99話 聞きたくない話
盗賊騒動から数日経ち、すっかり町も元の調子を取り戻した頃。
ライルたちは相変わらずシュリの家に居候をしつつ、資金作りに勤しんでいた。
「その、前々から思っていたんですが」
仕事を終えてひと息ついている最中、ふとモンシュが切り出す。
「どうしてこの町には憲兵がいないんでしょう? 普通、どこの町でも1人くらいは常駐していますよね?」
首を傾げる彼の声色は、少し迷いを含んでいた。
町の人々がそれについて言及しているところを見たことが無く、故に尋ねて良いものか今ひとつ判断できないのであろう。
「確かにそうね。これだけ大きな騒ぎがあっても、来る気配すら無いのはおかしいわ」
「シュリ、なんでか知ってるか?」
カシャが頷き、フゲンは回答をシュリに求めてみた。
すると。
「し……知らない……」
シュリはあからさまに目を逸らして答えた。
当然ながら、それが嘘だと全員が一瞬で察した。
「……ま、言いたくねえなら追及はしねえけどよ」
そう引き下がりつつ、内心フゲンも他の面々も気になって仕方が無かった。
公国ならば話は別だが、モンシュの言った通り、「町」規模以上の場所であれば普通憲兵がいるものだ。
地上、地底、天上、海底、どこの国でもそれは同じことである。
なのにこの、一見何の変哲もないような町に憲兵がいない――それどころか有事に応援さえ来ないとは何事か。
「どのみち、何か対策はしておいた方がいいぜ。また今回みたいな規模の悪党が現れたら、対処しきれないだろ」
「…………」
ライルが尤もな助言をするも、シュリは気まずそうな表情で押し黙る。
どうやら彼自身もこの問題に対して思うところがあるらしかった。
そこからしばし流れた沈黙を、破ったのはクオウだった。
「そうだ! いいことを思い付いたわ!」
彼女は手を叩いてそう言うや否や、くるりとシュリの方を向く。
「ねえ、シュリ。ここから一番近くて、憲兵の大きめの支部がある町ってどこかしら?」
「ニユの町だが……」
急にどうしたのかと困惑気味にシュリが答えれば、クオウはすっくと立ちあがった。
いかにも張り切っていますといったふうに、両手で握りこぶしをつくって。
「じゃあ今からわたしたちでそこに行って、憲兵を配置してもらえるよう頼んできましょう!」
彼女はおよそ論理的とは言えない提案をした。
すぐさまカシャとモンシュが制止の言葉をかけようとするも、それより早くライルとフゲンが同調して立ち上がる。
「なるほど、名案だな」
「行こうぜ」
「ええ!」
こうなってはもう歯止めは効かない。
クオウという突拍子もない羅針盤に、ライルとフゲンという息ぴったりに爆走する車輪が合わさってしまえばどうなるか、恐らく想像に易いだろう。
なお状況によればフゲンが制御装置となってくれることもあるが、残念ながら今回はそうではなかったらしい。
「ちょっと待ちなさい! 3人とも!」
カシャが叫んだ時には既に彼女らの姿は無く、玄関の扉がパタンと閉まる音が残されているばかりだった。
「ああもう……! モンシュ、追いかけるわよ」
「は、はい!」
2人は慌ただしくクオウたちの後を追う。
わずか数秒で、6人いた部屋には1人しかいなくなってしまった。
取り残されたシュリは、少しの間どうするべきか悩みながらうろうろと部屋の中を歩き回る。
が、じきに意を決し、家を出て孤児院へと足を運ぶことにした。
「スアンニー」
「なんだ、シュリか」
院に着き呼び鈴を鳴らすと、ややあって目的の人物、スアンニーが顔を出す。
「いいところに来たな。丁度こっちから訪ねて行こうと思っていたところだ」
「ムーファたちは?」
「遊びに行っている」
見ると、彼の傍に使い魔のシンハが見当たらない。
先日のこともあって、見守りに付けてやっているのだろう。
ともあれ子どもたちがいないのなら話がしやすい……とシュリが口を開こうとすると、それより早くスアンニーが手招きをした。
「ちょっと来い」
シュリは少し迷ったが、先に彼の方から用があるのならばとひとまず話の主導権を譲ることにした。
招かれるままついて行くと、スアンニーは物置の前で立ち止まりその扉を開ける。
彼の示す先には、ひと抱えほどの大きさの金庫らしき箱が置いてあった。
「魔法式の金庫だ。この金で、節約すれば4年はやっていける。正規の鍵でしか開かないから失くすなよ」
言って、スアンニーは鈍色の鍵をシュリに手渡す。
ずしりと少し重いその鍵には、目印にか、赤色の紐が結びつけられていた。
「……? なぜ自分に」
行動の意図が理解できず首を傾げるシュリだったが、構わずスアンニーは物置に踏み込み、今度は棚の引き出しから紙の束を取り出す。
彼がパラパラとめくって見せたそれらの紙には、几帳面な字で人の名前や住所が書かれていた。
「金が足りなくなったらこのリストに載っている奴らに頼め。慈善事業に積極的だし、俺が貸しを作ってある」
その言い草で、シュリは彼の考えていることに勘付く。
「スアンニー」
眉をひそめて咎めるように名を呼ぶが、当の本人は全く無視してまた別の紙束を手に取った。
「こっちは里親候補と職場候補のリストだ。チビたちがここを出たいと言ったとき用のな。どこも信頼できるが、一応お前も視に――」
「スアンニー!」
シュリは声を荒げる。
いつも口数が少なく静かに喋る彼がこのように大きな声を出すことは稀も稀であった。
「何のつもりだ。これじゃあ、まるで」
「俺はこの町を出て行く。今回はライルたちが居たから何とかなったが、あいつらは旅人だ。この先、頼ることはできない。やはりこの町には憲兵が必要だ」
それでもスアンニーは淡々と話す。
自分より背の高いシュリを見上げるようにしながら、しかし遥か遠い場所を見ているかのごとき目で。
「取り返しのつかないことが起こる前に気付けてよかった。俺がこの町にとっていかに害悪なのか……」
「っ……いい加減にしてくれ」
1歩前に出、シュリは彼に詰め寄る。
「勝手に悪者ぶるな。あなたが為した善行から、あなたを必要とする者から目を背けるな」
「背けてなんかいない。俺に向けられた好意はちゃんと認識している。ただそれは俺には勿体無いものだという話だ」
懇願するようなシュリの言葉にも、スアンニーはなびかない。
と、その時、ズズン……という音と振動が孤児院を揺らした。
「!」
2人はそれまで話していたことなど放り出し、即座に外に出る。
無論、子どもたちの元へ向かうためだ。
音と振動は一定の間隔で鳴り続けており、しかもこちらに近付いて来ているようだった。
「この地響き……まさか」
「せんせー! シュリにーちゃん!」
駆け付けた2人を見るや走って来たムーファたちをしかと抱き止めながら、スアンニーは周囲を見回した。
「クソ、あの盗賊がまた来たのか?」
「せーいかい! ですよ!」
彼の言葉に応えるように、上方から声が降って来る。
数体の凶獣を従え、その1体に乗って現れたのは、先日の襲撃の際にも姿を見せていた「キャット」と名乗る人物だった。
彼はじろりとスアンニーたちの方を一瞥すると、軽く溜め息を吐く。
「雷霆冒険団の坊やたちは不在ですかねえ? じゃ、貴様たちだけ捕獲して帰るとしましょう!」