アデリナの覚悟
翌日。
一応アデリナの事務能力を筆記試験という形で確認したが問題はなく、常識も誠意も熱意もあるということで正式に代官に任命することが決定された。
領主としては望んでもいなかった人材で、ユピテリアとしてもアデリナの娘達という新しいお友達が出来たことはとても嬉しく……そうしてアデリナとヒルデとハンナは領主達に快く迎えられることになった。
……が、それどころでは無かったのがアデリナ達だった。
ユピテリアにまるで人の騎士かのように仕えるアヒルに、話にしか聞いたことのない獣人達に、庭に出れば尋常ではない賢さを見せる馬に。
そして何よりもまさかのまさか……よりにもよって領主様のご令嬢がドラゴンで、その上メイドまでがドラゴンで。
自分たちは一体、なんという魔境に迷い込んでしまったのだと困惑するしかなく震え上がるしかなく……だがしかし、これ以上に条件の良い職場も他にはなく、他に選択肢はなく……否が応でもこの地で代官になるしかなく。
そんな風にアデリナ達は、二匹……いや、二人のドラゴンがいる屋敷の中で、混乱と恐怖に押しつぶされそうになってしまう。
だがいつまでもそんな風に縮み上がっている訳にはいかない。
これからの生活のため、娘達の未来のため、どうにかこうにか動こうと意を決して……そのメイドでもご令嬢でもなく、それらと共に生活をしている領主へと質問を投げかける。
「……うん? ドラゴンと共に生活をしていて怖くないのかだって?」
領主の執務室にて。
メイドもご令嬢も席を外している機を見て、二人の娘を連れたアデリナがそう問いかけると……領主は首かしげて「うーむ」と唸り……そうしてからゆっくりと口を開く。
「君達はドラゴンが恐ろしいのかね?」
「は、はい、その力を思えば当然のことでございましょう」
領主が投げかけてきた問いかけにアデリナがそう答えると、領主は顎を撫でながら再度「うーむ」と唸る。
「そしてその恐ろしいドラゴンが側にいるから気が気でない……か?
もしどうしてもドラゴンが側に居ることが耐え難いというのであれば、惜しいことではあるが、代官の職を辞すること許可しようと思う。
思うのだが……しかしながら、僕はこうも思うのだ、ドラゴンにしてみれば我々が何処にいても同じこと、側に居ようとも遥か遠方の山中に居ようとも変わりはない、とね。
ドラゴンの目というものは遥か遠方の、井戸の奥底までをも見通せるものだ。
もし仮にドラゴンの怒りを買うようなことをしてしまったのなら、ドラゴンの側だろうが遠方だろうが、世界の何処に居ようが罰を受けることだろう。
そしてそれは何もドラゴンに限ったことではない。数多の精霊達や大地や天なども常に我々を見ているのだよ。
常に見られていて……常に自らの行いの結果を、罰を受ける可能性があって。
だからこそ我々はどんな時でも、どんな場であってもこの世界というものに真摯に向き合い、誠意を持って生きねばならないのだ」
その言葉を受けて、アデリナ達は目を丸くする。
それは全くその通りであるのだが……まさかそれをドラゴンの側に居続ける男の口から聞くことになるとは。
この男はドラゴンが恐ろしくないのだろうか、常にドラゴンの背の上に立っているような状況が……ちょっとしたうっかりでドラゴンの逆鱗を踏んでしまうかもしれないという状況が恐ろしくないのだろうか。
そんな毎日、自分だったら耐えられないと思うが……目の前のこの男は、そんなこと全く苦でもないと言わんばかりに、笑顔を見せてくる。
「それは恐れすぎ……いや、考えすぎというものだよ。
言ってしまえばドラゴンに対する恐れというものは、病や天災に対するものと同じようなものだ。
気にしてもどうにもならない、どうすることもできない大いなる力が引き起こす出来事を、恐れて夜も眠れぬなど、おかしなことだと僕は思うよ。
……先程も言ったが結局は何処にいても、何をしていても変わらないのだ。
我々はこの世界に生まれて、この世界を生きていく、この世界の子供であるのだから……恐れず、目を背けず、真っ直ぐに世界に向かい合うのが正しい生き方だと思うよ」
笑顔のままそう言って領主は……きょろきょろと辺りを見回す。
執務室の中と言うよりは、外へと意識を向けて……外に誰もいないことを確認してから、ゆっくりと口を開く。
「それにだね、こう……とても信じがたいことかもしれないが、ドラゴンというのは存外、可愛らしいものなのだよ。
我々と同じように喜怒哀楽があり、感情があり心があり……人間のようでもあり、人間以上に深い感情を持っているようでもあり。
……愛を知っていて、毎日の営みの意味を知っていて……人の心の有り様を知っていて。
そんなドラゴン達がただ怒りだけで我々を襲い罰するなど……まずありえないことだと僕は思う。
結局僕達もドラゴン達も、そうは変わらないのさ……力があるか無いかの違いくらいのもので、みんなが同じ、手と手を取り合って毎日を生きるこの世界の住人なのだよ」
その力が問題なのだろうと……圧倒的なまでの力の差が問題なのだろうと、そんなことをアデリナは口にしかけるが、同時に領主の言葉に思う所があり、吐き出しかけていた言葉をぐっと飲み込む。
もし仮にドラゴンが傍若無人な性格であったなら、人を羽虫のような存在にしか思わない存在であったなら……とうの昔に人は滅んでいるはずだ。
かつてはドラゴンを倒そうとする、ドラゴン殺しの勇者を名乗る愚か者もいたそうで……国を上げてドラゴンに逆らおうとした国もあったそうで。
……だがそれでもドラゴンは寛容にそれらの存在を許してきた。
感情があり、心があり……アデリナが娘達を愛するような愛情を知っているのであれば……なるほど、隣人として暮らしていくことは可能かもしれない。
そもそも自分は代官で、この屋敷からはそれなりに離れた場所に住まうのだから……過剰なまでにドラゴンを恐れるべきではないのかもしれない。
「ち、ちなみにだね、僕がドラゴンのことを可愛らしいなどと評したことは、口外無用で頼むよ、うん。
アイシリアは僕に対しドラゴンとしては怒らないかもしれないが、メイドとしてはしっかりと、きつく怒ってくるからね……可愛らしいなんて言ったことが知れたら何をされるか分かったものではない。
な、内密に、内密に頼むよ……うん」
心を決めかけ、覚悟を決めかけた所で領主からそんなことを言われてしまったアデリナは……半目で領主のことを見やりながらも仕方なくこくりと頷く。
自分は口外することはないだろう。
娘達も口外することはないだろう。
……遊びのつもりなのか、いつからそこにいたのか。
執務室の窓に、屋敷の外の壁に張り付いているご令嬢がどうかは知らないが……自分たちは確実に口外することはないだろう。
そんなことを思いながらアデリナは、窓にぎゅうっとほっぺたを押し付けながら、何が面白いことでもあったのか、こちらに笑顔を見せてくるご令嬢のことを、静かに、失礼にならない程度に見つめ続けるのだった。
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