恐ろしいもの
数日後。
隣領から、件の襲撃者が大公妃の手によって処断された、との旨が書かれた手紙が届き……執務室にてその手紙を読み終えた領主は、ため息を吐きながらその手紙を綺麗に折りたたむ。
折りたたみ封筒に戻し、大公家からの貴重な手紙であるからと、手紙を保存するための小さな箱の中にしまっていると……背後からその手紙を盗み読んでいたらしいメイドが声をかけてくる。
「ちなみにですが、アナタならどうしましたか?」
その声に対し領主は、振り返ってから首を傾げ……傾げたまま言葉を返す。
「どう、とは?
領主たるもの、当然無法者には厳しい態度で接するが……」
「いえ、そちらではなく、ドラゴンが恐ろしいと、ドラゴンを倒さなければならないと思ったならどうしていたか? という話です」
どういう意図なのか真剣な表情でそう言ってくるメイドに対し、領主は……どうやら軽い話題ではないようだと椅子から立ち上がって居住まいを正し、真剣な表情となってから……考えに考え込んで、どうにか結論を探ろうとする。
……が、そもそもドラゴンを恐ろしいとも、倒そうとも考えたことのない領主では、結論を出す事ができず……領主は腕を組んでから「うぅーーーーーむ」と声を上げて、首を大きく傾げたまま言葉を返す。
「どうもこうも無い、というのが僕の答えになる、かなぁ。
そもそもドラゴンを恐ろしいと思っているならあの山を登ってまで会いに行こうとはしないし……この辺りではドラゴンは信奉の対象だからなぁ」
そんな領主の言葉に対し、メイドは少しだけ口元を綻ばせてからしっかりと引き締め……真っ直ぐな視線を送って領主に更なる言葉を、と促す。
「仮に、仮にドラゴンが恐ろしい存在なのだとしても……排除しようとは考えないかもしれないな。
……んん、たとえるのが難しいが……そうだな、最新の天文学によると空に浮かぶ太陽はとても熱いものらしく、人が近づけばあっという間に燃え尽きる程のものだそうだが、だからといって太陽を排除しようとは思わないだろう?」
促されて……領主がそんなたとえ話をするが、メイドはピンと来ていないのか首を傾げて……何も言わずに領主のことをじっと見つめる。
「……ああ、うん、そうだな、太陽はこの世界に欠かせないものだからな……たとえるには不適切だったか。
んん……ならばそうだな、溶岩だな。火山が噴火しそこから溢れ出る溶岩はとても恐ろしいものだが、それを排除しようとか、世界から消してしまおうとは思わないだろう。
溶岩から逃げ、冷えて固まるまでまって……固まったならまたそこに戻り、固まった溶岩の上に家を立てたり、切り出して資材にしたり、上手く付き合っていく道を選ぶはずだ。
それと同じできっと僕は、ドラゴンに恐怖したとしても、それでもドラゴンと上手く付き合って共存する道を選ぶはずだ。
ドラゴンもまたこの世界に生まれた世界の一部なのだから、それを否定したり排除したりするのは道理から言っても間違った行いだろう。
……そもそもとして人の歴史はドラゴンと上手く付き合いながら今日までしっかりと続いているんだ……今更になって恐れるだとか排除するだとか、そんな話をするのはどうかと思うな」
至って真面目に、嘘偽りない本音を領主がそう口にすると……メイドは「なるほど」と小さく呟き……窓の外へと視線をやる。
一体メイドは何を考えているのか、何を思ってそんな質問をしてきたのか……その横顔をじっと見つめた領主が、その真意を測っていると……メイドは窓の外を見たまま、ゆっくりと口を開く。
「……うぅん、やはりよく分からないたとえ話でしたね。
溶岩程度が恐ろしいというのがそもそもよく理解出来ませんし……確かにあれは中々の熱さですが、せいぜい火傷をする程度のものでしょう」
「ドラゴン基準で判断するのはやめてくれないかな!?」
メイドの言葉にすかさずそんな言葉を返した領主が、なんとも言えない顔をしていると……メイドは小さく笑ってから居住まいを正す。
「ドラゴンとて恐ろしいものが無い訳ではありません。
相応に恐ろしいものがあり、恐ろしくともそれと上手く付き合い、それなりの敬意を払いながら日々を生きています。
こちらもあちらも世界の一部なのだから……否定せず排除せず、上手く付き合っていくというのは、とても共感出来る考えです」
居住まいを正し領主のことを真っ直ぐに見やったメイドがそう言ってきて……領主は「ふむ」と声を上げてから、ドラゴンが恐れる何かとは一体何者なのだろうかと考え込む。
以前から幾度となく話題に出てくる精霊だろうか?
どんな力関係なのかは分からないが、度々メイドは精霊の許可がどうのという話をしていた。
精霊の許可が必要で……精霊を怒らせたら大変なことになるとかで、もしかしたら精霊の方がドラゴンよりも上位の存在なのかもしれない。
人の身からするとドラゴンも精霊も等しく偉大で、敬意を払うべき存在なのだが……当事者の視点から見ると、また別の見え方があるのかもしれない。
……と、領主がそんなことを考えていると、メイドは領主のことをじっと見やりながらぼつりと言葉を漏らす。
「ドラゴンが一番恐れているのは精霊ではないかもしれませんよ」
その言葉を逃すことなく聞き取った領主は目を見開き……メイドのことをじっと見やる。
一体それは何なのかと、ドラゴンが恐れる相手とはどんな相手なのかと……じっと見つめて、その目でもって問いかけ続ける。
するとメイドは仕方なくといった様子で……領主の求める答えではなく、そのヒントとなる言葉を口にする。
「精霊は精霊で敬意を払うべき存在ですが……それ以上に恐れる存在がいるのかもしれません。
恐れと一言に言っても色々ですからね……それとの縁が断たれることを、あるいは嫌われることを恐れる……ということもあり得る話でしょう。
……ドラゴン達が今こうしているのは、それのおかげとも言えますからね」
そう言ってメイドが領主のことをじぃっと見やると……領主はその答えが分からないのか、目をあちらこちらに泳がせて、執務机を見て本棚を見て……そこに何かヒントが無いかと探りながら考え込む。
そうして結局領主はその答えを見つけることが出来ず……遊び飽きたユピテリアが執務室に突撃してくるその時まで、考え込んでしまうのだった。
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