113話 セツヨウ一行奮闘す
セツヨウは場を一瞥する。
捜索隊員各々の風体から、相手方の中核が隊長、三つ編みの女性、キャットの3人であることを察した。
「まずは奴らを分断する。ジュリ、頼む」
「任せな!」
ジュリは自信に満ちた表情で腕まくりをし、足元の地面に両手を当てる。
「土魔法戦闘術、《大障壁》!」
ぴし、と土に亀裂が入ったかと思うと、そこから大きな岩盤が盛り上がって来た。
岩盤は分厚く頑丈に、捜索隊を二分するようにそびえ立つ。
分かたれた隊の一方には隊長と三つ編みの女性が、もう一方にはキャットが居る形となった。
「武運を!」
「ああ」
そうしてライルたち雷霆冒険団とセツヨウたちも、示し合わせて別れる。
「舐められたものですねえ。エリート軍人のネコにたった5人で挑もうと?」
自分に戦いを仕掛けに来たセツヨウたちを、キャットは嘲笑った。
分断されたくらいでは、少しも動揺に値しないようだ。
「さあ可愛い凶獣たち! ネコと一緒に、あいつらをぶっ潰しますよお!」
ズズズ……と重たい地響きがして、凶獣が4体、彼の元へと集まって来る。
背後の隊員たちも慣れた風に、恐らく「この場合」用であろう陣形を整えた。
「ち、多いな……」
セツヨウは舌打ちをする。
キャットも軍人である以上、あまり無茶な攻撃はしてこないだろうが、さすがに凶獣がこれだけ居ると手を焼くこと必至だ。
対抗策を練る間も無く、キャットが小手調べとばかりに凶獣を1体前進させた。
太い牙を剝き出しにした凶獣が、咆哮と共にセツヨウたちに襲い掛からんとする。
と、そこでフジャが1歩前に出た。
「ここは俺が」
彼は己の血液を付着させた短剣を構える。
鋭く射貫くがごとき視線の先は、四足で動く凶獣の前足。
「地底国軍式短剣術、《筋断ち》」
タン、と軽やかに足が踏み出される。
フジャは一瞬のうちに凶獣の足元まで接近し、その前足の筋を素早く斬り付けた。
それはほんの浅い斬撃だったが、凶獣の動きがぎくりと止まる。
身を翻したフジャがセツヨウたちの元に戻る頃には、恐るべき巨体がぶるぶると震え、場に崩れ落ちていた。
「フジャ……いいのか?」
「うん。たぶん、もうバレてる」
セツヨウが尋ねれば、フジャはあっさりと頷く。
先にフジャの行動を目にしていたチトを除く面々は、いたく驚いた様子だった。
「ふーん。へえ。ああ、確信しましたよお。やっぱり貴様、そうだったんですねえ」
倒れ苦しむ凶獣には目もくれず、キャットはニヤリと笑って言う。
ただしその笑みには、強い嫌悪感が現れていた。
「――3年前に軍の研究所を脱走した廃棄物。人型兵器の試作品……血液に毒性を持たせた改造人間。ですね? 貴様」
「…………」
フジャは答えない。
もはや肯定も否定も無意味だと感じていた。
「で、そっちの女が一緒に逃げたポンコツ研究員ってとこですか」
「だったら何」
眉間に皺を寄せて、チトは返す。
キャットは小馬鹿にするように、わざとらしく首を傾げた。
「しっかり殺すだけです。貴様らが生きてること、各所に知れると色々面倒なので」
「臭い物には蓋ってこと?」
「そうですよお。貴様もやってたでしょう? 途中でやめたみたいですが」
キャットとチトの間に苛烈な火花が散る。
話の内容――すなわちフジャとチトが何者であるかを察した他の隊員たちの間にも、異様な緊張感が走っていた。
「あーもう! 御託はいいから、さっさとやろうぜ? まどろっこしいのは嫌いだ」
だがそんな空気も何のその、ジュリが大きな声を上げる。
単純明快な催促に場の緊張は緩和され、代わりに両者、戦闘態勢を整え直した。
「ふふん、確かに一理ありますねえ。では仕切り直しと行きましょうか」
キャットは片手を上げ、号令を出す。
フジャの毒を受けていない凶獣3体、そして控えていた他の隊員たちが一斉に動き始めた。
「凶獣を一度に全部相手するのは無理だ、各個撃破で行く。モウゴ、ジュリ、援護を頼んだ」
「うん!」
「おうよ」
ジュリがそのままの位置に留まる一方、モウゴは後方に下がる。
その手には弓が握られていた。
十分距離を取ったところで、彼は弓に矢をつがえてきりきりと引く。
「落ち着いて、狙って……!」
自分に言い聞かせるように独り言ち、前方で首をもたげる凶獣を射線上に捉えた。
「ふっ!」
ひゅん、と矢が空を切って飛ぶ。
矢はセツヨウたちを追い越し、凶獣が気付くより一拍早く、その眉間に突き刺さった。
凶獣は唸り声を上げて仰け反る。
体勢が崩れた。
隙を突いて、チトが凶獣の眼前まで跳び上がる。
彼女は剣を真っ直ぐに持ち、モウゴが射た矢の刺さる眉間へ、力強く突き立てた。
刃は頭蓋を貫通し、凶獣の脳を貫く。
しかと手ごたえを感じたのち、チトは剣を引き抜いて離脱した。
急所に致命的なダメージを負った凶獣は、眉間から血を噴き出しながらゆっくりと倒れる。
そしてそのまま、ぴくりとも動かなくなった。
セツヨウらと共に他の凶獣を近付けさせないようにしていたジュリは、ガッツポーズをする。
「っしゃあ! まずは1匹――」
だが次の瞬間、彼女は何かに吹き飛ばされ、通り沿いの家屋の壁に激突した。
「ジュリ!」
虚を突かれ、にわかに焦るセツヨウたちを嘲笑う影がひとつ。
キャットだった。
「ちょっとお、ネコも戦えるの忘れてませーん?」
ぴょこぴょこと見せつけるように跳び回りつつ、彼はジュリの方に目をやる。
ぶつかった壁に背を預ける形でくたりと項垂れており、意識は無いように見えた。
が。
「ふふ、伸びちゃいました? 魔人族ですもんねえ。あー愚か! 滑稽ですねえ……ッ!?」
突如、氷の刃がキャットを襲う。
すんでのところで躱す彼だったが、刃の発生源に目を疑った。
気絶させてやったはずのジュリ。
魔法で作られた氷の刃は、確かに彼女の元から放たれていた。
想定外の挙動にキャットは警戒する。
彼の目の前で、彼女はむくりと起き上がった。
彼女は服や手についた土を払い、朗らかな笑顔をキャットに向ける。
「愚かじゃないもん。私たち、知能派だよ。賢いんだから!」
「! 貴様は……」
キャットは直感的に気付いた。
この女は、先ほど蹴り飛ばしてやった彼女とは違う人間だと。
動揺する彼に答えを示すがごとく、起き上がった彼女は言う。
「こんにちは、私フォン。ジュリの『もうひとり』」
そう。
彼女は、彼女こそが、ジュリと体を共有する人物。
セツヨウの言っていた「柔和な方」であった。
「さっきまで、ずうっとジュリに任せっぱなしだったからね。ここからは私の出番だよ」
「面倒ですねえ……!」
ぎりりと歯噛みして、キャットはいったん凶獣のところまで退く。
ジュリが気絶してフォンが出て来たということは、フォンが気絶しても今度はジュリが出て来る……といったふうに、実質的に意識を失わせられない可能性がある。
まだ事例不足で判断はできないが、有り得なくはない話だ。
フジャとチトはともかく、他の面々はみだりに殺すと角が立つ。
が、加減して負けては本末転倒である。
凶獣も既に2体倒されてしまっているし、これはいよいよ本気で殺しにかからねばならないか。
キャットは舌なめずりをして、凶獣に次の命令を出さんとする。
しかしその時、轟音と共にジュリの作った壁の一部が破れ、何者かが吹っ飛んで来た。
もうもうと立ち込める土煙を払い、何者かはふらりと体勢を立て直す。
それは捜索隊の主戦力の1人――三つ編みの女性隊員だった。
「え、ちょっとニーナさあん?!」
素っ頓狂な声でキャットは彼女の名を叫ぶ。
どうやら、本気になるのが少し遅かったらしい。
形勢が傾き始めているのを察し、キャットは冷や汗をかいた。




