春の日の大公領
――――大公領の麦畑で
「良いかい、リーミア……麦っていうのはね、私達の生活の根幹なんだよ。
麦があるから皆腹いっぱい食べることが出来て、腹いっぱい食べられるから村や町、領や国を作ることが出来て……麦を倉庫に溜め込んでいるからこそ勉学や芸術に手を出す余裕が生まれる。
その麦を作る畑仕事ってのは何よりも大切で、私達なんかよりもずっと偉くて立派な、凄い仕事なんだよ!」
春の麦畑に大きな……尋常ではなく大きな彼女専用の鍬を振り下ろしながら、そう語る大公妃。
するとそのすぐ側で、畑の中に交じり込んだ小石を拾いながら可愛らしいワンピースを揺らしていた女の子が……大公妃の末娘であり、雷竜の子であるリーミアが声を返す。
「はい!
だからわたしたちは麦畑と、そこで働く人々を守らなければならないんですね!」
「そうだよ、その通りだよ、リーミアは本当に賢い子だねぇ」
「お母様の子ですから!!」
元気にそう言って、笑顔を弾けさせて……そうしてからユピテリアによく似た顔をした、同じ程度に成長したリーミアは、小石拾いを再開させる。
小石を拾ったなら手に下げたバスケットに入れて……少しずつ重みを増していくことを喜んで、もっともっとバスケットをいっぱいにしようと精を出して。
そしてそんなリーミアの後を、小さな友人達が追いかけてきて、リーミアと同じように小石を拾い……トテテテッと駆けて、畑の外へと拾った小石を放り投げる。
そうやって作業を手伝ってくれているリーミアの友人とは小さな小さな体をし、その体を無数の針で覆ったハリネズミ達だった。
総勢50名、その全員がリーミアの魔力の影響を受けていて人並みの知恵を持ってしまっている。
その身に宿るドラゴンとしての強大過ぎる魔力は、ただそこにいるだけでそういった影響を周囲に与えてしまうそうなのだが……今はその胸元で輝くブローチによって、その影響は最小限に抑え込まれている。
つい先日にやってきた氷竜の娘アイシリアによると、大人になればそのブローチがなくとも魔力をコントロール出来るようになるはずだとのことで……大人になるその時までは、氷竜が作り出した宝石を、件の領主が見事なまでの装飾で包み込んだブローチを身に着けて置く必要があるそうだ。
『ユピテリアのことで精一杯でこちらのことを忘れていました。
急遽父……いえ、氷竜に造らせましたので、こちらをお使いください』
そんなことを言ってブローチを置いていったアイシリア。
氷竜が作った宝石というとんでもない代物を渡されて、大公妃としては驚くやら恐縮するやらだったが、これ以上娘に仕えるハリネズミが増えるのも困ったものだと、氷竜の件については深く考えないことにしてありがたく頂戴することにしたのだった。
雷竜の子であり、可愛らしい娘でもあるリーミア。
他の子達に、兄弟達に愛され、領民達に愛され、そして誰よりも大公妃に深く愛されて、毎日を幸せそうに過ごしている。
大公妃としてはドラゴンの娘である彼女の力を、旦那であり大公であるパーマーが利用するのではないかと、捲土重来のための良い道具として使うのではないかと懸念をしていたのだが、そんなことは一切なく、リーミアはパーマーからも娘として愛され……リーミアもまたパーマーのことを父として愛していた。
パーマーは馬鹿で軽薄で軽率で欲深で、どうしようもない人間なのだが……外道ではない。
何も知らぬ娘を利用としてまで地位を求めたりする男ではない。
あくまで地位は自分の力で掴み取らないといけないと考えていて……だからこそ成功せず、望む地位を掴み取れず、辺境で燻ってしまっている男なのだ。
そんなパーマーの態度を知って大公妃は、パーマーを侮っていたことを反省し……旦那であるパーマーのことを少しだけ見直し、良いのか悪いのか分からなかった夫婦仲が少しだけ良い方向へ傾いたりもして……子は鎹であるとの言葉の重みを改めて認識したりもしていた。
……ああ、まったく。雷竜様は自分なんかになんて良い子を託してくれたのだろう、なんて幸せなことなんだろう。
と、そんなことを考えながら大公妃は、その大鍬を凄まじい力で持って振り回していく。
その隣の畑では、大きく力強い牛が大きな鋤を引いていたのだが……それよりも早く、大きく畑を耕すことで、周囲の視線を一身に集める大公妃。
その側でそんな母の勇姿を見てにっこりと微笑んだリーミアもまた、母には負けていられないと懸命に小石拾いをこなしていく。
そうやって春の日が過ぎていって……日が沈み始め夕方となり。
まだまだ冬の影響が残っているのか、風が冷たくなってきたあたりで……その太い腕でもって顔の汗をぐいと拭った大公妃は、リーミアのためにそろそろ切り上げて屋敷に帰るかと、そんなことを考え始める。
そうして大きく息を吐き出し、なんとなしに周囲を見回した大公妃は、麦畑の向こうの向こう……王都から続く街道に、何とも言えない格好をした不審者が一人で立っているのを発見する。
長い髪を鉢巻でもってそうしているのか、天に向かってまっすぐに立てて、一体何で染めたのか真っ青な服を身にまとい……真っ赤なマントを翻して背負った大きな剣の鞘をこちらに見せつけて。
どう見ても不審者で、明らかに変質者で……娘を守るため、娘の小さな友人を守るため、領民達を守るため、大事な麦畑を守るために、大鍬を手放した大公妃はその腕の筋肉をぐるりと唸らせながら戦闘の構えを取る。
「……見つけた! やっと見つけたぞ!
これでオレもドラゴン殺しの英雄だ!!」
そんなことを言いながら変質者が大剣を抜き放ち……凄まじい形相、勢いでこちらへと駆けてくる。
それを受けて大公妃は、娘が下げているバスケットへとその大きな手を突っ込み……いくつもの石を掴み上げ、掴み上げた石を凄まじい膂力でもって投げつけて……それら石礫だけでそれなりの体躯の男の突進を止めるどころか、その身を後方へと吹き飛ばすことに成功するのだった。
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