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乙女心なんてわからない

 平日であまり人がいない隣県の商業街。

 目的地と定められたショッピングモールの中は、その日取りと時間の都合もあってかあまり人気は多くなかった。

 店内放送を聞いたり、少女と話したり。


 誠二達は、ショッピングモールの中を散策した。


 目的地である大手衣料店に一番に向かわなかったのは、今日と言う時間がまだまだ長いことを二人が理解していて、だからこそ急ぐ必要がないと思わされたためだった。


 しばらくして、ようやく二人は件のお店に入るのだった。

 時刻は昼前、十一時。


 早めに昼食を取ってしまうことも二人は考えたが、生憎二人共食は細かったから、後回しになった。

 その時誠二は、少女の食も細かったことを初めて知るのだった。


 この衣料店に来るのもいつ振りだったか、と、白色をベースとされた清潔感ある店内を見ながら誠二は思った。

 仕事が忙しく、思えば着ている服も洗濯しては着回してばかり。襟元のゴムも伸びきっていた。


「僕も服、買おうかな」


「それが良いよ」


 少女が同調してくれたことを契機に、誠二も店内を物色し始めたのだった。誠二は、柄付きの衣服を好まない。ごった返した柄が描かれた衣服は、ドライアイの目が疲れる原因の一端を担うような気がするという、意味がわからない理由で忌避していた。

 白色と薄青色で七分丈のTシャツを五着カゴに押し込んだ。同じような理由で、目の毒になりそうな色は、誠二は選ばなかった。


「ねえ」


 誠二は驚いた。

 背後に、少女がいたから。


 てっきり誠二は、少女は一人で店内を物色するのだろうと思っていた。そして、カゴいっぱいに詰まった衣服を手渡してきて、それをレジに通せば終わりだろうと思っていた。

 何故かって、その方が効率的だから。


 日頃効率的な業務をするよう口酸っぱく言われたきた誠二は、ついつい私生活でもその気が出てしまうのだった。


「なんでも買うから、持ってきなよ」


 だから誠二は、違和感なく少女にそう言うのだった。


「良いよ」


「何故?」


「一緒に回ろう?」


 そう少女に言われて、誠二はようやく少女と自分の関係を思い出すのだった。


 断る言葉は、なんとなく出てこなかった。時間もあるから。そう急ぐ必要がないから、それでも良いかと思った。


「おじさんも色々服、買うんだね」


 少女は、誠二のカゴに詰まったTシャツを見て楽しそうに言った。

 反面、誠二は少しムッとしたのだった。


「おじさんって。僕はまだ二十五歳だ。そんなおっさんじゃない」


 一瞬、少女が驚いたような顔をした。誠二はそれを見逃すことが出来なかった。そして、少し落ち込むのだった。

 何故ならそれは、実年齢よりも年上に見られていたってことだから。


「そんなに老けて見える?」


「えー?」


 少女は、少し困った顔をして続けた。


「ほら、おじさんって大人びてるから。服も落ち着いているし、大人な人って感じ?」


 少女の言葉が口から出まかせな気がして、誠二は目を細めて少女を咎めた。


 少女は、困ったように笑っていた。


「……でも困ったね」


 少女は、誠二に聞こえないくらいの声で呟いた。

 何が困ったのか。


 それは……であれば、一体誠二のことを何と呼べば良いのか。それが少女は、わからなかった。


 誠二はそれに気付く気配もなかった。

 今日の目的である衣服の購入。最近、金を使う機会にもあまり恵まれてこなかったから、誠二はそれが楽しかったのだ。


「こんなんで良いかな」


 カゴに積まれた自分の服に、誠二は満足していた。これだけあれば、当分また服を買う必要はなくなるだろう。


「ほら、君の分も買おう」


 そして、思い出したように少女にそう諭すのだった。


「え、あ、うん」


 戸惑う少女だったが、率先して女性用衣類コーナーに向かう誠二を見て、慌ててその後に続くのだった。


「どんな服が良いんだろうな」


 他人の、それも女性の服など興味関心がなかった誠二は、女性用衣類コーナーに来たは良いものの、すぐに足を止めるのだった。

 

 ぼんやりとそう言う誠二に、少女は背後で微笑んでいた。


「どんな格好が好き?」


「ん?」


 言葉足らずな少女の問いに、誠二は首を傾げた。

 少し考えて、女の子がどんな格好をしているのが好みなのか、と問われていることに気付いた。


「んー。わかんない」


 誠二は、考えたがわからずそう言った。


「えー、じゃあ……」


 細いアルミの棒に吊るされたハンガーを一つ取り、そのハンガーにかけられた衣服を、少女は自分の上半身に押し当てた。


「こんなのは?」


 ベージュ色のシフォンタックブラウスを押し当てながら、少女は誠二に感想を求めた。


「うん。良いね」


 誠二の言葉に、少女は唇を尖らせ、目を細めた。


「なんか全然心が籠ってない」


「それはそういう質なだけだ」


 良いと思ったら、その場で喜び小躍りでもしろと言うのか、と誠二は付け加えようと思ったが、余計不貞腐れそうだから止めた。


「……じゃあ、今度のお出掛けの時、あたしがこれ着て行くって言ったら喜ぶ?」


「うん。言うんじゃないかな」


 と、口では言うが。

 恐らくその場になったら、自分は気の利いたことなんて一つも言わないだろうな、と誠二は思うのだった。


「本当?」


「本当本当」


 誠二はこの問答も面倒になりつつあった。


「似合うと思うから、買わせてくれよ。ほら」


「あ」


 誠二は、少女からブラウスをひったくり、カゴに入れた。少女は、驚いた後、少し不機嫌そうにしているのだった。


「なんだ。まだまだ服買わないといけないだろ? 部屋着だって」


 不貞腐れる少女に、誠二は少し焦りながらそう言うのだった。だから、一着くらいであーだこーだ言わないで欲しいと、そう言っていた。


「次は、おじさんが選んでよ」


 しかし、不貞腐れた少女はいつもの献身的な様子はどこへやら。不満そうにそう言うのだった。


「僕、女物の服なんてわからないよ」


「全然わからないことないでしょ。朝通勤の時だって……あ」


 言って、少女は誠二が早朝に家を飛び出すようなハードワーカーであることを思い出すのだった。

 確かに、誠二くらいになると女性の衣服一つに気を取られることなんてないだろうと、すぐに思い至るのだった。


 その末、少女は自己論破されたことに対する苛立ちは生まれてこなかった。




 生まれたのは、誠二への哀れみの感情。




「お、おいっ、憐れむような眼で僕を見るなっ」




 思わず、誠二は声を荒げていた。


「ごめんね? 大変だったんだもんね」


「そう言うの止めろってば。まったく……」


 さっきまでの不機嫌も、一瞬で少女から消え去っていた。


 嵐のように感情の起伏が激しい少女に、誠二はどっと疲れを感じるのだった。


「とにかく、色々買おうぜ。買いすぎて困ることなんてないんだから」


「うん。ありがとう」


 それから二人は、ようやく建設的な話をしながらの店内の物色を始めたのだった。

 かれこれ一時間くらい、誠二達はショッピングを楽しんだ。


 気付けば、最初のくだらないいざこざもどこへやら。二人はすっかり意気投合し始めていた。


「ね、おじさん」


 それに気付いたのは、少女だった。指さした先にあったのは、誠二も知る有名アニメキャラクターのイラストがプリントされたTシャツだった。なんでも、期間限定で売られている物、だそうだ。


「あれ、買おうよ」


「いいけど……部屋着にでもするの?」


「うん」


 少女は、楽しそうに微笑んでいた。


「二人共、同じ服を買うの」


 そしてそのまま、そう宣った。


「……ペアルックってこと?」


 さすがにそれは、二十代半ばにもなって。誠二は、かなり難色を示していた。


「折角、二人でここに来たんだから」


 ただ、少女にそう言われると心が揺らぐのだった。


 確かに。


 破滅願望を持ち、死すら望んだ誠二は、今更ながら自分がこうして女子高生と一緒に暮らし、楽しい時間を送ることになるだなんて思ってもいなかった。




 恐らく、この時間はそう永くは続かない。




 誠二はまだ、死にたい、とそう思っているのだから。




 ……だったら。


「わかった。買うか」


 自分が生きた証に。

 ……この少女と生きた証に。


 ペアルックのTシャツを買うくらい、構わないと思うのだった。




 ただ、誠二は苦笑した。




「初めてのペアルックがアニメキャラのこれか」




 随分と、格好がつかないな。


 誠二は思った。

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