110話 気になること
「うーん、見つかんねえなあ」
ライルたちはエングの街を丸っと1周見て回ったのち、元の場所まで戻って来た。
隅々の路地まで探し回った彼らだが、未だ残る2人――フォンとジュリは見つかっていない。
「僕が彼女たちを見失ったのはこの辺りなんだけど……」
モウゴは何かに気をとられ明後日の方向へと行きそうになったフォンとジュリを追おうとして、セツヨウたちと離れてしまったとのことだ。
その「何か」がエングの街中にある以上、余所へは行っていないのではないか、というのが彼らの見立てだった。
が、どうもそれは外れである可能性が濃厚になって来ている。
「もうこの街には居ないのかもな。1回ウメイの町に戻るか?」
「そうしよう。しかし悪いな、あちこち連れ回して」
「何てことねえよ。気にすんな!」
ライルはニコリと笑ってセツヨウに言う。
実際、旅を続け幾度も戦いを潜り抜けてきた彼からすれば、このくらい苦にならなかった。
かくしてライル、フゲン、シュリ、セツヨウにモウゴを加えた5人は、スアンニーらが待つ孤児院へと帰還した。
……のだが、彼らを待っていたのは思いもよらぬ光景だった。
「あ、お邪魔してマース」
孤児院の応接間にて、そう言いながらひらひらと手を振る人物。
完全にまったりとくつろぐその姿を見、セツヨウとモウゴは揃って目を丸くした。
「ジュリ!?」
ゆるいウェーブのかかった淡い緑色の髪を、背中まで伸ばした若い女性。
それは先ほどまでエングの街で探されていた、件の仲間だった。
なおセツヨウたちが呼んだ名を参照するなら、今はフォンではなくジュリの方が「表」に出ているようである。
意外も意外な場所での再会に驚く面々の横で、フアクは自慢げに部下たちの肩に手を置いた。
「俺様の優秀な部下たちの功績だぜ」
「へへへ、それほどでもねえですって。ま、皆さん座ってくだせえ」
部下たちもまた、言葉では謙遜しつつも誇らしげに言う。
一方のジュリは、頭の後ろで手を組んでどっかりをソファにもたれかかった。
「いやー探したぜ、2人とも」
「それはこっちの台詞だよ……! いったいどこに居たの?」
呆れ半分にモウゴが尋ねれば、彼女はきょとんとした。
「どこってあの街だよ。縦穴降りてすぐンとこ。しばらくお前らのこと探してたんだけど、居ねえからちょっと前に移動してここまで来たってわけ」
「で、ちょうど孤児院の表を歩いているのを、俺様の部下たちが見つけたんだ」
すかさずフアクが補足する。
よほど部下のあげた成果――彼らからすれば「悪事」――が喜ばしいのだろう。
「まあ合流できて良かったが……。2人して何に気を取られたんだ、お前たちは」
セツヨウはジュリに、最も疑問であったことを問うた。
そう、彼女らは常に2人で居る。
「裏」に引っ込んでいる方にも「表」の見ている景色や聞いている音などは共有されるし、もちろん互いに意思の疎通もできるのだ。
普段であれば、「表」に居る方の不注意も「裏」に居る方がカバーできるし、している。
にもかかわらず今回、2人して意識を持っていかれたということだから、並々ならぬものがあったに違いなかった。
思い付く限りの深刻な事態を想像しつつ返事を待つセツヨウに、しかしジュリはあっけらかんと答えた。
「なんか妙な魔力の気配があって、ヤな感じだったから元を辿ろうとしたんだよ」
「妙な魔力?」
拍子抜け……と思いかけるも、否、とセツヨウは考え直す。
魔人族の者たちに言わせれば、魔力に感情や意志の片鱗が混ざることがあるそうだ。
つまり「ヤな感じのする妙な魔力」というのは、悪意や負の感情を持った者が発しているものの可能性が高い。
隣で聞いていたライルもまた、彼女の主張が些事に見えて大事であるのを感じ取った。
「んー、上手く言えねえけど……そう、言ったらアレだな」
その時のことをできるだけ思い出せるよう、目を瞑ってジュリは言う。
「黒っぽい、底無しの穴みたいな魔力だ」
ぎくり。
ライルの心より深い場所が引きつった。
臓腑をいきなり鷲掴みにされたような不快感と恐怖がないまぜになって浴びせられる。
黒――確かフゲンと会ってすぐの時、ギャランという占い師の少女に示されたものも、それだった。
同じだ。
あの時感じたのと同じ感覚が、今またライルを襲っていた。
思い出せないが、知らないはずはない何か。
恐らくは、かつて……3年前に己を蝕んだモノ。
ジュリが感知した魔力は、それに関わるものだとライルは確信していた。
他者を納得させられる根拠は無い。
それでも確実に。
ギャランの占いでは、「黒」は「立ちふさがる壁」として提示された。
どのみち良くないものであることは間違いない。
どうにかして、対処しなくては。
「――じゃ、とりあえず待機しとくか。ライルもそれでいいな?」
「っあ、ああ」
と、悶々と考えていたライルはフゲンの声で我に返る。
ぎこちない返事をした彼に、フゲンは眉をひそめた。
「……具合悪いのか?」
「え? いや、別に大丈夫だぞ」
「気になることでもあんのか?」
「無い無い」
ライルは首を横に振る。
この件に関してだけは、決して誰も関わらせてはいけなかった。
何食わぬ顔で取り繕おうとするライルだったが、しかしフゲンはじとりと彼を見つめる。
「だ、大丈夫だって」
「…………」
なおもフゲンはひたすら、正面から見つめる。
息が詰まりそうなほどの無言の追及だ。
ライルは次第に耐え切れなくなり、両手を上げた。
「……わかった! 降参! ジュリの言った魔力の源が凄く気になる!!」
「おし、じゃあ行くぞ!!」
回答を得るや否や、フゲンは満面の笑みでそう言いライルの腕を掴んで立ち上がる。
勢いが良すぎてソファがガタンと揺れた。
「夜には戻る! カシャたちが帰って来たら言っといてくれ!」
「わかった。スアンニーさんにも伝えとくぜ」
「頼んだ!」
言い終えるより早くフゲンはライルを引き連れて、孤児院から出て行く。
表の方からライルの「お、おい、ちょっと!」とか「自分で歩けるって!」とかいう声が少しの間、聞こえて来たがそれもすぐ無くなった。
「お前らはどうする?」
相対的に静かになった室内で、フアクはセツヨウたちに言う。
「やることねえし、フジャとチト探すの手伝いに行くか?……フォンもそれで良いってよ」
「そうだね。ライルさんの仲間の方たちにだけ、お任せするわけにもいかないから」
ジュリとモウゴがそう頷き合えば、セツヨウもまた首肯した。
「こういうわけだ。慌ただしくて悪いが、俺たちもニユの町に行く。フォンとジュリを見つけてくれた礼はまた後ほどするから少し待っていてくれ」
「礼なんか要らねえよ。俺様たちは、思うまま悪事をはたらいただけだからな」
「悪事……?」
「何言ってんだこいつ」
「こ、こらジュリ! しーっ!」
そうして、彼ら4人もまた孤児院を後にした。
ライルとフゲン、セツヨウらの賑やかさによって、この僅かな時間のうちに部屋の人口密度は中々の増減具合を見せることとなった。
シュリはそんな彼らの発つ後ろ姿を、物言わず眺めていた。