112話 到来
ライルたちが出かけてからしばらく後。
孤児院の玄関扉が開き、スアンニーと子どもたちが帰って来た。
「ただいま」
「ただーいまー!」
4人を出迎えたシュリは、「おかえり」と短く言って、口元を隠す布の下で微笑む。
盗賊団騒動を経て以前よりも心なしか明るくなったスアンニーと、いつも通り元気な子どもたちに、穏やかな安堵を覚えていた。
外から帰った時のお約束、手洗いうがいを済ませてから、4人はシュリと共に居間へと移る。
そこではフアクがソファに座り、彼らの帰りを待っていた。
「あいつらはどうだ? 件の仲間の捜索は捗っているのか」
スアンニーは、自分たちの帰宅に表情を明るくする彼に問う。
「2人……じゃねえや、3人は見つかりました。金髪の奴と、2人で1人の奴。んで、残りの仲間探すためにセツヨウとそいつらでニユの町に行きましたよ」
ニコニコと上機嫌にフアクは答えた。
伝えるべきことを違わず口にする姿は、どこか誇らしげというか、お利口さに胸を張る子どものようだ。
「ライルたちは別件で気になることがあるみたいで、そっちもニユの町に。夜には戻るっつってました」
「そうか。…………」
頷き、スアンニーは少し思案する。
考えたのはライルたちのことと、それから。
ちら、と視線がシュリに向けられる。
視線に混ざるのは、確信に近い疑心だった。
「フアク、夕飯まで向こうでチビたちと遊んでやってくれるか」
シュリ本人がそれに気付くより先に、彼は視線を戻してフアクに言う。
「もちろんです! 大人しく遊ぶぞムーファ、ララク、トウィーシャ!」
「はーい!」
「じゃ、フアクにーちゃん絵かいてくれよ」
「かいてかいてー」
きゃいきゃいと無邪気な彼らは、スアンニーの言葉の意図を深く考えることもなく奥の部屋へと駆けて行った。
残されたシュリは、そこでやっと自分に刺さる視線に気付く。
これは何かを咎める時のそれだ、と。
「スアンニー……?」
彼は心当たりが無い不安から、恐る恐る名を呼ぶ。
スアンニーは部屋の窓を開けて、煙草を1本取り出し、火を点けてから、彼にゆっくりとソファを指し示した。
「シュリ、そこに座れ」
物々しい雰囲気にシュリは息を呑む。
が、そこから始まった会話は何も恐れるようなものではなかった。
行われたのは、長くも短くもない言葉のやり取り。
それを終えた両者の顔は少し晴れやかであり、加えてシュリはというと――迷い無き足取りで孤児院を出て行った。
* * *
ニユの町にて、カシャたちを助ける形で戦闘に介入したフジャと、彼に対する認識を改めたキャットたち地上国軍『箱庭』捜索隊。
両陣営の間にひりついた空気が流れたのち、捜索隊の隊長と二三言葉を交わしたキャットはニヤリと笑った。
ただし、そこには先ほどまでには無かった、濃い警戒の色があった。
「予定変更です。貴様と……そこの女も共犯ですかねえ? どのみち関係者っぽいので、殺しまあす」
致し方なくフジャに続くように姿を現していたチトに彼の視線が行き、フジャは慌てて口を開く。
「! チトは関係――」
「あるわよ」
だがチトはきっぱりと宣言する。
つい先刻までは全く乗り気じゃなかったのに、と目を丸くするフジャに答えを示すがごとく、彼女は続けた。
「こうなったらヤケだわ。何が何でも勝って生き残るわよ、フジャ」
「! うん」
どうやら腹を括ったらしい。
彼女なりに積極的になった結果だとわかり、フジャは安心して頷いた。
と、それからチトはカシャの方を向いて頭を下げる。
「私たちだけ逃れようとしてごめんなさい。ここからは私も戦うわ。償いになるかわからないけれど」
「気にしないで。それより今はどうやって切り抜けるか、よ」
軽く笑い、カシャは前を見据えた。
眼前にはほぼ無傷の捜索隊と、その後方で囚われているモンシュとクオウ。
クオウは隙を突けば自力で逃れられないこともないが、気絶してしまっているモンシュは直接助け出す必要がある。
動ける味方は3人、対して敵は40人。
相手方の戦力の中心である、隊長、キャット、三つ編みの女性は、1人ずつ分散させないことにはまともに太刀打ちできそうにない。
どうにかして陣形を崩さねばならないが、地底国の町の通りという限られた空間でどうやってそれを為すか。
また彼らを突破した先で、憲兵たちが待ち構えていないとも限らないだろう。
そんな具合にカシャが状況を整理しつつ打開策を探っていると、ふと彼女の視界に映るものがあった。
位置は斜め上方。
ギラリと光る銀色――が、ふたつ。
こちらに向かって来ている。
瞬間的に、カシャはそれらが何であるか気付いた。
槍の穂先と、髪の色だ。
「おらァーーーーーーーーッッッ!!」
直後、2人分の威勢の良い声が降って来る。
雄たけびを上げているのは、言わずもがなというべきか、ライルとフゲンだった。
「天命槍術! 《雷霆》!」
「我流! 体術! 《ぶん殴る》!!」
彼らは同時に、地面に技をぶつける。
途端に土煙が舞い上がり、場に居る面々の足元を衝撃が伝った。
視界を覆われ、体勢を崩されてカシャとクオウ以外の全員が困惑する中、「ぎゃっ」「ぐえっ」などという捜索隊隊員たちの短い悲鳴が響く。
「何者だ!」
隊長が叫び、周囲を警戒する。
その目がライルとフゲンを捉えるより早く、彼らは土煙の立ち込める中からカシャたちの方へと飛び出した。
「ライル! フゲン!」
カシャは安堵と共に彼らの名を呼ぶ。
2人はそれぞれ、モンシュとクオウを脇に抱えていた。
「モンシュ確保!」
「クオウ確保!!」
「ちょっ、もっと慎重に持ちなさい!」
ライルたちの雑な持ち方にカシャが慌て、たしなめる横で、フジャたちにも駆け寄る影があった。
「チト、フジャ、無事か?」
「みんな……!」
セツヨウ、モウゴ、ジュリとフォンだ。
彼ら4人はライルたちが派手に登場する傍で、上手く捜索隊をすり抜け、回り込んで来ていたのである。
顔を輝かせるフジャに、しかしセツヨウは表情を険しくした。
「やっと会えた、が状況は芳しくないな」
くるりと振り向いて見たのは、彼らと対峙する捜索隊だ。
ようやく土煙が晴れてきたことで、隊列は秩序を取り戻していた。
先ほどモンシュとクオウの奪還にあたってライルたちが伸した隊員は3名。
残る敵は37名だが、主力の3名が全員無事であるから全体の戦力としては先ほどまでと大差ないだろう。
カシャたちだけよりかは好転したが、依然として予断は許されない。
……というのがセツヨウの見立てだったが、反してフゲンは自信満々に笑う。
「いーや、形勢逆転だぜ。俺らが揃ったからには、あいつら全員ボコボコってわけ!」
「余裕かはわかんねえけど、負ける気は無いな!」
次いでライルも挑戦的に口角を上げた。
そんな彼らが気に食わなかったのか、キャットは顔をおもいきりしかめる。
「隊長、凶獣呼んじゃっていいですかあ?」
「許可する。ただし周辺への被害は最低限にしろ」
「了解でーす」
どうやらまた、ウメイの町でやったのと同じような戦法を使う気らしい。
ライルは槍を持ち直しつつ、予想される戦況を脳内で試行した。
「セツヨウ、お前らって戦えるか?」
「一応。だがあまり期待はするな。それよりも俺は――」
ひそ、とセツヨウは小声で続く言葉を伝える。
それを聞き届けるや、ライルはパッと笑った。
「上等! じゃあ、頼んでいいか」
「もちろん」
セツヨウは頷く。
カシャたちやモウゴたちも、彼の提示した策に希望を見出していた。
「よっし! 行くぜ、お前ら!」