはフアクとその部下たちもおり、こちらも屈託のない笑顔でシュリに言う。
また彼らが居るのだから当然、スアンニーも居る。
彼は目の前を通り過ぎようとするシュリに、ふっと微笑みかけた。
「行ってこい、シュリ」
「……ああ」
溢れる感情を抑えるように目を細め、シュリは答える。
「行ってきます」
そうして、故郷と親しい者たちを背に。
志を同じくする仲間たちと共に。
彼はウメイの町を出て行った。
「見えた! 横穴だ!」
町を抜けて更にしばらく進んだところで、ライルが声を上げる。
地底の果てにぽっかりと口を開けた横穴からは、揺らめく海が覗いていた。
「フォン、『膜』は頼んだぞ」
「りょうかーい!」
ライルたちは横穴の直前で立ち止まり、セツヨウだけがひとり海に飛び込む。
波立つ水面に彼の姿が消えたかと思うと、淡い光と共に巨大な紺色の竜が現れた。
「おお! デケエな!」
フゲンが思わず感嘆の声を上げ、ライルたちもまた目を見張る。
竜、と言っても天竜族の竜態とは異なる形だ。
あちらが大雑把に表現すれば「翼を持った大きなトカゲ」であるのに対し、こちらは「角を持った大きな蛇」である。
頭部以外はつるりとしていて起伏の少ないその体は、泳ぐことに特化したものだとよくわかった。
「全員乗れ!」
セツヨウは海面に背中を出して促す。
振り返れば、遠くからこちらに迫って来る捜索隊の面々が見えた。
時間は切迫している。
次いでフォンが私の出番だとばかりに、張り切って両手を掲げた。
「大海魔法活動術、《海獣の被膜》!」
彼女の手から放たれた靄のようなものが、ライルたち1人1人をふわりと包み込む。
薄い膜状になったそれは、確かにそこに在るが感触はまるで無いに等しいという、不思議な代物だった。
「これがあれば、水中でも息ができるんだよ」
フォンは得意げに言い、ひょいとセツヨウの背に飛び乗る。
続いてライルたちも次々と彼に乗り、落ちないようしっかりと腰を下ろした。
全員の準備が整ったのを確認するや否や、セツヨウは身を翻して水中に身を沈める。
被膜越しに、冷たい海の温度がライルたちの肌を撫でた。
「行くぞ! 目指すは――海底国だ!」
* * *
「うわー……。海に逃げやがりましたよ。これもう無理ですねえ」
「も、申し訳ありません、隊長……」
「謝るな。全ては隊長たる私の責任だ」
キャット、ニーナ、そして捜索隊の隊長。
3人は、ライルたちが海へと潜っていくのを目撃するに留まった。
あと少しだったのに、という言葉は負け惜しみにしかならない。
横穴に立ち、頭を抱える彼らだったが、ふと人間の気配を感じて振り返った。
「……『灰獅子』か」
隊長が呟く。
そこにはライルたちを可能な限り最後まで見送ろうとやって来ていた、スアンニーたちが居た。
「今は医者だ」
「そうか」
スアンニーが短く答えれば、隊長は静かに頷く。
両者の間に戦意や敵意は無かった。
「帰るぞ」
「はっ」
隊長は部下2人と共に踵を返し、場を後にする。
少々離れたところで、キャットが彼の顔を覗き込んだ。
「いいんです? 後ろにいたアイツら、ネコの潜入してた盗賊団の元構成員ですよ? せめてもの手土産にしないんですか?」
「構わん。有用な情報は既にお前が持ち帰っただろう」
「んふふ、まあそうですねえ。優秀なネコがお利口に任務を果たしましたから」
隊長の呟きを、キャットの自慢げな声を、聞く第三者はいない。
彼らは残してきた隊員を回収し、上層部への報告をまとめるべく、足並み揃えて去って行った。
一方のスアンニーたちもまた、横穴に用事は無くなった。
捜索隊の3人が見えなくなったのを認めてから、ゆっくりと歩き出す。
「さ、俺たちも戻るぞ」
「はあい」
「はい!」
子どもたちとフアクたちを先に行かせ、スアンニーは一番後ろをついて行く。
足を止めてちらりと背後を見れば、横穴の外に海がある。
さっきまでの慌ただしさは海に包まれ姿を消し、穏やかな波音だけが微かに聞こえていた。
スアンニーは前に向き直り、自分を呼ぶ声に応えて、軽い足取りで彼らの元へと駆ける。
照らし草の光が、優しく降り注いでいた。
――生ける者に祝福を。
彼らの門出に声援を。
願わくば、進むその先が明るく在るように。




