105話 迷子の5人
「迷子の連れを探しているんだ」
ニユの町に向かった1件の翌日、ある青年が孤児院にやって来てそう言った。
正確には、彼に町中で呼び止められたライルが、仲間のいる院に連れて来たのだが。
「セツヨウ」と名乗ったその青年は、紺色の髪に黒色の目、モノクロを基調とした無難な服装と落ち着いた外見をしていた。
彼は頭を下げながら、言葉を続ける。
「故あって憲兵は頼れない。悪いが手伝ってくれないか」
「いいぜ。どんな奴だ?」
ライルが即答し、他の面々も当然のごとく頷くと、セツヨウは「ありがとう」と顔を上げた。
その頬は安堵に少し緩んでいたが、すぐに苦々しい表情に変わる。
「あー、まず連れは5人居るんだが……」
「5人」
「待て、そんな目で見るな。本当に、迷子になったのはあいつらの方なんだ」
向けられる視線が一変しそうなのを感じ取り、セツヨウは慌てて弁解する。
普通、6人が1人と5人に別れてしまった場合、「迷子」は「1人」の方であるが、どうやら彼らの場合は普通ではないらしい。
セツヨウが何も、自身の見栄のために嘘や誤魔化しを口にしているわけではないことは、彼の眉間に深く刻まれた皺を見れば誰もが何となくわかった。
「1人は人間族の男……少年だ。癖毛の金髪で、前髪で両目が隠れている。引っ込み思案で人見知りが激しい」
気を取り直して、彼は仲間の特徴を列挙し始める。
「1人は有角族の女で、藤色の髪と赤色の角をしている。小柄で吊り目、強気な性格が顔にも出ている。もう1人は人間族の男で、濃い紫の髪と、目は緑色だ。能天気な奴で、普段は有角族の女が手綱を握っている」
ライルたちはそれをひとつひとつ、よく覚えながら聞いていた。
が、次にセツヨウが放った言葉に目を丸くした。
「それで残りの2人は、1人だ」
矛盾した文章に、全員の思考回路が不具合を起こす。
2人が1人であるとは、これいかに。
皆があまりにも「意味がわからない」という表情をしていたからだろう、セツヨウは急いで説明を付け加えた。
「1人の中に2人居る、つまり人格が2つあるんだ。魔人族の女で、淡い緑色の髪をしている。片方は柔和、もう片方は快活な性格をしているが、揃って好奇心は旺盛だ」
「なるほどな。5人ともなんとか探せそうだ」
うんうんとライルは頷く。
有角族と金髪の人間族は見た目でわかりやすそうだし、紫髪の方の人間族も有角族と一緒にいる確率が高い。
魔人族の2人は視覚的には見つけづらいかもしれないが、ライルには秘策があった。
「どの辺りではぐれたの?」
追加でクオウが尋ねれば、セツヨウは顎に手を当てて先のことを思い返しながら答える。
「藤色の奴と紫の奴は向こうの……そう、ニユの町で居なくなった。金髪の奴と淡い緑の2人はそれよりも前、縦穴を降りてすぐの街で姿を消したな」
2か所で、とはこれまた難儀なことだ。
当然まだ彼の仲間とは会ったことの無いライルだが、彼らの奔放さが何となく想像できた。
「ニユの近くの縦穴……ならばエングの街か」
「シュリさん、ご存知ですか?」
「ああ。時々行くところだ」
「なら手分けして探しましょう。ライル、フゲン、シュリ、セツヨウはエングの街。モンシュ、私、クオウはニユの町を」
情報共有も済んだところで、カシャが組分けの指示を出す。
次いでフアクは、テーブルでムーファたちとお絵描きに興じていた部下たちに呼びかけた。
「じゃあお前ら、俺様はこのザマだから、悪いが代わりにこの近辺を捜索してくれ」
「了解です、カシラ!」
「せんせー、俺たちも手伝おっか?」
「お前たちは俺とフアクと一緒に留守番だ。重要な任務だぞ」
「ん、がんばる!」
とんとん拍子で話が進んで行く彼らの様子に、セツヨウは再び頭を下げる。
「恩に着る。この借りは生きているうちに必ず返す」
「生きているうちに」。
その言い回しの裏に、ライルはふと何かがよぎったのを感じ取る。
覚えのある「何か」に目を凝らそうとするも、顔を上げたセツヨウの表情には、もう何も見えなかった。
* * *
かくして一同は各組に分かれ、シュリの案内の元、ライルたちはエングの街に向かって歩き出した。
街が近付くにつれ道行く人の数は増え、声や音の混じる騒がしさも増して行く。
道中も注意を払っておこうということで周囲を見回しながら歩く4人だったが、不意にライルが口を開いた。
「セツヨウは旅人か?」
「ああ、まあな」
「……もしかして冒険者だったり?」
少し小さな声で発された言葉に、セツヨウは目を丸くして、その後、こくり、と控えめに頷いた。
「はは、当たり!」
「実はオレらもだぜ」
素性を見抜いて何を仕掛けてくるつもりなのかと身構えたセツヨウだったが、全く何をするでもなく会話を続けるライルとフゲンに内心ほっと胸を撫で下ろす。
「同族……いや競争相手、か。良いのか? 俺に協力していて」
「良いだろ。別に敵じゃないんだから」
「……人が好いことだ」
言われて、ライルは胸にチクリと針が刺さった心地がした。
今、ライルたちは冒険者たちが探し求めているであろう『地図』を獲得している。
そのことを黙ったままでいるのは、彼にとって良心の痛むことだった。
だがこればっかりは仕方がない。
何があっても自分たちが最初に『箱庭』に行かねばならないのだと、ライルは固く決意しているのだから。
「しかし驚いた。冒険者なんて、絶滅危惧種かと」
「絶滅危惧種?」
ライルが聞き返せば、セツヨウは首肯して続ける。
「知らないか? 預言があった当初は大勢いたが、規制する法律ができてからは一気に減ったんだよ」
「そっか、ルールだからな」
「それもあるが、普通に逮捕されまくったからな。今も冒険者をやっているのは、よほどの意志がある奴か、力がある奴か、無鉄砲な奴だけだ」
逮捕、と聞いてライルは地上国軍『箱庭』捜索隊、すなわちリンネたちのことを思い出した。
確かに彼女らはとても強かった。
物資の面でも国という強力なバックが付いている捜索隊が、素人か良くて「くずれ」の冒険者たちを圧倒したというのは、容易に想像できる。
あと捜索隊と言えば、フゲンの妹であるアンは今頃どうしているだろうか――などと思考を巡らせていると、後ろからほんの小さな声が聞えて来た。
「……いいな」
声はシュリのものだった。
ライルたちは思わず振り返る。
と、シュリは慌てた様子で首を横に振り、何かを否定しようとした。
「あ、いや……何であれ、冒険者をできるだけの胆力があるというのは、良いことだな、と」
「……シュリも何か願い事があるのか?」
「自分は……別に」
目を伏せ、彼はまた首を振る。
明らかに追及を拒む仕草だった。
そうこうしている間に、4人はエングの街に辿り着いた。
話したいことは多々あるが、ひとまずお預けだ。
「そうだ、セツヨウ。仲間の名前は?」
大きな道とそれに沿って建物のずらりと並ぶ街並みを眺めながら、ライルは尋ねる。
「金髪がモウゴ。2人は柔和な方がフォン、快活な方がジュリ。どちらが『表』に出ていても、どちらの名前にも反応する」
「わかった」
「じゃ、オレは屋根の上から探してみるぜ」
「ああ、頼む!」
「は? 屋根?」
会話に紛れ込んだ不可解な言葉に、辺りを見回していたセツヨウは咄嗟にフゲンの方を見る。
が、そうした時には既にフゲンの姿は地上に無く、見上げれば言った通り、屋根の上を軽快に跳んで行く彼の姿が目に入った。
「……有角族か? あいつ」
「人間族だな」
答えるライルの声色は、どこか得意げであった。