大公家の夕餉
大公パーマー・アウストラの屋敷の最奥には、家族の間と呼ばれる部屋があった。
屋敷で一番広く、一番金がかかったとされるその部屋は、大公とその家族と一部の使用人しか立ち入りが許されない場所であり……その実情を知るものはごく僅かだけである。
「こらっ、ターリー! 手掴みで魚を食べるんじゃないよ!
ピアも食事中に弟妹達をいじめるんじゃない!
リーミア! アンタはしっかりパンを食べなさい! 食べなくても平気なんて母ちゃんは許さないよ!!」
そんな大公妃の声と子供達が上げる歓声とが混じり合い、混沌の坩堝と化したその部屋にはテーブルはあれど、子供は誰もテーブルの席にはつかず、絨毯の上に寝転んで座り込んで、なんとも自由な姿で食事をしたり遊んだり、兄弟達とじゃれあう光景が広がっていた。
パーマーが大公らしい振る舞いをし始めたのはごく最近のことで、それ以前は全く腑抜けた状態にあって、そんな中子作りに対する意欲だけは人一倍で……。
そして肝心の子育てに関しては完全に大公妃に丸投げで……その結果がこの貴族の家とは思えぬ光景だった。
しかしそれは決して嘆くような光景ではなく、笑顔と生気に溢れた光景であり……一人テーブルの席につき、ワイングラスを揺らしていたパーマーは、そんな光景を見やってにっこりと微笑みながら、詩作にふけっていた。
「家族の絆の美しさと、母のたくましさを詩の中で讃えるとしたら、さてどんな言葉を使うべきだろうか。
何かにたとえるべきか、この光景をそのまま言葉にすべきか……ああ、我が友パーシヴァル君さえここに居てくれたら、よき薫陶を授けてくれただろうに」
そんなことを言いながらパーマーがくいと傾けたワイングラスの中身を飲んでいると……その向かいの席に大公妃がどかんと大股でもって座り……魚の香草焼きにフォークをざくりと突き立てながらパーマーへと言葉を投げかける。
「その友人の話なんだけどね……今回のドラゴン殺しの件、あっちに押し付けた形になっちまったじゃないか?
だってのにわざわざこっちに身柄を預けてくれて、処断を任せてくれて……こっちとしては何か礼をすべきじゃないかい?」
そう言って大公妃が魚に刺さったフォークを掴み上げ……結構な大きさの魚丸々を一口で頬張り、骨ごと噛み砕く光景を見やりながら……パーマーは「ふむ」と声を上げて悩み……ゆっくりと口を開く。
「リーミアの件でも世話になったからね、何か礼はすべきなのだろうが……さて、どうしたものかどうにも悩んでしまうね。
かの友人がたとえば身分や金銭を望むような俗物であったなら話は早いのだが……恐らく彼はそういったものを喜びはしないだろう。
そうかと言って彼は他のものを欲したりもしないだろう……何故ならば彼の心は一切の隙間なく満たされているからだ。
あの絵や芸術品の数々を見れば分かる……彼は今の生活に心底から満足している。
このぼくという最良最高の友に恵まれ、家族に恵まれ、その上領民にも恵まれ……彼の生活は今、あの状態をもって完成しているのだ。
不満無き者に、何も望まぬ者に何を与えたら良いかというのは……中々どうして、答えが得難い難題と言えるだろう」
「そんなもんかい?
あっちはまだ開墾を進めている最中みたいだし、その元手になる金を送ったなら喜んでくれるんじゃないかい?」
「表向きは喜んでくれるだろうが……彼はそんな無骨かつ愚直過ぎる贈り物を喜ぶような人物ではないよ。
受け取った金貨を前にしてどうやってこの恩を返すべきかと悩みに悩んで……下手をするとそのために送った以上の金銭を使ってしまいかねない男、それが彼なのさ。
それでもあえて真っ直ぐに、実直に行くのであれば……そうだね、金銭よりも開墾に使う道具や、役畜の方が喜ばれるんじゃないかな?
ほら、君が世話をしているあの牛……畑を耕しているうちにどんどんと立派な体躯になっていっているあの牛達の、若いのを何頭か送ってやるとかなら選択肢になるんじゃないかな?」
「ふぅん……そういうもんかい。
あの牛達を手放すってのはちょいと痛手ではあるが……向こうなら大事にしてくれるだろうし……まぁ、悪くないかもしれないね」
「うんうん、それが良い、それが良い。
ぼくからは……そうだな、彼の功績を讃えるいくつかの詩と、ぼくが開発した料理のレシピを送ってやるとしよう」
「詩とレシピぃ? そんなもんが一体何の役に立つっていうんだい?」
なんとも不愉快そうに歪めた表情を向けてくる大公妃に対しパーマーは、その顔もまた美しいとそんなことを小さく呟いてから……両手をばっと振り上げてから言葉を返す。
「役に立つとも、もちろん役に立つとも!
詩はその美しさで心を豊かにし、レシピはその味と優雅さでその地の文化を豊かにするのだ!
料理というのはつまり、毎日の生気の元であり……客人をもてなすための最上の手段でもある。
美味しく洗練された料理を出せる、そういう料理を知っているというのは、この貴族社会においては大事な大事な、とぉっても大事な『ス・キ・ル』なのだよ。
辺境のど田舎と侮ってかの家に立ち寄った自称都会人共が、洗練された料理を出され、それを口にした時、どんな顔をするか……ああ、まったく、間近で眺めたくなる程に愉快な光景になるに違いないよ!」
「そんなもんかねぇ……?」
「そうだともそうだとも、最上の酒と料理に勝るものはなし!
礼儀作法だとか金銀財宝だとかは二の次……人が人である限り、食事を必須とする生命である限り、この法則は不変のものであるのだよ。
ああ、そうだ、ついでにこのぼくが! 大事に大事に栽培してきた南方のスパイスの種をいくつか送ってあげるとしよう。
芸術的才能に優れた彼ならば……あるいはぼくが考える以上の使い方を、レシピを思いついてくれるかもしれないからね!」
そう言ってパーマーはバッと華麗な仕草でもって椅子から立ち上がり、くるりと回転し踊るような仕草でもって、テーブル脇に置いてあったナプキンを手に取り、大公妃の口元の汚れをそっと拭う。
そうして大公妃……彼の妻であるルーシーへとその手を差し出したパーマーは、最愛の妻との食後のひとときを……自らが作った詩や歌を披露しながら過ごすのだった。
お読みいただきありがとうございました。




