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第8狂・ジニア____十字架の行方、絶望の中での軸

 



 (あれは、夢だったのだろうか)




窓から見える景色を見詰めながら、純架はぼんやりとする。


あの夜。

意識朦朧としていた時、自分自身が見たものは

現れた者は確かに双子の姉だった。


忘れず筈がない。

昔も今も、双子の姉の存在に焦がれ依存し続けてきた。


あの時に見た、自分自身と同じ容貌。

彼女は白衣を纏っていた。


けれども残酷にも遠退く意識の果ては

思考がぼやけて記憶が酷く曖昧になり、

酷く確証が取れない。

あれは幻想なのか、現実なのか。


「はい。バイタルも平日運転です。

……浮かない顔をしているけれど

何処か自身で不調だなと思う所はありますか?」

「………いいえ。なんでもないです。ありがとうございます」


補助人工心臓のケアが終わり、

主治医である智恵は純架に微笑んだ。


主治医の欄には【草摩 智恵】と記載されている。

けれども自身を苦しめたあの青年は、

“透架が主治医”だと豪語していた。


(…………どうなっているの?)


ただ、

あの青年が口にした『御影透架が主治医』だというなら

透架は医師となりこの病院にいるという事になる。

世の中は案外、広くて狭いのだ。見失っているかも知れない。

実は自分自身の近くに透架は、すぐ其処にいるだろうか。




「………あの、」

「………どうかしたの?」

「草摩先生は、御影透架、という方を、知らないですか………」


 御影という名字も、この名前も、珍しい。

それらを組み合わせた姓名は最も珍しいので、

純架は自分自身か、双子の姉しかいない筈だと解釈している。




「御影、透架………?」


純架の問いに智恵は茫然自失として、首を傾けた。

純架の中である言葉が脳裏に余儀った。“存在を悟られてはならない”と。

けれども大人達の命令よりも、純架にとって双子の姉方が大事。


智恵は悩ましげに

顎許に手を遣り考える素振りを見せてから首を横に振った。


「知らないですね……。

この病院の先生方にそういう名前の方もいらっしゃないですし。

『御影』って、もしかして純架さんのお知り合いかしら?」


「……あ。はい。

もしかしたら……と。変な事を聞いてすみません」

「いいえ。此方こそごめんなさいね。お役に立てなくて」 


智恵は、純架の言葉・表情が心に刺が刺さる。

真っ赤な嘘を付いている事に胸が痛むからだ。

問わなくても純架が、双子の姉を恋しがっている事は

その声音・仕草で悟ってしまった。


(こんな純粋な妹ちゃんの気持ちを、

無下にしている透架はある意味での罪人なのかも知れないわ)


「純架さんは、その方にお会いした事があるの?」

「まあ……はい」 


御影家からも、桜からも、

双子の姉の事は言うな、と言われてきた。

だから姉妹の存在を悟られてはいけないのだけれど。

曖昧な返事をして濁した。


(やっぱり夢だったのよ。透架には会える筈がないわ)


だって、御影家は、双子の姉妹を生き別れさせた。

別れた姉妹を引き合わせて、再会させる、というのは

全力で阻止するだろうから。


 落胆して肩を落としていると、


あ、と一息間を入れて思い出したかの様に智恵は、

ショルダーバッグから分厚い小包みをテーブルに出してきた。


「これを。忘れていました。純架さん宛のお届け物です」

「………私に? どなたからか聞いても宜しいですか?」

「新田先生から……」

「まあ」


純架は表情を(ほころ)ばせた。


 智恵は、純架の言葉・表情が心に刺が刺さる。

真っ赤な嘘を付いている事に胸が痛むからだ。

問わなくても純架が、双子の姉を恋しがっている事は

その声音・仕草で悟ってしまった。



(こんな純粋な妹ちゃんの気持ちを、

無下にしている透架はある意味での罪人なのかも知れない)


小さな小包みから現れたのは、 

新田から貰っていた愛用の日記帳。

そろそろノートの(ページ)が終わってしまうと危惧していた。

元主治医からのプレゼントに純架は目を細めて嬉しそうにノートを見ている。

    


 この世界が、自分自身に目に移るものが、

全てモノクロームかつスローモーションに

景色が映り始めたのはいつからだっただろう。



「純架、待って」

「……………」


純架は、いつも、自分自身の前を堂々と歩いていた。

その歩みを止めたのは紛れもない自分自身だ。




子供らしい

無邪気な表情を浮かべた双子の妹の笑顔を(よぎる。

その刹那的、硝子にヒビが入り、あの日の悪夢が呼び起こされた。

鮮血に染まりぐったりと腕の中で倒れた妹の、弱々しい表情。

____灯りもない、夜の光りに包まれた部屋。



「…………っ」


 机に伏せていた、不意に顔を上げた。

転た寝がな出来たなんて、しているなんてと驚きながらも、

此処は医局で、今は誰もいない事に安堵した。


(駄目だわ。こんなお間抜けな調子でいたら、

純架すら守れやしない)


10年ぶりに再会した、妹はあの頃のままだった。

この麻痺し感性を喪い、荒み切った欠落した感情を

心を持つ自身とは大違いな程に。


自分自身の心は砂漠の様に荒れ枯れきり、厳冬の様に凍り付いた。

きっと今、純架が、自身を見たら絶句する筈だ。


だけれど、もう。


(…………もうあの頃には、戻れない)


透架の心に潜み息をしている、サイバーズギルド。

自分自身だけ罪を忘れて、自由に生き歩いて筈がない。




(もっと苦しめ、傷め、壊れろ)


目を閉じて闇に溶け込むと呪文の様に言葉が過よぎる。




純架に自身の存在を悟られてはいけない。

双子の妹の贖罪の為に生きる(しかばね)でいい。




感性を受け取める事は、罪なのだ。

傷付いた妹への贖罪を果たすまで、生ける屍として息を続ける。

それ以外は赦されない。否、この精神が赦さない。



“純架ちゃん。透架って解っていなかったみたい。

存在は悟られていないと思って大丈夫だと思う”

“………ありがとう。ごめんなさい”



双子の姉だと、御影透架なのだと

存在感を悟られぬよう、一人、終着駅に辿り着くのを待つだけだ。


もうすぐ時は来る。

祈りを捧げる様に透架は目を閉じ続ける。



………純架に会わぬまま、存在感を悟られぬまま、


人生を終えたい)






もし、自分自身が客観的な人間となれるのなら、

誰かの人格を殺せるとしたら、


透架は間違いなく自分自身を殺めるだろう。

自分自身の存在が、御影透架という人間が、存在が、許せない。陶酔する程に憎くて堪らない。

薄くなりつつも存在感を示す腕の自傷の痕をなぞって瞳を伏せる。


双子の妹にあれだけ(むご)い現実を与えて、

自分自身はのうのうと生きて、逃げているのだから。




贖罪____それが、十字架と言うのなら、潔く受け入れる。

自分自身への憎悪が、歳を重ねる事に増していく。

許せない。赦せない。恨めしい。憎らしい。


______穢らわしい。



輪廻のように、その感情が廻めぐり廻めぐる。

机に置いていたもの___封書。透架はを開けた。




“御影透架 (ミカゲ トウカ) 検査結果 : 異常なし”




月1ヶ月の健康診断。

検査結果が似た様な数値が、変わらず並んでいる。

自分自身が下手な真似をさえせず、これらを維持していればいい。

検査結果を見詰めた後、心に安堵感を下ろした。


(____贖罪に必要な材料は、抜かりなく点検しなければ)




透架は、鼻で嘲笑い、微笑する。

こんなに憎たらしい屍だとしても、“一つだけ果たせる役割”。

その為だけに息をする器。


自分自身に出来る贖罪と言われれば、こうするしか道を残されている。

唯一の贖罪とやるせない感情が、消える日もそんなに長く続かない。

絶望の闇の中で唯一、見つけた自身にしか出来ない贖罪という光は、離さない。




いつしか透架が執着するものとなって、

それが、自身の終着点だと今では絶望の崖の淵にいる

透架にとっての唯一の生きる糧となっている。


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