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第2狂・イベリス___“心臓にしか興味の示さぬマリオネット”




御影透架(みかげとうか)。循環器科のエースであり、秀才。

まるで心臓外科医になる為に生まれてきたようなものだ」


 一瀬が皮肉な眼差しを向けて、不服そうに気怠く言う。

一瀬メディカル循環病センターの院長である父親が、

一人息子よりも御影透架という他人の女医に注目を

集めている事、そして敵はよく思えないのが現実だ。





「______“心臓にしか興味の示さぬマリオネット”」。




 不意に呟かれた言葉は、皮肉も混じっている。




 それが、御影透架が影で囁かれている彼女の名前だ。





 誰にも媚びず、

己の道だけを真っ直ぐに歩いている彼女は

その凛として時雨の様な姿は、何処か近寄りがたい。


 一瀬(いちのせ) 聡太(そうた)


 最初こそ

院長の息子で循環器科の有名人になるだろうと、噂された中で、瞬く間に同期である御影透架に全て持っていかれてしまった。



 それから聡太は、

内心、透架に対して嫉妬心と好奇心に駆られている。


 しかしながら彼女の

心臓外科医の医師としての才能は天性のもので、

心臓外科医、心臓血管外科医、等、心疾患のエキスパートだ。


 全てに置いて完璧な彼女は

加えて端正な容姿も相まって研修生の憧れの的。

ただ彼女は誰も近寄らせず、鳥籠に籠るかの様に、

いつも一人でいる事の多い、一匹狼タイプだ。



 最高の孤高の女医。




 余所見なんてしない、医師として邁進するのみ。


 それなのに、でしゃばらず目立たない。


 だから自身の能力が高いからといって上から目線でもない。

彼女の短所を粗探ししても無意味な行動なのだ。



 ただ雛鳥が生を受ける前に、閉じ籠もる様にひっそりと

彼女はただ医師としての生命の為に生きるだけ。


その肩書きという盾、“それ以外”が誰にも見透かせない。

何も言わず語らずの彼女の意思は、誰も何も見えない。

それは不可思議とも言えた。



 彼女自体も秘密主義であるせいか、

その近寄りがたい雰囲気に踏み込もうという勇者はなかなか、

現れはしないのが現状だ。



 難易度が高すぎる。



 院長の息子という権限を駆使し、彼女の経歴を盗み見た。




 家族構成は不明、

医学部志願者で有名なお嬢様校と名高い私立校から

府立大学の医学部に在籍。首席で卒業した、という事実以外

彼女の生い立ちや過去は見えない。




 経歴は結果のみを(かざ)している。

それに埋もれてしまい、その人間の自分像は見えやしない。

そして彼女は、絶対的に自身の仮面を外す事もないのだから。



 凡庸な文字数は誇り高き経歴を表しているものの

彼女自身の人物像は見えず、ミステリアスだ。 


 聡太自身も掻き立てる好奇心から、

御影透架に近付こうとしたのだが出来なかった。



 執刀医として

手術中なや患者のカルテを見詰める眼差しは

真剣そのものだけれど、それ以外はぼんやりと空を見ている。


 否、それは空なのか虚空なのか。分からない。

空を見ているのか何処に視点が定まっているのかさえも読めず掴めないのだ。


 院長の一人息子さえも置き去りにさせる実力者。

(しばら)く透架に執着していた聡太だが、それをある日を境に止めた。



 医局に一人でいた透架を見たからだ。


 ただ影を佇ませる物憂げな雰囲気を顔立ちと

彼女の横顔を見た瞬間、独特の切なさに打ち砕かれたのを覚えている。



 薄幸さのある顔立ちには儚さと、

危うさ、そんな機微を兼ね備えていた。

それは例えるならば踏み込んでしまえば、

硝子細工の如く、崩れ去りそうで何処か怖い、と思ったから。



 ただ、同時に思ったのは、

彼女を追いたいという感情。それは、如実であった。


何処か不思議で

秘密主義な彼女は、どんな素顔を持っているのか。

天才的な彼女は何処か無機質で機械的だけれど、

時折見せたあの横顔の人間味が忘れられずにいる。

  





 ただひとつ。


 彼女は追いかければ、

一歩ずつ遠い存在になる様な錯覚させる。

そんな不思議で理由のない感覚が好奇心を更に掻き立てるのだ。



 だからこそ

遠い存在であればあるほど追いかけたくなる、

そんな奇妙な感覚を覚えたのは何故だろう。

その輪郭が霧に包まれた様な、輪郭も持たぬ掴み所のないところなのか。


 過去も、“御影透架”という人格も、見えない。

彼女自身の口数の無さが災いしているのか、本人からのアクションも何もない。

まるで彗星の如く現れた天才的で秀才の、心臓外科医。


 父が言うように

彼女はまるで本当に、医師になる為に生まれてきた様なものだ。

医師としてだけの心臓にしか興味の示さぬマリオネットだ。



 青年に一礼して、看護師は素早く通り過ぎた。






『御影先生、一瀬院長がお呼びです』


『分かりました。有難う御座います』






____院長室。




「失礼致します」


 ドアを閉めると

院長のデスクの前で透架が一礼する。

漂う品性と滲み出る育ちの良さ。

けれども顔を上げた彼女は生気の機微すら、感じられないドールのようだ。 


    



「今日は夕刻から大変だったな」





「そんな。大変恐縮なお言葉です。

それよりも一瀬院長を巻き込んでしまう形となり

申し訳御座いません」

「ひとつ問おう。あの切迫した中で、何故、私に連絡をした?」


 頭を下げる御影透架に、院長は頬杖付いてそう問いかけた。


「医師として、負傷者の救護が最善と判断致しました。

ただ、負傷者は後回しには出来ません。

あの時、負傷者はかなりおり、皆様がパニック状態でした」



 あれから、管理人のスマートフォンを借りて

119番と同時に、一瀬メディカル循環病センターの院長に事のあらましを伝えた。


 救命病棟に連絡が入り、全て

一瀬メディカル循環病センターに一度、搬送するように指示を出した。



 御影透架はというと

自身が発見した女子大生の担当を担い、


 救急車に乗り込もうとした際、

どこ吹く風の如く警察からの事情聴取を蹴った。



 病院に着くなり、戦争と化したこの場を取りまとめて、

患者のトリアージ、他の病院への移送、負傷のリストや症状を

事細かにまとめ上げ、全てを終えた。




_____そして、今である。





「一刻を争う状態で

私も冷静さを欠いていたと反省しております」

「君の判断は聡明だった、君も一刻争う現場に居ながら、

負傷者の処置、連絡網、全てが完璧だった」

「………いえ。


院長、患者様の処置等は、落ち着きました。

ですので、私は今から警察署の方に出向いて参ります」




 淡々と事情を述べると、一礼して、去った。

彼女の消えた院長室で、院長は、呟く。




「彼女には、消えて欲しくないのだかな………」



申し訳御座いません。

登場人物の漢字のみ、こっそり変更させて頂きます。

申し訳御座いません。


変更前:一瀬湊汰

変更後/新装版・一瀬聡太

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