102話 お願い
「え!?」
思いがけない提案に、みな口を揃えて驚く。
確かに彼はニユの町に行くことを止めてはいなかったが、一体どういうことなのか、と。
「やはりこの町には憲兵が必要だ」
「それはそうだが……」
物言いたげなスアンニーだったが、シュリは彼をやんわりと制して続ける。
「自分は事の原因を知りながら、今までずっと傍観して来た。その罪滅ぼしをさせてくれ。ライルたち外部の人間からの意見があれば、説得も有利に行く……かもしれない。だから、頼む」
言って、彼は頭を下げた。
冗談やはぐらかしではない、心からの決意であることは誰の目にも明らかだった。
「わかった、任せとけ!」
ならば断わる理由は無い。
ライルはどんと胸を叩いた。
「じゃ、オレとライルとクオウが勢い担当、モンシュとカシャとシュリが賢い担当な!」
「ええ! 名誉挽回するわ!」
「あんたたちも『賢い』頑張りなさいよ。私とモンシュよりは年上でしょ」
「あはは、まあ適材適所ということで……。それで、町に憲兵がいない原因って何なんですか?」
モンシュの問いに、一瞬だけ沈黙が場をよぎる。
それから口を開いたのは、スアンニーだった。
「俺だ」
彼は静かにそう言ってやや身を乗り出す。
「ここらを統括している憲兵のお偉方曰く、『スアンニーという戦力を有している町に憲兵は不要』とのことだ」
「滅茶苦茶な言い分じゃない! そんな無理がまかり通ってるの!?」
憤るカシャに、スアンニーは「そのようだな」と肩をすくめた。
半ば諦めたような声色だった。
「どうやらそいつは俺のことを相当嫌っているらしい。以前、一度だけ会ったが物凄い剣幕で罵倒された」
「他の奴らはどうなんだ? ほら、もっと下の方の奴らとか」
少し考え、ライルは尋ねる。
上司が駄目なら部下から順に説得するのはどうか……という策が思い浮かんでいた。
だがスアンニーは仏頂面のまま首を横に振った。
「さあな。だが少なくとも良い印象は持たれていないだろう」
「なんで」
「10年以上前だったか……地底国で内乱があった時、俺が反政府組織の方についたからだ。要するに国と敵対した」
「あー、なるほど」
ぽす、とソファの背もたれに倒れかかり、ライルは天を仰いだ。
政治を知らなければ人の情念にもいまひとつ理解が足りないところがある彼とて、国の敵対者だったスアンニーが嫌煙されることくらいは想像が及ぶ。
「これは説得に骨が折れそうだな」
「殴って解決! ってわけにもいかねえもんなあ」
一同は揃って首を捻った。
今まで直面してきた問題は概ね戦闘に勝つことが解決に繋がっていたが、今回ばかりはそうはいかない。
むしろ武力を行使すると余計に事が拗れてしまう案件だ。
「ま、望むところだ! 良い知らせを待っててくれ」
しばらく思案したのち、ライルはそう言って明るく笑った。
明確な道筋は見えないが、最善を尽くせば何とかなる。
何とかしてみせようという気概だった。
かくして翌日、雷霆冒険団とシュリはニユの町に向けて出発することとなった。
片道四半日もかからないくらいの距離であるものの、また何かあるとも知れない。
そのため留守の護衛はフアクに任された。
なお彼は「スアンニーさんとガキたちは俺様に任せろ!」と張り切っていたが、全身ボロボロで立つのもやっとであるため、彼の数人の部下たちが実質的な護衛役である。
キャットの起こした騒ぎの折には手際よく住民を避難させていたデキる部下たちだ、とフアクは自慢げだった。
他にも、盗賊団を離反すると決めた時に追従を即答してくれた信頼できる者たちであるやら何やら、云々。
ともかく今度こそ憂い無く町を出たライルたちは、特段問題に遭遇することもなく順調に歩みを進め、ニユの町の憲兵駐屯施設に辿り着いた。
「ごめんくださーい」
深呼吸をして気合いを入れたのち、ライルが元気よく呼び鈴を鳴らす。
と、すぐに扉が開いていかつい男性の憲兵が現れた。
「どうした。……見ない顔だな」
彼は眉をひそめる。
種族も外見の雰囲気もバラバラな6人を前に、警戒しているようだった。
「ここの一番偉い奴を出してくれ。用があるんだ」
厳しい視線に気付いているのかいないのか、ライルはあっけらかんと言う。
端的すぎる表現に、当然ながら憲兵は顔をさらにしかめた。
「馬鹿、そんな言い方で通るわけないでしょ」
カシャはライルを小声で諫め、代わりに1歩前に出る。
「説明が足りずすみません、私たちは旅の者です。重要な相談事がありまして、上の方と直接お会いしたいのです」
「相談なら私が受ける。上に通すのはそれからだ」
「いえ、そうは行かないのです。全て私たちの口から、直接ご相談せねばなりません。もちろん武器の類は持ち込みませんし、不安でしたら他の持ち物も全て置いて行きます」
次々と言葉を繰り出し、彼女は食い下がった。
ここでこの憲兵にわけを話しても、スアンニーの話からして、恐らく文字通り門前払いされるだけだろう。
説得をするにしても、まずは「内側」に入れてもらわなければ話し合いにすら持ち込めない。
何としてでも上司に会わせてもらう必要があるのだ。
だがしかし、憲兵の男は扉の前から微動だにしない。
さてどうしたものかとカシャが次の言葉を選んでいると、不意にクオウが彼女の肩を叩いた。
「カシャ」
クオウは何やら神妙な表情でカシャと視線を交わらせる。
そして、どうするつもりなのかと困惑する面々をよそに喋り始めた。
「……本当は秘匿すべきことですが、背に腹は代えられませんわ」
本当にどうするつもりか、いつもと異なる口調でクオウは言う。
さらに「今からお話しすることはご内密に」と前置きをして、続けた。
「わたくしはクオウと申します。天上国より参りました、とある一族の者です」
とんでもなく思い切りの良い虚言が飛び出し、ライルたちは思わず声が出そうになるのを咄嗟に耐える。
一方で皆クオウのやろうとしていることを理解し、努めて真面目な顔で口をつぐんだ。
「こちらは妹のモンシュ、そして彼女らは護衛。わたくしたち6人はとある重大な密命を帯び、祖国を離れこの地を訪れているのです」
流れるように「妹」にされたモンシュも、もはや内心ですら驚かない。
クオウは次いで、物憂げな雰囲気と共に目を伏せた。
まるで深窓の令嬢である。
「申し訳ございませんが……これ以上の仔細はお伝えできません。しかしこれは民の今後に関わることなのです。どうかわたくしたちを信じて、上の方とお話をさせてくださいませ」
僅かにうるんだ瞳で訴えかける彼女に、憲兵は改めて目の前の6人をじっくりと眺めた。
――確かに彼女も妹も上品な佇まいをしているし、箱入り娘のような独特の雰囲気がある。
青年3人はならず者のように見えたが、言われてみれば、特に大盾を持った彼なんかは護衛といった風でもある。
最初に事情を話そうとしていた少女も、礼儀はなっていた。
恐らくは有角族の彼女が護衛の筆頭で、青年3人は実力重視で選定されたのだろう。
「お願いします、憲兵様。わたくしたちを信じてくださいまし」
もうひと押し、とクオウは重ねて言う。
憲兵にはまだ疑いの心が残っていた。
だが水色の澄んだ瞳に見つめられるほどに、不思議とその心は薄れていく。
まるでゆっくりと氷が溶かされるように、彼は彼女に引きこまれて行った。
そうして、ついに。
「……少し待て。持ち物と武器は回収する」
彼はそう言って、扉を開けたまま戻って行った。
クオウの勝利である。
「やるなあ、クオウ」
ライルが心底感心して呟くと、彼女は「うふふ」と嬉しそうに笑った。