やってきた代官候補
それから何日かが経って……領主からの返事の手紙を受け取った子爵の元夫人達が屋敷へとやってきた。
恐らくは見栄えを気にしてのことなのだろう、上等な馬車を用意し、良いドレスを身にまとい……凛とした化粧をしていて。
正直なところ、領主としてはそういった見栄えの部分は全く気にしなかったのだが、貴族とはそういうものだからなと納得し……笑顔で元夫人と二人の娘を出迎える。
そうして領主がユピテリアと共に格式張った挨拶を済ませると……一歩前に進み出た元夫人が微笑みながらその名を名乗る。
「アデリナと言います」
続いて娘が二人。
「ヒルデと言います」
「ハンナと言います」
親子らしくそっくりな茶色の髪で茶色の瞳で。
元夫人は長いその髪を頭の上でまとめ上げていて、ヒルデは何もせずまっすぐに垂らしていて、ハンナは三編みにしていて。
アデリナは赤いドレス、ヒルデは黄色いドレス、ハンナは緑色のドレスを身にまとっていて、なんともそれぞれに似合っていて……領主の側に立つユピテリアは、そんな美しい姿を気に入ったのかニコニコとした笑顔を浮かべている。
だがこの場で一人だけ領主だけは、なんとも言えない渋い表情をしていた。
その理由は三人が家名を名乗らなかったことにある。
子爵と別れたとは言え、生来の、実家の家名があるはず……なのだが、アデリナ達はそれを名乗らなかった。
それはつまり彼女達が……アデリナ元夫人が、実家からも見捨てられた存在であるということを示していて……領主はそのことに憤り笑顔を失っていたのだ。
だが領主もまた貴族であり、見栄えを常に整える必要のある人間であり……どうにか笑顔を作り出し、作り出した笑顔のまま三人を歓迎し、屋敷の中へどうぞと促す。
そうして応接間へと足を進めると、メイドが歓迎の準備を……それなりに飾られた席の準備と茶の準備をしてくれていて、一同はそれぞれ用意された席へと腰を下ろす。
「……では、早速ではありますが、細かい条件についてお話しましょう」
腰を下ろすなり領主はそう言って……この地の代官の報酬などについてを話していく。
家屋敷は用意する、ある程度の俸禄も出る。
もし管理している土地の収入が増加したならその分だけ俸禄が増える。
……収入が減少したなら当然俸禄は減ってしまう。
それは以前領主が書いた張り紙にも書いてあったことなのだが、それでも改めて領主は、間違いがないようにと細かい条件を語っていく。
そうして一通りに語り終えたなら用意されたお茶を口にして喉を潤し……そうしてから「何か質問はありますか?」との言葉を投げかける。
すると真剣な表情で真っ直ぐな目で、領主の話に聞き入っていたアデリナが……その表情のままゆっくりと口を開く。
「……本当に私を雇ってくださるのでしょうか?」
「うん? それはもちろん雇うつもりだからこそ返事の手紙を出させて頂いた訳で、こうして条件を話している訳で……こ、ここまできて何故そのような質問を?」
アデリナの質問の意図が分からず、その心が読めず、小さく動揺しながら領主がそう返すと……アデリナは俯きかけたのをぐっと堪えて、顔をしっかりと上げて……領主と言うよりも、その背後の向こうを見つめながら言葉を返してくる。
「私はもはや貴族でも何でもない、ただの女ですから……。
そんな女を雇っても領主様にメリットは無いのでは……と思ってしまったのです。
いえ、もちろん本気で代官になりたいと思っております、娘達のために職を欲しています。
ただ……それでもその、あまりにもこの話が都合の良いように思えてしまいまして……」
そう言ってアデリナは、まるでこの話に裏があるようだと、何らかの思惑を領主が抱いているのではないかとの内心の想いを表情に浮かべる。
そんなアデリナの言葉と態度を受けて……領主と、側の席で話を聞いていたユピテリアは同時に同じ方向にくいと首を傾げる。
一体この人は何が言いたいのだろう? 何を言おうとしているのだろう?
そんな疑問を態度で、表情で存分に表現してから領主は、首を傾げたまま言葉を返す。
「我が領は現在人手不足に悩まされているので、代官として十分な能力があれば、責任感があればそれでお雇いしますが……?
えぇっと……能力の他に代官に必要な資質は無いと思うのですが……アデリナ殿は一体何を言わんとしているのですか?」
都合が良くて何か困ることでもあるのだろうか?
娘達のためにも都合が良い話であれば、すぐに受けるべきだろうに?
そんな想いをたっぷりと込めての視線を領主が返すと……アデリナもまた首を傾げて、かすかに震える声を返す。
「え? で、では、あの……領主様は本当に、正直に私を雇いたいとそう考えているのですか?」
「は、はぁ……? それ以外に一体何があるのですか?」
「い、いえその、元夫である子爵に何か思う所があるだとか、私の実家の筋に何か狙うものがあるだとか……何らかの狙いがおありなのでは……?」
「……何故代官の話が、そのように飛躍してしまったのかは謎ですが、僕は本当にただ代官を欲しているだけなのですよ」
「そ、それに女を代官にするなんてそんな話、私は今までに一度も耳にしたことが……!」
お互いに首を傾げたまま、そんな会話をしていく領主とアデリナ。
すると領主の背後でずっと静かに、何も言わず何もせずただ控えていたメイドが……なんともわざとらしい大きなため息を吐き出す。
そのため息を受けて会話を止めることになった領主とアデリナが視線をやると、メイドはやれやれと頭を振ってから口を開く。
「……アデリナ様、ここは辺境です。
王都のように貴族達が謀り合ったり、変な面子を気にしたり、どうでも良いことにこだわったりすることのない、そんな余裕のない田舎なのです。
どうやら本日は、そんな謀略の中にあっても娘達のため、どうにかして仕事を勝ち取ろうと決意し、足を運んでくださったようですが……こちらの田舎領主にそんなことをする器量はございません。
ただ本当に代官が欲しくて、子爵の夫人であったあなたであれば上手くやってくれるだろうと、そう考えただけのことなのです。
そして領主サマ……アデリナ様はどうやら長旅でお疲れのようですから、まずは一晩ゆっくり休んでいただいて、細かい話はそれからするといたしましょう」
その言葉はアデリナが抱えていた色々なものを……これまでの経験や誇りや、彼女の思う貴族らしさをバラバラに砕くもので……アデリナと二人の娘達がその言葉を受けて呆然としていると……話の流れはよく分からなかったが、とにかく話が終わったことを察したらしいユピテリアが笑顔で立ち上がり……二人の娘の下へと駆けていく。
「お話が終わったなら遊びましょう!
私、王都にいったことなくて、王都にいた人と話したこともなくて、たくさんお話も聞きたいんです!」
駆け寄るなりそう言って笑顔を弾けさせるユピテリア。
するとそんなユピテリアの声を受けて……応接間の扉の向こうで様子を伺っていたパラモンとアーサイトと、クーシー達が応接間の中に入ってきて、ユピテリアの側へと駆けより、がーがーわいわいと声を上げ始める。
そんな非常識な……王都でまず目にすることのない光景を目にしたアデリナ達は……緊張の糸が切れたのか力を失い、言葉を失い……ぐったりと椅子に体を預けたまま、呆然とし続けるのだった。
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