ウィムシラの歌舞
晩餐が終わり、食堂の各所に設置されたランプや燭台が温かく辺りを照らす中、食事を終えて、口元をナプキンで拭い終えて……食後のお茶を飲んで腹を落ち着かせたウィムシラが、ゆっくりと立ち上がり……食堂のテーブルの向こう、少し開けた一帯へと移動する。
「この世のものとは思えぬ程に美味しい食事を頂いた以上は、感謝の気持ちを示す必要があるでしょうな。
非才なこの身ですが、歌と踊りだけは中々のものだと褒めて頂くことが多く、アイシリア様の前で披露出来るのはこれくらいのものですので、どうか少しの間だけで良いですので、ご容赦を頂ければと思います」
移動するなりそんな言葉を口にしたウィムシラは、腰に下げていた鞘から剣を……反り返り美しい弧を描く剣を抜き放って、それを振るっての剣舞を披露し始める。
力強く、優雅に。
揺れる灯りの中でその踊りは思わず見惚れてしまう程のもので……ある程度そうやって踊ったなら今度は歌を歌い始めて……剣舞が歌舞に変わり、その歌がドラゴンを賛美する歌であったこともあって、ユピテリアが目を輝かせ始める。
自らもドラゴンであり、アイシリアというドラゴンの母がいて。
そんなユピテリアにとってドラゴンを賛美する歌はとても嬉しいものであり、心沸き立つものであり……ユピテリアが喜んでいるならと、パラモンとアーサイトもまた喜び、湧き立ち……それに釣られてクーシー達も、ウィムシラの歌に合わせてその体を左右に振り始める。
アイシリアは全く揺るがず気にした様子もなく静かに目を伏せ、領主は静かにウィムシラのことを見やり……そしてベアトリクスは予想もしていなかった光景にその目を見開く。
王都でも聞けないだろう美しい歌声、洗練されすぎてどんなに訓練をしたとしても絶対に真似出来ないだろうという圧倒的なダンス。
極めれば人はここまで優雅に踊ることが出来るのか。
その指先の僅かな動きにまでこだわり、服の揺れ方までを考慮して、燭台やランプの位置や光量までも意識しているのだろう、見るべき部分が暗くて見えないということは一度もなく、剣を持ち替えたり、服のズレを直したりといった動作は全て暗闇の中で行われ、靴で強く絨毯を踏む音すら、歌と踊りの中に取り込んで演出の一つとしてしまっている。
その目の輝かせ方も吐息さえもが計算尽くで、ベアトリクスにとっての不幸はアイシリアのすぐ隣の席に座ってしまっていたことなのだろう。
ウィムシラがアイシリアに色気を込めた視線を送る度に貰い火をしてしまって、それが自分に向けられているものだ、というようなひどい勘違いをしてしまう。
それが勘違いだということは分かっているし、ウィムシラが風牙王国の王子であることも十分に分かっている。
……いや、元王子だったか。
元王子ならば良いのではないか、問題無いのではないか、そんな一瞬の気の緩みがあってベアトリクスの心の防壁が崩壊する。
そうして表情を崩したベアトリクスに誰よりも早く気付いたのはウィムシラだった。
何しろ食堂内の者達のほとんどがウィムシラに注目していたので、ウィムシラ以外に気付きようが無かったとも言える。
そうしてウィムシラは、調子を変えて歌を変えて、ドラゴンではなく自然の美しさと精霊を賛美する穏やかなダンスを踊り始める。
ドラゴン賛美から精霊賛美となると、歌も踊りもその調子がかなりの急激な変化を迎える訳だが、ウィムシラはそれすらもスムーズに行って見せて、誰にも違和感を抱かせることなく歌って踊って見せて……そうしてなるべくベアトリクスに視線を送らないようにと気を使う。
だがしかし既に手遅れだった、致命傷だった。
ベアトリクスの目の輝きは曇ることなく、頬は赤らみ、しまいには目が潤んで涙さえ浮かんできてしまっている。
それでも踊り続け歌い続けたのはウィムシラのプライドあってのことなのだろう。
中途半端では終われない、二人のドラゴンを前にしてそんな愚行出来ようはずがない。
歌と踊りを愛しているからこそのこだわりがウィムシラの体を動かし続け……そうしてしっかりと一舞台分の時間を歌い、踊りきったウィムシラは、汗を飛ばしながらうやうやしい一礼をもって終了の挨拶とする。
「いや、見事だったな。
途中少しリズムが狂ったような部分があったが……うん、ドラゴンと精霊の差異を表現したということなのだろうな。
本当に見事だったぞ、ウィムシラ……素敵な歌と踊りをありがとう」
真っ先にそう声を上げたのは領主だった。
急な演目変更に気付いていたのは面々の中では領主だけで、これも領主の芸術的才能あってのことなのだろう。
それに少し固い笑顔を返したウィムシラは……アイシリアが音を立てずに静かに拍手をしているのを受けて、心の底からの安堵と山のような黄金を手に入れたとしても味わえないような満足感を得て……更には全力で腕を振るいながら、笑顔を弾けさせながら拍手をするユピテリアを見てたまらなく微笑ましい気分になる。
パラモンとアーサイトとクーシー達もまた笑顔で、拍手をしての賛美を送っていて……小さき友人達からのそれを受け取ったウィムシラは、柔らかな笑顔と礼でもってそれらに応じる。
そうしてウィムシラが最後に視線を送ったのはベアトリクスだった。
今の今まで見ないようにしていたベアトリクスだった。
その顔はすっかりと見慣れた恋する乙女のそれになっていて……その全身から生命力と魅力がこれでもかと発散されていて……そんなベアトリクスを見てウィムシラは苦笑しながらどうしたものだろうかと頭を悩ませる。
少し遅れてアイシリアも事態に気付き、どうしてこういうことにだけは聡いのか領主も気付き……事態を飲み込めていないユピテリア達以外の視線がベアトリクスに向けられる。
だがベアトリクスにはウィムシラしか見えておらず、ウィムシラ以外の視線に全く気付く気配はなく……数瞬の後にベアトリクスは椅子を蹴倒して立ち上がり、物凄い勢いでウィムシラの下へと駆けていく。
それは驚く程に迅速で、ちょっとした疲労感を覚えていたウィムシラがすぐに反応出来ない程の鋭さを持っていて……そうしてベアトリクスは対処に遅れたウィムシラのことを、何も言わずにただそうしたいと思ったからとの理由でしっかりと、力強く抱きしめるのだった。
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