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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

3度目のお願い

作者: 貴志埜舞

慌て者の女子高生の恋の行方は?心温まる結末に思わずニコリ。殺伐とした現代において、ひと時の安らぎを。

やだ、もうこんな時間。大変、遅刻しちゃう。

そう叫んで、和泉はベッドから飛び起きて、浴室に直行した。こんな時でも、シャワーは欠かせない。頭を乾かし大急ぎで着替えて家を飛び出した。速足で急いで何とか間に合った。

 助かった、と思った瞬間、やけに下半身がスース―するのに気が付いた。慌てていたので下着を付けていなかったのだ。後頭部を強打されたようなショックを受けたが、何食わぬ顔をして教室に入り、自分の席にさっと座った。丁度、始業のベルが鳴るところだったので、和泉の不自然な動きに気が付いた者はいなかったようだ。

 授業中も下着のことが和泉の頭を離れなかった。春美ちゃんが言ってたみたいに予備の下着をカバンに入れておけばよかったと後悔しながら、もし、風でスカートがまくれたりしたら捕まっちゃうのかしら、なんて心配していた。猥褻物なんちゃらかんちゃらってやつで。でも何で猥褻なんだろう、男の子のあれも猥褻?私たちってみんな猥褻物と猥褻物の共同作業の結果、ここにいるってわけ?そんなことを考えていると、自然とトイレに行く自分の姿が頭に浮かんだ。そして、あ、そうだ、下着降ろす必要ないから簡単だと気が付いて、下着を履き忘れても悪いことばかりじゃないと思わずニヤリとしてしまった。

「式部ちゃんはまた新しい恋人できたのかい。さっき、ニヤリとしていたけれど。」

大野吾郎が、にやついた顔で話しかけてきた。名前が和泉でいつも恋の話をしているので、平安時代の和泉式部みたいだって言って「式部」というあだ名を勝手につけたのだ。まあ、あだ名はたいてい勝手につけるものだけれど。

 今日は吾郎に付き合ってふざけ合う心の余裕はない。でもすぐに次の授業の始業のベルが鳴ったので助かった。

 土曜日で良かった、午前中でお仕舞いだから。和泉は授業が終わるとそそくさと帰り支度を始めた。でもこんな時に限って、

「ねえ、東山さん、積分して微分すると元に戻るっていうのが良く分からないので教えて。」

 なんて中山夏代が聞いてくる。

「分かりやすくまとめたのを作って月曜日に渡すから、今日は勘弁。」

 そう言って、夏代を振り切り、教室を出ると、今度は小島孝が

「ねえ、明日の日曜デートしようよ。」

なんて声をかけて来る。

「小島君ともデートしたいけど、100年先まで予定がぎっしり詰まってるの。ごめんね。」

と言って先を急ごうとした。

そうしたら吾郎がこの会話を聞きつけて、

「さすがに式部ちゃんは違うな。100年先までデートの予定が入っているとは。」

なんて言って冷やかしてくる。

「そんな訳ないでしょ。さよなら。」

ようやく学校の外に出られた。

 全く、吾郎ったら、私の顔を見れば式部、式部って呼びかけるし、私のことを出会った男の数だけ恋をして、同じ数だけ失ったなんてからかったりして。ひょっとしたら、吾郎は私のこと好きなんだろうか、なんてことを考えながら、和泉は家までの途を急いでいた。そんな時、最近何回か街で見かけてすっごく気になっている学生風の男性の顔が脳裏に浮かんだ。いろんな男性を見て来たけれど、あんなに私にピッタリと感じられる人はいなかったなあーと、その学生風の男性とデートしている様子を思い浮かべていると、注意がおろそかになり、躓いて思い切り前のめりに倒れてしまった。

 すぐに、誰かが駆け寄る音がして、大丈夫ですかという声がした。倒れたまま見上げると、まさにその学生風の男性その人だった。あっ、あの人だと思った瞬間、スカートがまくれて下半身が無防備のままむき出しになっていることに気が付いた。和泉は、急いで立ち上がり、大丈夫ですと叫びながら自宅に向かって駆け出した。

 その様子を天使栄(えい)美伊(びい)が空から見ていた。

「我々の出番がやって来るんじゃないか。」

「そうね、とりあえず、彼女の家に行ってみましょうよ。」

和泉は、家に着くとすぐにシャワーを浴びて転んだときの汚れを落とし、今度はしっかりと下着を付けて自室に戻った。

 あーあ、恥ずかしかった。しかも、よりによってあの人に見られるなんて。私の青春も今日で終わりね。でも、何とかならないかなあ、なんて和泉がうなだれていると、

「和泉ちゃん。あなたの願いをかなえてあげましょう。」

と言いながら、天使栄と天使美伊が現れた。

「あなたたち本物の天使?」

「そうだよ。和泉ちゃんの願いを三つまでかなえてあげることができるんだ。どうする?」

「じゃあ、最初のお願い。あの男性の記憶、さっき見た私の恥ずかしい姿の記憶を消し去って。」

「お安い御用だよ。今日は、結構なものを拝見させてもらったのですぐに実行しよう。」

「え、見たの、あなたたちも?」

「だめよ、栄。そんなこと言っちゃ。ふざけてばかりいるからいつまでもヒラなのよ。やり繰りが大変。少しはこっちの身にもなって頂戴。」

「おいおい、天使の世界にヒラとか部長とかの階級はないぞ。」

「ごめん、ごめん。つい人間だったときの口癖が出ちゃった。それはともかく、もう、あの男性は今日見たことの記憶を失っているから大丈夫よ、和泉ちゃん。安心して。」

和泉は、有難うと礼を言ったが、こんな天使たちで本当に大丈夫なのだろうかと少し不安が残った。

 しばらくして大学の入試シーズンが到来した。和泉はどうしても父親が教授を務める大学に合格したかったので、2つ目のお願いをして無事合格することができた。

 4月になって、父親のゼミの学生3人が和泉の合格祝いをもって自宅を訪れた。

「右から、南原佐理さん、北川歌舞君、それに西野紫君だ。」

父がそう紹介してくれた。驚いたことに西野紫は例の和泉が首ったけの男性だった。和泉は紫の記憶が残っているのではないかと、内心びくびくしていたが、どうやら天使が言ったようにあの時のことは覚えていないようだった。和泉はほっとすると同時に、紫への気持ちがどんどん高まっていくのを感じていた。

「僕たち3人で今度の日曜日にうちの大学の野球の試合見に行くんだけれど和泉ちゃんも一緒にどう?」

歌舞が誘ってくれたのは和泉にとって渡りに船だった。勿論、即オーケーを出して、当日はルンルン気分で野球場に出かけた。佐理と歌舞がペアとなり、和泉は紫と完全に恋人気分で観戦を楽しむことができた。紫も和泉のことを気に入ってくれたようで、自宅前まで送ってくれて、次のデート、今度は二人きりのデートの約束もしてくれた。

 それから和泉と紫はデートを重ねた。和泉は、私の恋の遍歴もこれで終わるわ、もう絶対紫のことは離さない、誰にも渡さないと心に決めた。

 そして、ある日のこと、その日も和泉と紫はデートを楽しみ、紫は和泉を彼女の自宅まで送ってくれた。今日は家に寄ってらしてと和泉が少しすまし気味にいうと、紫もそうするよと応じ、二人で門を通り抜けたときだった。

「あの時転んでも大した怪我がなくてよかったね。」

突然、紫がこう言って、和泉の顔を見て微笑んだ。

 和泉は、自分の恥ずかしい姿を思い出して紫が笑ったと勘違いして、思わず彼の頬を平手打ちして、バカ、バカと叫びながら一人で家の中に駆け込んだ。

「ねえ、天使栄と天使美伊、出てきてよ。」

和泉は怒った声で二人の天使を呼び出し、この嘘つきと責め立てた。

「和泉ちゃん落ち着いて。今調べるからね。」

「ああ、分かったよ。大丈夫だよ、和泉ちゃん。紫君は君のことがたまらく好きになったけれど、好きになればなるほど、以前どこかで会ったような気がして気になってしょうがなかったようだ。それで、我々の同僚の天使志()()天使出井(でい)に、会ったことがあるなら、どうか思い出させて欲しいとお願いしたんだ。それで天使志位と天使出井は、ちゃんと事情を理解して、君が転んだけれどたいした怪我はしないで済んだというところだけの記憶を戻してあげたんだ。だから、彼は君のあの悩ましいポーズを思い出してなんかいないよ。」

 話を聞いて、和泉はほっとすると同時にそれ以上に落ち込んだ。良かったねって微笑んでくれたのに平手打ちするなんて、取り返しのつかないことをしてしまったと思った。残る1回のお願いで、平手打ちを忘れさせようかとかいろいろ方策を考えて思い悩んだ。そして、ついに、和泉はナイスアイデアにたどり着いた。紫と自分が幸せな結婚生活を送ると言うことをお願いすれば全部解決だということに気が付いたのだ。

 和泉は、早速、天使栄と天使美伊を呼び出して、この3つ目のお願いをした。ところが意外なことにこの願いを聞いてあげることは出来ないという返事だった。

「どうして。まだ1つお願いできたはずよ。」

と主張したが、天使界のルールで願いを聞いてあげることも出来ないし、その理由を教えてあげることも出来ないという。

 天使栄と天使美伊は、和泉に、悪いことばかりじゃない、待っていれば良いことがきっと訪れると言って消えていった。でも、和泉にはただの慰めにしか聞こえず、その晩は一人で泣きじゃくった。

実は、和泉がお願いするよりも少し早く、紫のほうでも天使志位と天使出井に「自分が和泉と幸せな結婚生活を送れるようになること」をお願いしていたのだった。天使界のルールでは、男女双方が同じお願いをした場合、後にお願いをした者には願いを聞いてあげることは出来ないとだけ伝えることになっていたのだった。そのほうが、後に願いがかなった時、相手が先に同じお願いをしたのだと告げることで、願いがかなった喜びが比較にならないくらい大きくなるから。

次の日、西野紫は東山和泉にプロポーズをすべく、東山家のドアをノックした。

             了



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