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ドラゴニックメイド  作者: ふーろう/風楼


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ウィムシラとの晩餐

 

 アイシリアとベアトリクスによる夕食の準備が完了となり、ウィムシラという客人を迎えての晩餐が穏やかな空気の中始まり……歓談の声と小気味良い食事の音が響いていって。


 そうして他愛の無い話題が突きた頃、スープを綺麗に一滴残さず飲み干した領主が声を上げる。


「そう言えばウィムシラ、去年は一度も顔を出さなかったが、何処か遠方にでも行っていたのかな?」


 その言葉に対しウィムシラは「ふぅむ」と声を上げ、悩むような仕草を見せてから……ゆっくりと口を開く。


「去年顔を出せなかったのにはいくつか理由があるのだが、その一つは先にも言った廃嫡の件だね。

 穏便な廃嫡であったとはいえ、相応に手間がかかるというか、色々と手続きが必要でね、その関係でかなりの時間を浪費してしまったのだよ。

 もう一つの理由として風牙王国に余計な手出しをしようとする不穏な影があってね、その調査のために時間を取られてしまっていたのさ。

 平和を愛する我が祖国が戦乱に巻き込まれるなど、そんなことはあってはならないことだからね」


 その言葉にパーシヴァルはこの地を預かる領主としてピクリと反応し、アイシリアは風竜の知己としてピクリと反応する。


 風牙王国はかなりの経済圏を有する大国家であり、治安維持のために相応の、周辺各国を一呑みに出来る軍事力も有していたのだが、決してその力を振るわず、交渉などに利用することもなく、平和こそが経済を支える柱であり、周辺地域が平和であればある程、風牙王国は栄えるのだからと『何よりも平和を愛せよ』との言葉を国是としていた。


 その言葉の裏には下手に戦乱を広げればドラゴンや精霊の怒りを買ってしまいかねないのですべきではないとの意味も込められており……その言葉を頑なにまで守っているからこそ、風牙王国とその周辺地域は数百年もの間の戦乱とは縁遠い歴史を紡いできていたのだ。


 更には風牙王国にはその在り方を愛し守護するドラゴン、風竜がおり……どんな思惑があるにせよ、そんな風牙王国に余計な手出しをしようなどとする輩は正気を失っていると断じても過言では無いだろう。


「……ということは去年はその不穏な影とやらの調査で手一杯で、こちらまで来る余裕が無かったという訳か?」


 いつもとは違う、剣呑な雰囲気を纏いながら領主がそう返すと、ウィムシラは笑みを浮かべながらその通りだと頷く。


「父上の言葉に忠実で信頼出来て、風牙王国を愛しており、腕が立ち、自由に国外を出歩ける人材……なんてのはそうそう居るものではないからね、オレにしか出来ない仕事だったのだよ。

 いざ連中の手に落ちても問題無いようにと廃嫡までしてもらっての調査だった訳だが……うん、連中の目的らしきものを掴むので精一杯でね、己の無力さを痛感したよ」


 頷いた後にウィムシラがそう言って……ユピテリアがきょとんとした表情を浮かべる中、領主とメイド、ベアトリクス、それとクーシー達とパラモンとアーサイトは、なるほど、それで廃嫡かと得心した表情となる。


 ウィムシラは大国の王子という立場でありながら、お供もなくたったの一人で各国を放浪していて……その身を盗賊やよからぬことを企む者達、他国の間者から守れる程の腕を有していた。


 人間の個人としては恐らく大陸でも指折りで、上から数えた方が早いに違いない。


 だが誰かを率いる能力があるかというとそうではなく、机上の政務も苦手で、外交においても感情が表に出過ぎてしまう所があり……王子として、未来の王としての才覚はからっきし、全くという程に恵まれていなかった。


 風牙王国は確かに大国だが、それ単体で成り立っている国家ではない。

 周辺各国あってこその風牙王国で、風牙王国あっての周辺各国で……王にはそのバランスを上手く維持する能力が求められており……ウィムシラにはそういった能力が全くと言って良い程に無かった。


 大陸有数の剣の腕と、長旅にも耐えられ地方病を受け付けぬ頑丈な身体と、更には歌と踊りと演劇という芸術的才能にまで恵まれていたというのに、どういう訳か王としては、王家の人間としては全くの無能だったのだ。

 

 ……と、そんなことを考え、運命の残酷さに胸を痛めながら領主はウィムシラに問いを投げかける。


「それで、その連中の目的とは一体何だったのだ?

 風牙王国に手出しをしたということは……噂に名高い経済圏の乗っ取りが目的か?」


 問いを受けてウィムシラは苦笑し……呆れを含んでいるかのような笑みを浮かべ、全く理解できないとばかりに首を左右に振りながら言葉を返す。


「それがだね、連中はドラゴンからの解放とやらと目的としているようなのだよ。

 人とこの世界をドラゴンから解放するとか、取り戻すとかなんとか……。

 オレとしてはドラゴンや精霊こそがこの世界の住人であり、先住者であり、オレ達は彼らの住まいの片隅を間借りをしているという認識でいたのだが……どうやら連中にとってはそうではないらしいね。

 随分とまぁ御大層な目的を掲げたまでは良いが、目的があまりにも大きすぎて達成不可能と言っても過言ではなくて……それがゆえに自らの力を高めようと必死で、力を手に入れようと暴走気味で、各地であれこれと良からぬことを企んでいるらしい。

 風牙王国を狙った理由はその経済圏……というか国丸ごとの乗っ取りで、そのついでに風竜様を害するつもりだったようでね……いやはや、まったく呆れることしかできないよ」


 その言葉を受けて……ユピテリアが更にきょとんとし、パラモンとアーサイトが懸命にユピテリアを慰めようとし、クーシー達がなんとも渋い顔をする中……領主とアイシリアはその目的とやらに思う所があって、以前似たようなことを言っていた人物に心当たりがあってなんとも言えない表情をする。


「ドラゴン殺し……」


 そうして領主がそんな言葉をつぶやく。


 以前騒動を起こし、アイシリアによって捕縛され、大公の手によって処断された男。


 その男は大公妃によって行われた取り調べの際に、似たようなことを口走っていたらしい。


 曰く、ドラゴンから世界を取り戻すとかなんとか。


 てっきりそれはあの男の個人的な妄言かと思っていたのだが、まさか組織立って各地で動き、国の乗っ取りまで画策する連中であったとは……。


 どうやらこれは簡単に片付く話ではないぞと、そんな感想を抱いた領主は……それまで纏っていた剣呑な雰囲気を維持するのを止めて、なんとも呑気な表情となって「ぷひー」と大きなため息を吐き出す。


「なんともまぁ馬鹿な連中がいたものだなぁ」


 そうしてそんな言葉をつぶやいて……もうどうでも良くなってしまったのだろう、別のことについて話そうとウィムシラに新たな話題を振り始める。


 領主はドラゴンのことをよく知っている。

 ドラゴンがどれだけこの世界と人を愛しているかをよく知っている。


 そしてその力がどんなに大きいものであるかということも、毎日のようにその肌で感じることで熟知していて……その連中の目的が間違っていることも、それが達成不可能であることもよく知っている。


 連中の言葉は妄言なんて言葉では済まない代物だ。


 自分達の畑を地震から守るために大地全てを消し飛ばす、なんてことを言うのと大差が無い程に支離滅裂で無茶苦茶で不合理で、馬鹿馬鹿しい。


 一応大公と王都にその旨を報せはするが、それ以上のことは必要無いだろうとそう考えた領主は……友人との晩餐と、美味しい料理を楽しむことだけに意識を向けるのだった。


お読みいただきありがとうございました。



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