代官候補
学校や王都に代官募集の報せを出したと言っても、それですぐに人が来てくれる訳ではない。
それ相応の好条件にはしたし、歓迎の準備も整えてはいるが……今の生活を捨ててまで辺境に来ようとするものは稀で、条件を満たす程に知識がある者もまた稀で……。
最悪今年は誰も来ずに終わり、来年になってようやく来訪検討中との手紙が来るかと領主がそう考えていたのだが、そんな予想を裏切ってかなり早く……たったの二週間程で代官希望者からの手紙が届くことになる。
「……ふぅむ、なるほど。
かの子爵の元夫人が名乗りを上げるとは……驚いたな」
執務室にてその手紙を読みふけっていた領主がそう声を上げると……その側で小さな机に向かってのユピテリアの勉強に付き合っていたクーシーのヴォルフが声を上げる。
「かの子爵とは一体何者なのですか?」
すると領主は「うぅん」と唸り声を上げてから……まぁ良いかと頷いて言葉を返す。
「あまり楽しい話ではないのだが……王都に住まうある子爵が去年、男児を産まないことを理由に夫人に離縁を突きつけ、娘二人と共に屋敷から追い出したそうなんだ。
その後すぐに新しい妻を迎えていることから……まぁ、そういうことなのだろうと噂話に上った人物という訳だ。
その後夫人……いや、元夫人だったな。元夫人と娘二人が何処で何をしているかは聞き及んでいなかったが、どうやら王都に滞在していて、そして僕が出した代官募集の張り紙を見かけて連絡してきたらしい」
「それはまた……随分と狭量な男なのですね。
子爵とはつまり貴族であるのでしょう? だというのにその程度のことで家族を家から追い出すなんて……」
「……まぁ、そこに関してはな、それぞれ家によって……夫婦ごとに在り方が違うものだから、無関係である僕からは何も言えないかな。
……ふむ、手紙の書き方からして元夫人は相応の教養を有しているようだし、一度会ってみるのも良いかもしれないな」
「……その女性を雇われるのですか?」
「十分な能力があって、代官に相応しい人格であれば、勿論雇うとも。
娘二人の養育のためとあればきっと真面目に働いてくれるだろうし……奇異の目が届かぬ辺境であればこそ、娘達もきっと生きやすいに違いない」
「なるほど、なるほど。
そうですね、この豊かで穏やかな地で、心安らかに暮らして頂くのはとても良いことかもしれませんね」
そんな会話を領主とヴォルフがしていると……側で静かに勉強をしていたユピテリアがぷくりと頬を膨らませる。
明らかな不機嫌、露骨なまでの態度。
それを受けて領主が「どうかしたのか?」と尋ねると、ユピテリアは頬を膨らませたまま、唇を尖らせて短い言葉を器用に吐き出す。
「そのししゃくって人、きらい!!」
そう言って頬に溜め込んだ息をぷふーと吐き出すユピテリア。
自分もまた貴族の娘であり……領主に拾ってもらった存在であり。
お父様はこんなにも自分に良くしてくれるのに、何故その人はそうしないのか。
自分がそんな風にこの屋敷から追い出されたらどんなに悲しい思いをするのだろうか。
そう思って暗い表情をして俯くユピテリアに……側で様子を見守っていたメイドが声をかけようとするが、それを手を上げて静止した領主が、優しく柔らかな声をユピテリアにかける。
「そうだな、僕もその子爵のことは嫌いだな。
……だけれども領主という仕事は、時にそういった人とも笑顔で付き合う必要のある仕事なんだ。
嫌いだとしても言葉にせず、表に出さず……笑顔で付き合う。
それは優しいユピテリアにとって、凄く難しいことかもしれないけど……それでも出来るようになってくれると、僕はとても嬉しいな」
その言葉を受けてユピテリアは、顔をすっと上げる。
そして閉じた口を曲げながら領主の顔をじっと見やってから……渋々ではあるがこくりと頷く。
それを受けて「うんうん」と満足げに頷いた領主は……尚も優しい声のまま言葉を続ける。
「それでも子爵が嫌いな時、許せない時は、その子爵に怒るのではなく、その元夫人や娘達に手を差し伸べれば良いんだよ。
怒り罰する人になるのではなく、優しく手を差し伸べる人であれば良い。
そうやって人助けをすると……今ユピテリアが抱えているような嫌な気分はすっと何処かに飛んでいって綺麗に消えるものなんだ。
この地で代官をやることになって、十分な稼ぎと家を得られるとなって……その人達が笑顔で毎日を暮らしてくれる光景を想像してごらん。
……どうだい、悪くないものだろう?」
そう言われてユピテリアは、言われた通りにその光景を想像し……納得したのかこくりと頷き「うん!」と元気な声を返す。
それを受けて領主が「うんうん」ともう一度満足げに頷いていると……これまでずっと何も言わずにいたメイドが声を上げる。
「……とは言え時には力を見せつけてやることも必要なことなのですよ、ユピテリア。
たとえばその元夫人と娘達がこの地にやってきたとなって、代官として成功し幸せに暮らしているとなって……その馬鹿な子爵が、嫉妬とか未練とかそういうくだらない感情で余計な横槍を入れてきた場合には、身内に手を出してきたという大義名分でもってやってしまえば良いのです。
わたくしならば氷漬け、あなたであれば雷撃の直撃。
……貴族としてこの地を治めるものとして、舐められた時には相応の態度を取るのですよ」
そんなメイドの言葉を受けて、領主が大口を開けて愕然とし、ヴォルフが引きつった作り笑顔を浮かべる中、ユピテリアはなんとも良い笑顔をなって……今日一番の力強さで「うん!」と声を上げて頷く。
それを受けて満足そうに頷いたメイドは……領主の手の中にある手紙をちらりと覗き見て、そこに書かれている元夫人の名前をしっかりと記憶し……後々、時間のある時にでも、いざという時のためにその子爵とやらの屋敷が何処にあるのか把握しておくかと、そんなことを思うのだった。
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