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第5狂・ジャスミン____抱えた思い、閉じられた言葉

花言葉、迷いましたが、このお話の純架なら

ジャスミンなのかな、と。


新キャラクター登場です。

その影響でかなり加筆修正しております。

ご了承下さい。

  


 「純架ちゃん、初めまして」


胸の痛み。呼吸が苦しい。


年は30歳半ばだろうか。

童顔のせいか若々しく、気さくで優しい雰囲気を持った女性だった。


白衣を来た女医が、

此方を見て微笑んで左胸にあるカードを見せた。

新田葉子にったようこと書かれてあるそれを見詰めながら




「純架ちゃんはね、心臓に怪我をしてしまったの。

心臓が治るまで、私と頑張ってくれるかな?」


優しい声音。

霧がかかった様なぼんやりとした思考と、

何処と無く感じる息苦しさはそのせいだったのか。


毎日飲む苦い薬も、コードの様に繋がれたチューブも

埋め込まれた針も、終着駅の見えない中で全ての現実を飲み込んだ闘病生活。


 息が苦しい。胸が痛い。


朦朧としぼんやりと瞳を開けると、白い天井が見えた。

はっと気付くと張り詰めた心配そうな面持ちで、

新田が此方を見下ろし見詰めている。


「せん………せ………い」

「大丈夫よ。私は此処にいるから」




新田はそっと髪を撫でると、

やがて華奢な純架の手に己の手を重ねた。

暖かな優しい手。


 

この病院に入院した時からの

主治医である新田葉子は絶えず傍に居、

その温かな手は、途方のない暗闇をさ迷う純架に安心感を惜しみ無く与えてくれる。


何も言わずに、見守り傍に居てくれた。

けれど心の何処で思ってしまう。



(透架も、傍に居てほしい)




大好きな姉。優しい姉。もしも透架が現れたら、

この胸を締め付ける様な感覚も和らぐと思うのだ。

けれどもどれだけ願いを込めても、双子の姉の姿は何処にもいなかった。


ただ呼んでもいないのに、

双子の姉が恋しいと感じた時に奴は来るのだ。


「心臓病を抱えたなんて、当たり前。軽症でしょう。

だって貴女は母親を殺したも同然なのだから、

その報いを受けるのは当然、よね?」


 和の繊細さと微かな妖艶さ。


年齢不詳だが老いを連想させない程に若々しく、 

何処か勝気な雰囲気を纏う女性。

絹の様にサラサラとした髪は束縛を嫌うかの如く舞う。


御影(みかげ) (さくら)。私達の後見人だ。

両親は消えたも同然なのだから、桜が世話人だと言うけれど。

忘れた頃に現れて純架の様子を見て来ては、嫌味を存分に言う。




 不意に目が覚めた。

胸の苦しみはないが、まだ見慣れない天井。

時計を見てみると、消灯時間は過ぎている。


また眠りに付こうと目を閉じた。

だが、何故か意識に溶け込めない。

代わりに闇夜には反吐を誘う、記憶のワンシーンが流れた。


「母親を絶望させて、死に追いやったも同然なのに

娘は堂々と生きているなんて……嗚呼、なんて嘆かわしい事かしら……」


桜は顔を両手で覆って、泣いている。

涙なんて見えない。声も嗚咽も何処か機械的で嘘泣きだという事は見え透いている。



「玲伽様はとても素敵な方だった。玲伽様を殺したも同然の癖に、のうのうと息をしてなんて恥知らずな厚顔無恥な女」


 


ぎろり、と睨まれたその(ひとみ)は、憎悪を剥き出しにしている。

最初の事は素直に怯えて泣いて謝ってばかりいた。

人の殺めるという重罪を犯したのだと思い込んでは泣いていた。



「この後に及んで、姉を求めるなんて贅沢ね。

母親殺しの女の癖に、何かを求めるなんて。

いい? 貴女は悪い子だから、透架を取り上げたの」

「………どういう事?」

「玲伽様を死に追いやった代償は払って貰わないと。

心臓だけじゃ足りない。

だから、貴女の大切なものを奪って上げたわ」

「え?」


絶望的と混乱が、脳裏を渦巻く。

桜は軽蔑するの如く嘲笑を純架を見詰めている。

私の心臓を壊したのは“あの人”。母親は、父とは“違う要因”に苦しみ

娘の存在を忘れる程、衝動的にこの世を去った。


(私にはもう、透架しかいないの。大切な人を)


そんな軽々しく奪ったなんて言わないで。

 

「透架は、何処にいるの?」


透架を奪った。

透架は、純架にとって大切な、大好きな姉だ。


「罪人に教えるものですか、貴女は此処にいればいい」


桜は得意げに鼻で嘲笑い、軽蔑し続ける。

堪忍袋の緒が切れた。


鼻許のカニューレタイプの酸素を取る。

桜が目を見開いたその刹那、その刹那、

心電図モニターの数値が狂い始め、赤い警告音が病室に響いた。


ナースステーションの重篤患者として認知されている自分自身に何かがあれば新田葉子と看護師達が飛んでくる。

警告から数秒も経たぬうちに、新田と数人女性看護師が病室に現れた。


「先生……あの人が、酸素を取ったの……」


呼吸が苦しくなっても構わないと思った。

透架を、自分自身の大切な人を奪ったと嘲笑いながら告げた事を、許せなかった。


「人工心肺の確認を。コントローラーの確認も」

「………は、はい。純架ちゃん、心臓を確認させてね」

「心拍低下しています。薬の投与と点滴開始します」


中濃度酸素マスクに切り替えられ、純架は横たわる。

桜は茫然自失としている中、

看護師に促され、強制的に追い出された。

強気な女の焦りと顔面蒼白した表情を、私は忘れないだろう。



 (大人しい小娘じゃないのよ、私)

 


 

 






「日記、書いてみない?」


「…………………」




 主治医である新田から

誕生日プレゼントされたのは、淡いパープルの分厚いノート。




「純架ちゃんが思う事を、自由に書いてみて」




それから365日、

欠かさずに文字を、誰にも言えない思いを書いた。

特に桜に言われた言葉の数々一文一句逃さず、

他愛のない日常の事、心臓の事、悩みや思い。


そんな中、膨らむ思い。



_____奪ったという意味合いは、なに?




姉を。

孤独な闘病を過ごす少女の思いは積もり積もって

年齢と共に変化していくけれども

ひとつだけ変わらない。



______透架は、どうしているの?


______透架に会いたい。確かめたい。


安否不明の双子の姉。

桜の言葉の奪ったという意味は、どういったものだろう。


透架への思いと疑念。

純架の思いが日記はその言葉に埋め尽くされている。

12歳の純架も、この親戚・人間関係が異常なのは解っていた。


透架の事だけが、気掛かりだ。

桜の様な人間が傍にいたとして、ぞんざいな扱いを受けてなかろうか。

日記の言の葉の思いは、姉を思うばかりに綴られている。


(あんな人達は、どうでもいい。

私が思うのは、必要な人は、透架の事だけよ)




_____“透架”。姉の漢字。


院内学級ではまだ習っていなかった。


けれどかつて母親に教えて貰ったと姉に言われてから、

いつしか姉の名前を漢字で書くようになっていた。


双子の姉には敵わない。叶わない。

なんだか先を越された気がしてならなかったけれども、

透架なら、と納得している自分自身がいた。




同じ日に生まれた姉妹。

双子だが、人間一人一人、

人格が違う様に、透架と純架の性格も正反対そのものだった。



「純架の漢字も教えて貰ったの。




___スミカはね、「純架」って書くんだって」






紙にお手本を見せて、透架は微笑んでいる。

純架にぴったりで似合う、と付け足して。

微笑んでいた。




記憶力が良くて聡明な姉は、何でも覚えて帰ってくる。


それは本人にはそれが自然な事なのだろうけれど。

透架を見る度に背伸びをしたくなる気持ちは、拭えない。




純架の日記は、

必ず、何処かに【透架】の名前がある。

10歳の時に行き別れた双子の姉の姿を求めては、

見えずいない筈の後ろ姿を追っている事に気付いた。




(透架は、どうしているのだろう?)




あの日を境に一度も、純架の前に姿を現さぬ透架。

“あの時”庇った姉は、無傷だった筈だと思っている。


_____けれども違うのだろうか。


疑心暗鬼になりながらも、気持ちは変わらない。

いつしか日記は、双子の姉へ思いを馳せるものになっていた。





透架はどうしているのだろう。


同じ生年月日、双子だから、自身と同い年の筈だ。


けれども透架と生き別れ病院の箱庭で過ごし始めた時。


桜は絶対に白状しない。

御影が彼女の存在を隠すというのなら、双子の姉の消息は掴めまま。

桜以外の大人も、現に大人は誰も、教えてくれなかった。


御影純架という名前だけを与えて、

たまに面会に訪れる御影の大人は、素っ気ない。




不意に窓にやる。

都心部のネオン街が眩しくて、まるで眠らないと宣言している様だ。


窓鏡となって、純架を鏡の様に写す。

カニューレタイプの酸素を付けて、

呆然としている自分自身が、其処には居た。


透架は、何をしているのか。


どう過ごしているのか。




“______透架。

貴女は、今、何をして、どう過ごしていますか?”




私は貴女と話がしたい。19年間、どうしていたの?



答えのない自問自答。見えない双子の姉の姿。

彼女はどんな大人になっているのだろうか。

生憎、純架にはまだ想像が着かない。




“私は貴女と再会をしたい。

あの頃の様に戻れるのならば、

私にとっての幸せはこの上ないでしょう”




この19年間の空白を埋めれるのならば、

透架とまた微笑んで平和に暮らせる日が来るのなら

純架はそれ以上は何も望まない。





双子の姉と過ごした日々が、

純架の中では絶対的な幸せそのものなのだから。



________循環器科、医局。


「純架ちゃん、到着したよ」

「…………そう。良かった。よろしくね?」




透架は、告げる。

機械の設置も、本人のバイタルも変化はないという。

パソコン作業を続ける透架の横顔を智恵は伺いながら告げた。




「ねえ本当にいいの? 会いにいかなくていいの?」

「…………」




透架は、硬く沈黙し、ぴたり、と指先が止めた。

俯いているその横顔は物憂げさと切なさを写す。




「……いいの。

私の存在を口にしたり悟らせたら駄目。……お願い」




やがて顔を上げると、

いいの、と切なげに微笑んだ。




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