111話 血とナイフ
ニユの町に現れた地上国軍『箱庭』捜索隊。
計40名の隊員で構成された彼らによって、カシャたちは苦戦を強いられていた。
というのも、彼らは隊としての練度が相当高く、互いに連携して応戦しようとしたカシャ、モンシュ、クオウをあっと言う間に分断し多対1の状況を作り上げたのだ。
カシャには捜索隊の隊長と、どうやら隊の一員であったらしいキャットが。
クオウには隊長の横に控えていた女性が、それぞれ中心となって立ち塞がっている。
そして戦力外と見なされているのか、モンシュと、チト、フジャは戦闘範囲外に押し出され、合流を阻止されていた。
「くっ……!」
隊長の男性が振るう槍を躱しながら、カシャは己を囲む隊員たちを薙ぎ払っていく。
この隊長は、額に白磁の角を生やした有角族だった。
左目を眼帯で覆っているものの動きに支障は無いようで、それどころかそこらの軍人とは比べ物にならない機敏さと力強さを備えている。
得物である槍はライルが使っているものより柄が太く、刃の部分も分厚い造りだ。
繰り出される一撃一撃は非常に重たく、正面からではまともに受け止めきれないとカシャは察していた。
故に彼女は、ひとまず回避に徹しつつ周囲の隊員を処理していこうとしている、のだが。
「ほおら、もっと頑張ってくださいよお」
隊長の攻撃の合間合間を縫って、キャットが鋭い蹴りや拳を差し込んで来ていた。
彼はその身軽さを存分に活用し、上空から、あるいは斜め下方から、カシャのやりにくい角度を狙って攻撃をしかける。
そのせいで、カシャは少しも休まる暇が無い。
隊長の槍を避け、背後の隊員をいなし、キャットの追撃を弾く。
目まぐるしく降りかかる攻撃によって、カシャの強みである機動性はほとんど封じられていた。
「降参したらどうです? オススメですよお」
「無駄口を叩くな」
「はーい」
よく回る口で煽るキャットと、彼を諫める隊長。
どちらも余力は十二分にあるようだ。
対するカシャは既にかなり体力を削られており、このままでは押し切られること必至であった。
そんな彼女の様子を、フジャとチトは路地の影から見ていた。
何のことは無い、冒険者であることがバレていない彼らの動きは大して注視されておらず、そのため逃げ隠れも用意であったのだ。
「チト……」
「駄目」
物言いたげなフジャに、チトはぴしゃりと言い放つ。
彼が何を思っているのか、完全にわかった上での否定だった。
「それだけは駄目。わかるでしょう、フジャ」
チトは左方……カシャが居るのとは反対側へと視線を向ける。
そこではカシャと同じく包囲されたクオウが、三つ編みの女性と交戦していた。
「エトラル式魔法戦闘術、《氷花乱舞》!」
クオウが叫ぶと同時に、空中に無数の氷の粒が生じる。
かと思えばそれらは一斉に膨張し、大輪の花をかたどった。
氷の花々は淡い光と共にその花弁の1枚1枚を、鋭い刃に変えて四方に放つ。
地面や隊員の手足など、刃に当たった部分はすぐさま凍りつき始め、新たに小さな花を生む。
その花がまた花弁を散らし、氷はどんどん拡散されていった。
隊員の多くは魔法の効力を知るや慌てて回避行動をとり、あるいはそれも虚しく氷に侵される。
しかし、三つ編みの女性は少しも退く素振りを見せず、飛来する氷の花弁に向けて剣を構えた。
「――地底国軍式剣術」
ぐ、と腰を落とし、切っ先の狙いを定める。
花弁のひとつひとつを冷静に視界に収め、認識し、彼女は軸足に力を込めた。
「《破砕》」
瞬間、女性の眼前にあった花弁がひとつ残らず斬り砕かれる。
彼女が剣を鞘に仕舞うと共に、一陣の風が吹いた。
「氷が……!」
クオウは慌てて次の攻撃を繰り出そうとする。
だが魔法が形を成すより早く、女性が彼女の懐まで接近した。
「お前、魔力は多いようですが動きは素人そのものですね」
ちき、と音を立て、鞘から剣が抜かれる。
それをクオウが認識すると同時に斬撃が繰り出された。
クオウは仰け反り、かろうじて回避する。
次いで魔法で反撃しようとしたが、素早く背後に回り込んだ女性に腕を掴まれ、動きを封じられてしまった。
「その程度で勝てると思わないでください」
女性の冷たい声と、鋭い剣先がクオウに突き付けられる。
軍人たちの隙間からこれを目にしたカシャは、血相を変えて飛び出そうとした。
「クオウから離れなさい!」
「おっと」
けれどもキャットがそれを阻む。
とんとんっと軽やかに跳び、カシャの行く手を閉ざして包囲網の中に留めさせた。
「させません! 皆さんのことは、僕が!」
と、今度はモンシュが駆け寄る。
隊員たちの隙を突き、合間をすり抜けて近付いた。
何とかクオウを囲む隊員たちの中に割り込むと、すぐさま竜態に変じる。
三つ編みの女性やキャットを除いた隊員たちはどよめき、隊列を崩しそうになった。
「天竜族か」
目の前に出現した白い竜を見上げ、隊長は槍の矛先をそちらに向けようとする。
が、少し考えるような素振りを見せた後、キャットに目配せをした。
キャットは返事の代わりににんまりと笑い、白い竜に向かってひときわ大きく跳躍する。
「猫猫体術、《蜻蛉狩り》」
そのまま空中でくるりと身を半回転させて、強烈な蹴りを喉元に食らわせた。
「あうっ……!」
「モンシュ!」
隊長の槍を捌きながら、カシャが悲鳴を上げる。
竜の体はぐわんと大きく揺らぎ、発光を伴って消えた。
「竜態になられようが、べっつに的が大きくなるだけなんで、いーんですけどねえ。まあフツーに邪魔なので先に貰っときまあす」
華麗に着地したキャットは、衝撃で気を失い、人間態に戻ったモンシュをひょいとかついで近くに居た隊員に渡す。
「この……!」
カシャは必死で包囲を脱そうとするが、キャットが居なくとも形勢は変わらなかった。
全力でモンシュとクオウの救助に徹するという手も頭をよぎったが、この隊長に背を向けたが最後であることを、彼女は本能的に感じ取っている。
仲間を助けなくてはならない、なのに身動きがとれない。
焦りばかりが募る彼女に、クオウが叫んだ。
「逃げて、カシャ! あなたまで捕まったら……!」
「できないわ!」
カシャは即答する。
これがそこらの悪党ならまだしも、相手は軍隊だ。
例えライルたちに助けを求めに行ったとて、戻って来る頃には2人は既にどこかへ連行されてしまっているだろう。
そうなれば奪還は一層困難になる。
故に彼女は、何があろうと諦めるわけにはいかなかった。
「チト」
捕らえられたモンシュとクオウ、戦い続けるカシャをなおも影から見ていたフジャは、ぽつりと零す。
「俺やっぱ、助けたいよ」
言い終えるが早いか、彼は駆け出した。
「待って、フジャ!」
チトが制止しようとするも時すでに遅し。
真っすぐカシャの――というより、キャットと隊長のところへと向かったフジャは、彼らの目に留まった。
「おやおやあ? 貴様、邪魔する気ですか?」
わざとらしく首を傾げてキャットは問う。
「するよ」
フジャは堂々と頷いた。
緑色の瞳は正面を見据えている。
それから彼は、鞄から小さなナイフを取り出して、自らの腕を斬り付けた。
「? 何を……」
訝しげな表情をするキャットに、フジャはそのナイフを投擲する。
大して威力があるとも思えない攻撃……だったが、血の付いた刃を間近に捉えたキャットは顔をひきつらせた。
「ッ!!」
ナイフを軽く掴んでやろうと伸ばしかけていた手を即座に引っ込め、全力に近い速度で横に跳び退く。
「ねえ隊長、あいつもしかしてえ……」
「可能性は高いな」
神妙な顔で言うキャットに、隊長は首肯する。
彼らの目に映るフジャは、もう単なる一般人ではなかった。