ドラゴン殺し
アデリナ達が任せた土地へと出立し……それからどういう訳かメイドの当たりがきつくなり、これ以上メイドに怒られないようにと領主が政務に励むようになって、数日が経った頃。
領主がいつもの執務室にて、いつもの執務机に向かっていると、なんとも慌ただしい馬のいななきと、その蹄鉄でもって地面を激しく踏み蹴る音が響いてくる。
それを耳にし首を傾げた領主が、一体何処の誰があんな風に馬を駆けさせているのかと疑問に思っていると……音の主が屋敷のすぐ側までやってきたと思ったらそこで音をやませて……、
「至急の連絡を預かった早馬です!」
と、そんな声を上げてくる。
手紙ではなく早馬での連絡とはこれはただごとではないと確信した領主は椅子を蹴倒しながら立ち上がり……執務室を出てどたばたと廊下を駆けていると、それを聞きつけたのだろう、掃除をしていたらしいメイドが合流し……そうして二人で玄関へと向かう。
玄関の向こう、屋敷を囲う塀に造られた門の側には、立派な体躯の馬と、その馬に見合った体躯の旅装姿の男がおり……その男が手にしている大公パーマー・アウストラの紋章を目にした領主は、慌てて駆け寄り門を開き、その男から数枚の封書を受け取る。
すると男は受け取ったことを証明するサインが欲しいと行ってきて、抜かり無くペンとインク壺を持ってきていたメイドからそれらを受け取った領主は、男が手にしていた羊皮紙にしっかりとサインをし……男に屋敷で休んでいくようにと声をかける。
だが男はまだ他にも用事があるとかで、別れの挨拶をするなりすぐさまに馬に跨り、駆け出してしまい……あっという間に道の向こうへと去っていってしまう。
「あ、慌ただしいことだ……よほどの緊急事態が起きたらしい」
その背を見送りながらそう言った領主は、メイドにペンとインク壺を返し、脇に抱えていた封書を開き、その中身を確認する。
「……なるほど……なるほど。
よもやこんな馬鹿な男が現れるとは……アイシリア、ユピテリアは屋敷の中にいるのかい?」
封書を読みながら何度も何度も頷き……頷く度になるほどと呟き、次第にその声を低くしていった領主がそう尋ねると、メイドは首を傾げながら、
「はい、今は食堂でパンを食べています」
と、返す。
「そうか……そうか。
……アイシリア、落ち着いて聞いてくれよ、大公領にドラゴン殺しになろうという馬鹿者が現れて、大公妃と一緒にいたご令嬢を襲撃したそうだ。
幸いにして大公妃の手によって襲撃は未遂に終わったようだが、大公妃が放った一撃をまともに食らいながらも男は逃走……大公妃がご令嬢の保護を優先した為に、男がその後何処に行ったのか、何処に逃げたのかは不明……。
もしかしたらこちらに、アイシリア達の下に向かっているのではないかと、そう心配した大公と大公妃がこの連絡をしてくださったらしい」
ドラゴン殺し。
この世界に住まうドラゴンを殺した者に与えられる称号……だが、この世界が始まって以来、人の身でドラゴンに打ち勝った者は一人もおらず……この称号が出てくるのはあくまで物語の中だけ……本や演劇の世界の中だけとなっている。
そんなドラゴン殺しに現実の世界でなってやろうなんてことを言い出す者が現れたというのはドラゴンにとって……アイシリアにとって、さぞや不快なことに違いないと考えた領主は恐る恐るアイシリアの目を見やるが……当のアイシリアはきょとんとしたまま首を傾げ、
「はぁ……ドラゴン殺し、ですか。
人の身でそれを成せる者がいるというのであれば、会ってみたくはありますね」
と、興味なさげに、どうでも良さそうに、投げやり気味の声を返す。
「……ふ、不快ではないのかい?
不快までいかなくとも、ドラゴンとして不愉快だ……とか」
そんなアイシリアに恐る恐るといった様子で領主が言葉を返すと、アイシリアは呆れ気味の表情となり、なんとも面倒くさそうに言葉を返す。
「そう言われましても……。
わたくしもユピテリアも、人に襲われたとしても、数え切れない程の兵と攻城兵器でもって襲われたとしても、傷一つつかないでしょうし……そもそも大公妃に追い返されている時点で、その実力がどの程度なのか察することが出来ます。
ドラゴンに勝とうと言うのなら、人間である大公妃に勝てないようでは話になりませんよ。
大公妃は大変尊敬できる方で、その実力も英傑と言って差し支えなく、あるいは精霊王の助力を得たならドラゴンに届き得る人物ではありますが……現時点ではドラゴンに遠く及びませんし……。
仮にその馬鹿が大公妃に勝っていたとしても、ご令嬢……リーミア様には敵わず、消し炭になっていたはずです」
「う……む。
なるほど……確かにそうなのだろうな。
ドラゴンにとってはそんな愚か者取るに足らない相手……か」
「はい。
……まぁ、でも一応は領民達に知らせて警戒をしておきましょうか。
わたくしやユピテリアを狙うために暴れられても困るというか、それで領地や領民達に被害が出てしまっては大事ですので……ユピテリア達にもこの件を知らせて、屋敷の側を離れないように言い含めておきましょう」
「そうだな……ユピテリアに傷をつけられないとしても、パラモン達やクーシー達が相手ならば話は別で……彼らが傷ついたならユピテリアも悲しむだろうからな。
その馬鹿者が一刻も早く捕まるように、出来る限りの警戒と措置をしておこう。
場合によってはその馬鹿者に賞金をかけるのも手かもしれないな」
と、そんな会話をした領主とメイドは頷きあって、それぞれに行動を開始しようと、門をしっかりと閉じてからその場を離れる。
そうしてその馬鹿がこちらにやってこないことを、面倒事が起きないようにと祈りながら行動する二人だったが、その祈りも虚しく……数日後、ドラゴン殺しを目指す世界一の馬鹿者がこの領へとやってきてしまうのだった。
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