その後のあれこれ
大公妃を襲撃した自称ドラゴン殺しを捕獲した件の礼として、大公領から届いた品々をとても喜んだパーシヴァルは……それらをドラゴン殺しと相対した者達へとそのまま譲渡することにした。
まず大公直筆の詩集は三人のクーシー達へ。
何より本人達が欲しがったものであり、上質の……かなりの金銭と手間暇をかけて作られた本であり、そこに書かれている詩の内容もその情景がありありと心の中に浮かぶ、上質かつ上品なものであったために、とても喜ばれた。
四頭の農耕牛は森番のヘリワードへ。
ヘリワード自身は畑を持っていないが、農民達に貸し与えることで収入を得ることが出来るだろうし、農民達と接する機会も増えるだろうとの考えあってのことで……ヘリワードはこれを心の底から喜んだ。
そして大公考案の料理のレシピはアイシリアへ。
普段から職務のうちの一つとして料理をしていて……領内一の料理上手であり、それを食べる必要のない存在でありながら、作ることも食べることも好いていて楽しんでいたアイシリアは、領主が思っていた以上にレシピをもらえたことを喜び、その日から熱心にレシピに書かれた料理の研究を始めた。
そうやって届いた品全てを配り終えると、ドラゴン殺し戦において中々の活躍を見せたパラモンとアーサイトにのみ褒美が無いということになってしまっていて……この二羽への褒美に関しては、その住居である小屋の改築でどうだろうか? ということになり……パラモン達がそのことをいたく喜んだために、すぐさまに領主主導での小屋の大改築が行われた。
見た目も中身もそのままアヒル小屋といった風情だった小屋を、小屋ではなく家へ……王都などにある小洒落た民家をそのままアヒルに合わせた大きさにしたものへと改築し……赤い屋根にレンガの外壁、ガラス窓までがあり、その中には風呂のような水浴び場と、人が使うものと遜色のない厠が作られ、食堂が作られ……パラモン、アーサイトそれぞれの個室も用意された。
翼で開け締め出来る扉と窓に、首を畳んで丸まって眠るに丁度いい丸いふかふかのベッドに。
絨毯のような柄の布を敷いて、クチバシで開け締め可能な小箱……小物入れまでが用意されていて……領主の芸術的センスと腕前がいかんなく発揮された出来上がりとなっていた。
パラモンとアーサイトは普段、ユピテリアの部屋の隅にクッションを置いて、そこで寝て朝を迎えることが多かったのだが、時には水浴びをする必要があり、羽の手入れをする必要があり、そういったことは庭に置かれたアヒル小屋でやるようにときつく言いつけられていて……そんなプライベート空間がそんな風に豪華になったのは、二羽にとってとても喜ばしいことだった。
同じく庭に小屋を構える子馬のエミーリアはそのことをとても羨ましがり、自分の小屋も改築をと言い出さんばかりの顔をしていたが……今回の件で自分は活躍できていなかったため、ぐっと堪えて何も言わず……次の機会があれば必ずや活躍して見せようと、鼻息荒く気合を入れ直した。
そうやって領主パーシヴァルは、手に入れたもの全てを吐き出し、それ以上の金銭と手間まで支払うことになった訳だが、大公からお褒めの言葉をいただき、直々に褒美の品を頂いたという名誉でもって、その心を存分に満たしていた。
実際あの件において領主は、何もしていなかった訳で出来なかった訳で……たまたま部下達が居候達が活躍し手柄を上げただけのことに過ぎない。
だというのにそこまでの、過分と言って良い褒美をもらえたのだから、心が満ちるのは当然のことだった。
そうやって領主が褒美を喜び、活躍した部下達に下賜したという話は大公領にも伝わり……大公はそのことを大いに喜んだ。
領主がそういう態度を見せているのは、つまるところ大公を大公として……尊き血を引く王家の一員として認めているからこそのことで、大公手ずから作り上げた品々を褒美としている辺りにも、確かな敬意を感じることが出来た。
打てば響くと言うべきか、常に望むものを返してくれる忠臣と言うべきか。
そんな忠臣を側に……隣領に置くこととなった大公パーマー・アウストラは、この辺境地にあって最愛の家族に囲まれながらの人生最大の幸福を噛み締めていた。
そんな風に大公と領主がこの一件を解決したものと見なして新たな一歩を踏み出し、いつもの日常を歩む中……この件に関する報告を受けた王都の王城は、普段にはないざわついた空気に包まれていた。
大公がドラゴンを娘として迎えたという、一部の者しか知らなかった衝撃的な事実が王都中に広まったのと同時に、王都を追放されたとはいえ王家の血筋である大公とその一家が計画的に襲撃されたという大問題が起きたことが広まり……またその実行犯である通称『ドラゴン殺し』の人相が、とある辺境地の子爵家の末子によく似ていたということも、誰もが知る噂として広まってしまっていたのだ。
その末子は剣の腕を見出され、ある人物と共に修行に出ているはずで……そのある人物にはかなりの数の弟子が……何人かの貴族の家の者を含んだ弟子達がいるはずで。
もし仮にその徒党が今回の件に関わっていたとなれば、大問題も大問題……多くの貴族の家を巻き込んだ大騒動となりかねなかったのだ。
もう既にドラゴン殺しは処断されていて、その遺体は埋葬されてしまっていて、今になっての確認は不可能なのだが、年頃も体格も人相も……その足取りも、大公領に向かって旅立ったという話さえもが、その末子と一致してしまっていて、王城に仕える多くの者達はその件の子細を調べ上げるために駆り出されてしまっていた。
王直属の近衛隊や、貴族院の調査員達や、騎士団の騎士達が、それぞれの立場に関わる理由での調査を開始して、そうして空気がざわついて……。
もうすっかりと終わったこととして処理し、日常を取り戻していた辺境とは違って、王都はそうして落ち着かない春を送ることになるのだった。
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