表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/69

第6狂・キョウチクトウ____恐れていた事





……………そっか、転院するんだ。


…………一瀬循環器病メディカルセンター、に行くの


_________分かった。隙を見て会いに行くよ









_____拝啓、篠宮、



便箋に宛名にそう書きかけて、小刻みに腕が、手が震え出す。

純架は震え出した腕を掴みながら、テーブルの上に項垂れた。


夜は感傷的になる代わりに、それを逆手に取る形で

頭が冴えるのではないかと深夜、こっそりと綴ろうと思っていたのに。



いつも此処で書きかけて、止まったままだ。

“あの刹那”の情景が脳裏を余儀って手の震えが止まらない。

迫る刃、衝撃、熱さ、痛み。_____そして、忘られない双子の姉の表情が脳裏に焼き付いて離れない。


(…………私はまだ、貴方から、何も聞けていない)


(聞く権利はある筈よ。だって私、

貴方の娘で、“あの日の被害者だもの”)








 憂いた瞳で純架は、ぼんやりとする。




 単刀直入に、率直に真相が知りたい。





 何故、双子の姉を、殺めようとしたのか。

何故、双子の姉・透架が標的となったのか。

姉妹の平穏を奪い壊してまで、それは成す事だったのか。


 黙秘権を良い事に彼は、

あれから動機も経緯も口にしていない。

精神鑑定にもかけられたらしいけれど、

自首した点も情状酌量とされ刑事責任能力は有りとされたという。




 御影家の人間は、嘲笑っていた。




 刑期は25年。

その日を境に貴宏の娘である、

純架と透架は、犯罪者の、曰く付きの娘のレッテルが付き纏う。



 御影家、

誰もが軽蔑した滑稽な白い眼差しを容赦無く浴びせている。

それは“曰く付きの娘になった事ではなく、

母親を死にやった悪の同細胞”として。




 貴宏の事はどうでもよくて、

玲伽の自殺を促した悪の根源として、だ。



 父親に興味はないけれども、純架には

わらをも縋る、ひとつの思いがある。




そして、もしかしたら、という想いが交差する。

父親である篠宮貴宏は、





(御影透架の行方を知って居るのかも知れない)




 自分自身に強烈な傷痕を残した、怖い人。

けれども何か知っているのであれば、

手掛かりでもきっかけでも良いから聞きたい。




(嘘偽りなく、その思いを吐露してくれればいいのに)



 何度も手紙を綴ろうとした。

聞きたい事も問い詰めたい事も山という程にあるのだ。

この件の根源を作った張本人なら、嫌でも知っているだろう。



 世間には暴かれなくとも、

娘にはその誰も知らない内心を打ち明けて欲しい。

 

その事を冷静を文に綴り、問いかけたい。

そして知りたい。


まるで種を蒔き、

それが芽吹くのを現れるのを待つ花のように。






(そうすれば、少しばかりは心は、軽くなると思う)



 けれどもいつも名字を書き終えると、手が震え出して

綴れなくなってしまう。フラッシュバックに襲われ

何も出来ないまま、同じ事を繰り返し何十年も過ごしている。


(貴方のせいで、私達は離れ離れになったのに)


無慈悲。悲哀。哀傷。

母親を自死に追いやり

透架の消息は闇に葬られたまま、はっきりしない。




 父親である篠宮貴宏は何もかも、純架から奪い去って

娘に傷を残したまま、自身はのうのうと息をしている。

傷付いた心臓を抱えて光りの差さない暗闇の中での

孤独な闘病の中で、全ての奪い自身を傷付けた奴を、

もう父親と呼ぶには怒りと憎しみが募るばかりだ。


(透架を傷付けた事だけでは飽き足らず、姉妹を生き別れさせた)

 

きっと篠宮貴宏のした事は、轢き逃げと変わらない。

都合悪いものを消したら、後は黙秘権行使。

もう語る意味はないと言わんばかりに。


 (………卑怯よ)


こめかみで頬杖を付いて、純架は、溜息を一つ。


(貴方さえ、全てを壊す事を真似をしなければ……)

(透架と一緒に、過ごせたのかも知れない)



「______御影 純架さん」




 反射的に、はい、と言いかけた。



 けれど刹那に、背筋が凍る様な感覚を覚えた。

独特の低い声。男の人の声___。


恐る恐る顔を上げる。

其処には居たのは、自分自身と同い年くらいの青年。

白衣を纏い、その一癖ありそうな面持ちをした独特の雰囲気と顔立ちをしている。




「………あ、の………」


 思わず声が、震える。


 心臓の鼓動が、早くなっていく。胸が苦しい。

それと同時に心臓の存在感をひしひしと感じる。

心電図モニターの数字が狂い始めて、極端な波形がモニターに浮かび始めた。


 刹那に、純架の脳裏に過よぎるのは、自分自身を襲った。

闇の中での男の姿。




 迫る刃の光り、熱さ、痛み………それがまるで

昨日の様に思い出されていく。




 息苦しい。純架は次第に過呼吸になり始めた。

カニューレタイプの酸素が外れている事すら

気付く余裕も無くなり、動悸や冷や汗が止まらない。


 機械と自身が繋がれている事から身動きが取れず、

ゆっくりと距離を詰めて此方に近付いてくる青年。


「…………こ、こないで!!」


 心がどす黒く、言い知れない

意に知れぬ恐怖と不安、焦燥と共に純架の声音を上げた。


静寂な個室に悲鳴とも取れる、懇願が残響する。

純架と青年はぴたりと、足を止めた。


「_____君って、“御影透架”さんの双子の妹だよね?」




 恐怖で息が出来ない中、純架は固まった。




(………御影透架。

何故、見知らぬこの男が、姉の名前を口にしている?)


 酸素が薄れ、朦朧した意識の中で思う。



(どうして)



 発作と動悸が治まらない中、

呼吸が出来ない息苦しい中で、恐る恐る青年を伺い見た。




(顔付きの雰囲気は違うが、顔立ちはそっくりだ)


 

(“いつも”と同じ……)


額に冷や汗、背筋を襲う悪寒が止まらない。

段々と恐怖心に支配されて、相手がピエロの様に見えた。

男の人が現れて、この言葉に出来ない恐怖心に駆られた瞬間、

いつもこの感覚に苛まれる。



 発作と動悸が治まらない中、ベッドに背を預けたまま、




 ナースコールを押そうと手に取ったが指先が震える。

   

 不安と息苦しい中で視線を遣ると、

戦々恐々とした面持ちの能面の青年が、せせら笑っている。

しかしその表情には明らかな怒気が籠もって、不穏な空気が漂っている。

 


「この僕を、拒絶するなんてあり得ない」




 冷たい声音。

呼吸は苦しくなるばかりで、




「………どう、し……て、

姉を………し、知って、いるの…です……」




意識が朦朧とする。

拒絶する心。底のない焦燥感と恐怖心の

(ヴェール)かかった様に霧を生み出していた。




苦悶の表情を浮かべながら、純架は問いかける。

にやりとした粘着質の微笑みが戦慄が走っておぞましい、とすら感じた。

青年はにやり、と笑いながらながら、告げた。


「_____何故、御影透架を知っているかって?

御影さん。貴女がこう言えば、教えて上げましょう。

『主治医を一瀬先生に変えて欲しい』とね」

「…………い、や………来ないで……」


 それが、交換条件だと気付いた。

透架の事を知っているのならば、教えて欲しい。

けれども恐怖感に包まれた脳裏は、思考回路すら奪い、

正常な判断能力を喪わせる。


そう言った刹那、聡太の瞳に怒気が宿った。


(強情な所が姉妹揃って一緒。____それが気に食わない)








 院長の息子として、ずっとちやほやされてきた。

それが例え社交辞令だとしても構わない。


 だから、御影透架にスポットライトが向けられた時

胃が焼ける様な、強烈な劣等感と全てを否定された様な気がした。




 『移植待機者』の担当医というだけでも、一目を置かれる。

それが担当医が交代した、それが院長の息子なら、尚更。

脚光は強くなる。




 スポットライトを浴びる様な

恍惚に浸る快楽は変わらないのだから。

その正反対に存在する拒絶が、こんなにも居心地が悪いなんて。


(僕のプライドを傷付けやがって)


「僕を……拒絶するな!! 言え!!

『主治医を御影透架から、一瀬先生に変えて下さい』と言え!!


たった、それだけの台詞じゃないか!!」

「……い、や………です………」


 

(…………え、 御影透架が、私の主治医?)





 一瞬、揺らいだ瞳。

止まった時計の様に、思考回路が凍り付いていく。

 



 自分自身の主治医は、草摩智恵ではないか。

透架はあの日から行方不明のままで。



 純架の瞳が揺らいで脳裏は混乱の渦に巻き込まれていく。

頭を抱え耳を塞いで、暗闇の中で途切れそうな呼吸の糸を手繰る。


 双子の姉が、自分自身の主治医なのか?

 そして、彼女が近くに居る?


 そう盛大に、聡太は威勢を張っていた刹那。




 後ろから伸びてきた細腕に、掴まれ、

途端に呪縛される感覚と言葉に表せぬ、雰囲気を感じた。

身体が宙を舞う。



 絞め技、背負投げ……。

それらに遇ったのだと気付いたのは、意識が朦朧としてからの事だ。



「私達の詮索、邪魔するなら、容赦はしない」


耳許に下りたそうドスの効いた冷悧な囁きの声音。

聡太はそのまま、少しばかり気を失う。





 空手技が飛んできたと悟り、

両手で顔を覆いながら固まっていた純架は、

次第に息苦しさに朦朧としながら現実との境界線が曖昧になる。




 華麗な空手さばきを見せたのは、女性だろうか。

好奇心から顔を覆っていた手と指先を少しずらして視界を、

現実を見た。



 けれども無慈悲にも

意識は朦朧として、視界はぼやけていく。




 しかし、

朦朧としていた意識の中で見たものに、純架は驚きを隠せない。




 さっきの青年を押さえ込んで、“彼女”はこちらを向いたからだ。




その横顔は自分自身と瓜二つ。

背中までの長髪は後ろで結わえられて、

彼女は儚く物憂げな顔立ちと雰囲気を漂わせている。

白衣を纏っている姿は飄々と凛々しく、似合っていた。


(………透架……?)



 自分自身が、双子の姉を見間違える筈がない。

ずっと思いを馳せ続けた双子の姉。今、彼女が其処にいる。

しかし限界度までに酸素が足りなくなり、呼吸が出来ない。

朦朧とする中で純架は瞳を閉じ倒れて

涙が一筋、頬に伝う。




 警告を鳴らすアラーム。

乱れたバイタルの数値を表す画面。




 素早く透架は彼女に近寄り、

カニューレタイプから、高濃度酸素マスクに着け変える。

そして胸に備えている人工心肺と、空気駆動装置コントローラーを確認した。  



 警告。

それらが断末魔でないように祈りながら。



 電子モニターを透架は、

息を呑んでこの上ない事を凝視し続けた。

PTSDの症状が現れた事をモニターの数字は正直に示している。

危うい状態だ。一瞬も目を反らせない。




 凝視していると、不意に華奢な手に掴まれた。

視線を向けると、苦悩の表情ながら


 純架は安堵した様な、

暖かな陽の様な柔らかな表情を浮かべている。



「………貴………女、透架………で、しょ、う?」

「……………………」




意識はまだ朦朧としている。


 大人になった双子の妹とは

皮肉にもこの瞬間が10年ぶりの再会だった。

大人になった顔立ちに柔らかな表情。あの頃からひとつも変わっていない。



 透架は、顔を見せないままだ。

その儚くも切なげな横顔が、雷鳴の様に、脳に響く。




 きっとこの状態下では、幻想で終わる。




(ごめんなさい、純架)

(私は、貴女に顔向け出来ない)



「………おやすみなさい」




 そう呟くと穏和に、透架は微笑んだ。





 純架の幸せを願うのならば、他人のふりをし続ける事だ。






 アラームは止み、酸素飽和度が安定し始めた。

酸素が固定し安定し始めたが、予断は赦されない。


 いつの間にか純架は眠っていた。

それを傍で見守りながら、安堵から透架は腰を抜かして佇んだ。




 間に合った。応急処置に。

純架の手首と首筋の触れると、

か弱いものの、脈が、息遣いが確認出来た。




 その後は、生きた心地がしないまま、

傍らに傍に居、カルテに目を通していた。






 不意に後ろの窓硝子に

視線を寄せた。夜景に映る自分自身は、

この上ない冷酷な顔付きをしていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ