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ドラゴニックメイド  作者: ふーろう/風楼


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特に珍しくもない、よくある光景


 更に数日が経って……ベアトリクスは今までとは打って変わって静かな、驚くことも動揺することもない、平和な日々を送っていた。


 どうしてそうなったのか、その答えは極単純で、この環境に慣れてしまったためだ。

 色々と驚くことがあったとしても、慣れてしまえばそれは当たり前の光景で、なんでもない日常で……慣れてしまったがために、いちいち驚くことではないと、そんな判断を下してしまっているのだ。


 客観的に見てそれは明らかに異常な光景であったのだが……それでも彼女は慣れてしまっていて、そんなことよりもと屋敷の書庫にある蔵書を読み漁る日々を送っていた。


 学校にも十分な数の本があった。

 そしてそのほとんどは、領主が手ずから写本したものだった。

 役に立つだろう本に目をつけて、読みやすいように丁寧に綺麗な字で書き写し、しっかりとした装丁で本に仕上げ。


 だがしかし領主は多忙で、全ての蔵書を書き写すなんてことは出来るはずもなく……写本されたのはあくまでほんの一部、領主が有用だろうと判断したものに限られていた。


 それ以外の本は書庫にしまわれ、誰の手に取られることなく眠っていたのだが……ベアトリクスはそれらの本に目をつけて、質を問わずジャンルを問わず、手当り次第に読み漁っていた。


 ……その本が有用かどうかの判断はあくまで領主の価値観によって行われていた。

 そして領主は至って常識的な、平凡な人間である。


 非凡な人間の考え方を理解出来ず、失敗したものの価値ある挑戦だったということが理解出来ず。


 常識から逸脱した天才の本や、目標を達成することは出来なかったものの様々な実験データを残すことに成功した本は全て、領主にとって無価値、無用なもので……それらは写本されることなく、書庫の中で眠り続けていたのだ。


 中には生活に困窮した研究者が売りに来たと思われる、本とも言えないような走り書きの束なんてものもあって……研究者を追い返すことなくそれらを買い取り、無用なものだと思いながらもしっかりと保管していたのは、領主の人間性あってこそのことなのだろう。


 手放しても構わないと思いながらも、本を作ることの大変さを知っているから手放すことが出来ない。

 本や走り書きの束を売りに来た、困窮した者達の顔を思い出してしまって、非情な判断を下すことが出来ない。


 内容がひどくとも本は本で、売ればそれなりの金になったはずなのだが……それでも領主は、いつかその本を必要とする人が現れるかもと、手放した人が取り戻しに来るかもと、そんなことを思って、数多の本を保管し続けていた。


 本の保管にはそれなりの金と手間がかかる。

 定期的に日干しをする必要があるし、書庫それ自体も日光や湿気にやられないよう、金をかけてしっかりとした作りにする必要があるし……経年劣化をしたなら修繕をする必要もある。


 書庫の本はどれもこれも、金と手間がかけられた良い状態で保管されていて……そうした本のページを、庭の片隅でめくりながらベアトリクスは、領主のそうした行いに深く感じ入る。


「学校や美術館を作っただけはあるってことか……。

 戦争や魔物達の侵攻から縁遠い田舎だから出来たって感じ、なのかな?

 ……でもここ、隣国との国境領でもあったはず……?

 それなりの軍備をしなくていいのかしら……? 軍備をしなくとも外交でなんとかしていけてい、る?」


 本を読みながらあれこれと思考を巡らせたベアトリクスが、一旦休憩するために本から目を離し、そんな独り言を呟いていると……そこにメイドが、洗濯かごを抱えながら笑顔で歩いてくる。


 メイドの笑顔の理由は良い天気だからだろう。


 良い天気ならば洗濯物がよく乾くし、庭の花達も元気に花を咲かせてくれる。


 屋敷の家事全般を生業とし、庭の世話までしているメイドとしては、良い天気であることが何よりも嬉しいことであるらしい。


(そう言えば……お嬢様や動物達のことばかりに目がいっていたけども、あのメイドさんも大概よね。

 この大きさのお屋敷を一人で回しているなんて……。

 普通はメイド達を統括するメイド長がいて、洗濯担当、炊事担当、掃除担当、領主の世話担当がいて、庭師がいて。

 多い所では10人近くのメイドや使用人を雇っているっていうのに、それをたったの一人で……。

 ……お嬢様の教育係やお世話係もやっているようだし……家庭教師すら兼任している、のかな。

 うぅん……あのメイドさんもこのお屋敷にいるだけあって、常識では計りきれない人……なのかな)


 と、ベアトリクスがそんなことを考えながらメイドの様子を見やる中、メイドはテキパキと洗濯物を干していって……抱えていた洗濯物かごをあっという間に空にしてしまう。


 手際よく、ミスをせず、一切の無駄の無い流れる様な作業で。


 その様子を見てベアトリクスが驚いていると……何かを感じ取ったのか、メイドが真剣な表情となり、何処かを見つめ始める。


 屋敷を覆う壁の向こうというか、道の向こうというか……空の向こうというか。


 一体何処を見ているのだろうと、ベアトリクスがその視線を追っていると……凄まじい音がメイドが居た場所から響き聞こえてくる。


「え!?」


 と、声を上げながらベアトリクスが振り返ると、さっきまでそこに居たはずのメイドの姿が無くなっていた。


 そこにはヒールで思いっきりに踏みつけたと思われる小さな穴が空いているだけで……ベアトリクスが慌てて視線を巡らせると……まさかのまさか、二階の窓から領主の執務室へと入り込んでいるメイドの姿が視界に入りこむ。


(飛んだの!? あ、あそこから二階の窓まで一気に飛んだの!?

 え? え? 魔法? 

 魔法にしてもすごすぎるっていうか、全然魔力を感じなかったし、え? 一体何事?)


 そんな事を考えながらベアトリクスが困惑していると、先程メイドが入りこんでいった窓の窓枠を、ガシンとメイドの靴が踏みつけて……そしてその脚を軸にする形で、窓枠を思いっきりに蹴り飛ぶことで、メイドが凄まじい勢いで窓から飛び出し……その勢いのまま何処かへと飛び去ってしまう。


 もはや言葉もなく、驚きのあまりに思考することもできない。


 ただただベアトリクスが唖然としていると……その窓から呆れ顔の領主が顔を出し、何かをぼつりと呟く。


「やれやれ、窓からではなく玄関から出ていってくれと何度言ったら分かるんだ」


 その声はあくまで独り言で、小さな声で、普通ならば聞き取れないような声だったのだが……ベアトリクスは読唇術でもってその言葉の内容を読み取り、更に唖然としてしまう。


 それは今口にすべき言葉なのだろうか? とんでもないことをやらかしたメイドにかける言葉なのだろうか?

 そんなことよりも今物凄いことが行われたような気がするのだけど?


 そんな疑問を懐きながらベアトリクスは……やっぱりメイドも普通じゃなかったのかと、改めてそんなことを思い……そうして現実逃避をするためか、椅子に座り直し、居住まいを正し、目の前の本を読むことに集中し……何も考えなくて良い本の世界の中へと入り込んでしまうのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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