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その死体は、生者ほどに物を言う。-Ⅰ-

 その日のボクは、人生の最高潮だった。


 ドームを埋め尽くす大勢の観客。目の前に映るのはボクを讃えるファン達のサイリウムが作り出す煌めくステージ――


 ボクがCDを出せば、それは世界中でいくつもの賞に輝き、世界の音楽史の記録を塗り替えた。

 町中がボクの映ったポスターで埋め尽くされ、世界にボクの事を知らない人間はいなかった。


 “世紀末のスーパースター”それがボクに付いた異名だった。


 世界中の誰もがボクを見つめ、ボクの名前を叫んでいる。

 ボクは世界の中心だった。

 そしてその栄光は、きっとずっと続くのだろうと思っていた。


 アメリカで公演された世界同時中継ライブのその日、ラストのサビで目の前に見えた銀鉛が放つ黒々とした輝きを、ボクは決して忘れない――



 xxx



 朝5時。

 登山家ご用達の今大注目の山――墓塔山(ぼとうざん)のふもと。

 何本もの背の高い木々で囲まれたそこは太陽が当たらず、4月だというのに冬のように寒い。


「すうぅぅぅ――」


 けれどそんな事は関係無く、私は山の冷たい空気を肺いっぱいにいれ、叫んだ。


「本日より警視庁特務課・殺人犯捜査十係黄泉(よみ)班に配属されました――西木野葉子(ようこ)巡査であります!」


 目の前の大柄の男性に向かって、私は産まれて初めての上官に対する敬礼をした。

 私の胸に光る金色のバッジ。そしてこの日の為に都心のお店で買ったお高いスーツ。見てくれでいえば、ばっちり出来る刑事って感じだ。


「よろしくお願い致します!」


 高校の頃にバスケ部のベンチで鍛えた声量が、ようやく活かせる時が来た。

 紆余曲折はあったが、ようやく就職する事が出来た喜びに私の心は震えていた。


『葉子ね、大きくなったらお花屋さんになるの!それでみんなをいっぱい笑顔にするんだ!』


 そんな幼少期から抱えていた夢を叶えるべく、大学ではバイオ研究学を専攻したが、私はそこで自分が重度の花粉症である事に気付いた。


 そしてお花屋さんになり世界を笑顔にするという夢を諦め、『葉子ちゃんは元気がいいね』という近所のお婆ちゃんの言葉を頼りに警察学校に入学したのは4年前。


 ドジで頭が悪くておまけに運動神経も悪かった私。 

 教官から『お前は“顔がまあまあ良いから、犯人がもしかしたら油断して捕まえられるかもしれないし素質あり。”って事にして卒業認定書書いといてやるから感謝しろ』という事でなんとか卒業はさせてもらったけど、結局明るさと元気だけでは何処の署にも拾ってもらえず落ち込む毎日。


 やはりまずは調剤師になって、花粉症の薬を開発してからお花屋さんになろうか。そんなまぬけな事を考え、全てを諦めた時だった。


『西木野葉子の黄泉班への配属を決定する』


 1週間前。そういきなり警視庁から手紙が届いたのだ。


 その時の感動を思い出すと、今でも瞳からは熱い涙をがこぼれ落ちそうになる。

『アンタいいかげん就職しなさいよ!』という母の怒鳴り声が懐かしい――母さん、葉子は立派な女性になれましたよ!


「元気がいいな……」


 男は茶色いロングコートに身を包み、無精髭を生やしたいかにも刑事、って感じの男はさも興味なさそうにそう言うと、タバコに火をつけた。

「タバコいいですか?」って聞かれてないんだけど……とは言わない。社会人だから、理不尽には我慢するものだ。

 パワハラ大いに結構、なんたって刑事になれたんだ。そんなもの全く怖くない。


変人の巣窟(黄泉班)にいるには惜しい程の元気だ」


「勿体ないお言葉です!上官殿!」


「残念ながら俺はお前の上官じゃない。配属されているのはお前とは全く別だ」


「はて、そうだったのですか?ではあなたは一体……」


 男の背後には白と黒のコントラストが美しいパトカーが駐車されている。同じ刑事であるのは間違いないはずなのだが……。


「俺はただの荷物持ち。お前の上官はこの山の上だ」


「荷物持ち?」と首を傾げる私を気にすることもなく、男はヒョイと私に向かって大きな袋と分厚いクリアファイルが投げた。


「わっ……わっ!」


 突然投げ出されたその二つを、どうにか上手くキャッチする。


「重っ……⁉︎」


 袋の持ち手を持った直後、そのあまりの重量に腰が沈んだ。

 軽々しく今の男が投げたのが信じられないくらいの重さだ。おおよそ60kg以上はある気がする。


「お前の上官ががいるのは山頂付近にある屋敷。名前は金剛(こんごう)白亜(はくあ)という、いかすかない嫌な男だ。まぁムカつくことばかりだろうがよろしく頼んだぞ」


 袋を地面に落とさぬよう必死に頑張る私を気にもせず、男は淡々とそう言った後、


「じゃ、頼まれ事は済んだし俺は帰る」


 とおもむろに男は一言そう言うと、私に背を向けパトカーの方へと歩き始めた。


「え……あの、一緒に持って行ってくれるのではないのですか?」


「持つかよそんな重いもの。俺は他の仕事があるんだ」


「えぇ⁉︎一人でこれを抱えて山頂まで行けって言うんですか⁉︎」


 その質問に男はコクリと頷いた。


「ムリムリムリムリッッ!絶対ムリですよこんなの持って登山なんて!」


 小さな山なのでそんな富士山程過酷とかでは無いが、それでも山は山だ。こんな数十キロある荷物を持って歩ける訳がない。


「ていうか何入ってるんですかこれ⁉︎めっちゃ重いんですけど⁉︎」


「……知らされてないのか?」


 と男が静かにこちらを見た。


「私は“5時に此処にいなさい”ってメール来たからそうしただけです!」


「そうか――」と男はまだ暗い空を見上げ何かを考えた後、再び口を開いた。


「俺からの忠告だ。何があってもそれを自分の手で開けるな。さもないとお前は山を降りれなくなる」


「じゃ」と言うと男はパトカーに乗り込んだ。


「11時にお前が着くと伝えてあるから頑張れよ」


「あっ!ちょっと待ってまだ話が――!」


 静止する声も虚しく、アクセル全開にしたパトカーは一瞬で私の前から見えなくなり、林の奥へと消えた。


「本当に一人で帰っちゃった……」


 遠くの方で微かに見える小さなパトカーの影――背後を見れば、さっきよりずっと巨大に見える山がそびえ立つ。


「で、でかいよねぇ……やっぱり……」


 配属1日目がこんなにハードなものなんて……。

 事務所じゃなくて山が集合場所だったから、てっきりバーベキューパーティーでお出迎えをしてくれるのかと安易に考えていたが、現実はなんとも非情なものだ。


 落ち込みその場に項垂れそうになる前に、私は自分の両頬を叩いた。


「ダメよダメダメッ!せっかく憧れていた刑事になれたんだもん!こんな所で立ち止まってなんてられないよ!」


 そうだ――私は刑事となって人々を救うこの日を夢見て何年間も厳しい訓練に耐え頑張って来たんだ。それに比べたら山を登るぐらいへっちゃらに決まってる!


 ヒリヒリと痛む両頬のおかげで、気合いを入れる事が出来た。


「よーし!西木野葉子巡査としての初仕事!頑張って達成するぞ!えいえいおー!」


 そう意気込み、私は刑事としての初めての一歩を踏み出した。


「おっっも――‼︎」


 だがしかし、その一歩は両手に握った巨大な物体の重みに阻害されてしまった。

 刑事としての一歩はまだまだ遠いらしかった――

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