代官の質
「美しくないものって氷の中に閉じ込めても美しくないままなんですね」
領主が執務室での仕事をしている中、何処へ行っていたのか窓から帰ってくるなり部屋の掃除をしていたメイドが突然そんなことを呟く。
「……突然なんだね?」
そう領主が返すとメイドはその顔を左右に振ってから……何でもありませんと言わんばかりに小さなため息を吐き出す。
「……話は変わりますけど、代官の質ってもう少しこう、どうにかならないのですか?
どれもこれも小賢しいというか、無能というか……悪意があるだけアナタよりも厄介なのですけど」
ため息の後にそう言ってくるメイドに、いつどんな風に話が変わったのだろうかと、軽く首を傾げた領主は……執務机に向かったまま、ペンを走らせたまま言葉を返す。
「読み書きが出来て計算が出来て、ある程度の法を理解していること……これが代官の最低条件となる訳だが、その条件を満たしているのは領民の中ではほんの一部、僅かな者達だけだからな……質をどうこう言っていられる状況では無いのだよ。
……何より人はある程度賢くなると、法について詳しくなると、その網目をすり抜けて悪さをしようと画策するものだからなぁ……。
実際にそれを実行するかしないかの違いはあれど、誰しも一度はそういったことを考えるもので……そして多くの者がその誘惑に勝てないものなのだよ」
「……人間って愚かなんですねぇ」
「い、いやいや、人間全てがそういう訳ではないよ?
真面目に、誠実に生きている者はそこら中にいるし……そうでなければとっくにこの国は滅んでしまっているよ。
それとそういった人材不足を防ぐ手立ては、全く無い訳でもないんだ。
……そう、その答えこそが教育を施す機関! 学校となる訳だ!
僕がいくつもの学校を作ったのにはそういった誠実な人間が育って欲しいという想いがあってのことで―――」
ペンを止め、椅子を軋ませながら振り返り、大げさに両手を振るいながらそんなことを熱弁する領主に対し、冷たい視線を返したメイドは、首を傾げながら言葉を返す。
「……で、その学校で教育を受けた誠実な人間とやらは今何処で何をしているのですか?
まだまだ出来たばかりの学校とはいえ、一年制教室や二年制教室の生徒は既に卒業しているはずですよね?」
「うむ、授業料を格安にしたおかげで卒業生はそれなりの数にのぼっているとも。
そして一年二年で多くの教えを吸収し、卒業出来るような優秀な人間は……そのまま学校に残り教職になるか、研究職になるか……王都に行って素晴らしい活躍をしている、かな」
「……何ですかそれ、全然駄目ではないですか。
うちのお金でうちの学校を卒業させてやったのに、余所に行っちゃっているって……それではただお金と人材が流出しているだけではないですか」
「い、いやいや、そ、そんなことはないとも、うん。
王都で様々なことを経験し、更に優秀となって故郷に帰ってきてくれるかもしれないし……今の所全員が全員、そうなってしまっているが、いつかは代官になりたいとそう志してくれるものも出現する……はずだ。
た、短絡な考え方をしてはけないぞ、うん……人材育成とは、ちょ、長期的な考え方をしなければいかんのだ、うん……」
「……本当にそう思っているならせめてどもること無く断言してください。
……はぁ、まったく……ユピテリアが領主になったら苦労するのでしょうね」
ため息を吐き出し大げさに顔を左右に振ってのメイドの言葉に対し……冷や汗をかきながらなんとか言葉を返していた領主は、ピシリと音を立てて硬直する。
自分が苦労するのは良いとしても、ユピテリアにこんな苦労を背負わせるなんてのは冗談ではない。
ユピテリアにはもっと輝かしく安楽で、幸せな未来を用意してやらなければ……親としての矜持が廃るというものだ。
そう考えて領主は解決策をあれこれと考えようとするが……そう簡単に思いつくのであれば、既に実行しているという話で、どうしても良い案を考え出す事ができない。
「……ど、ど、ど、どうすれば。
一体僕はどうすればいいのだ!?」
そんなことを言って困惑する領主を見て、またも冷たい視線で冷たいため息を吐き出したメイドは……小さく息を吸ってから、仕方ないかと言葉をゆっくりと吐き出す。
「学校に投資していたお金のいくらかを求人に回してはいかがですか。
いくら辺境の募集とはいえ、それなりの給金が出るとなれば興味を持つ者もいるでしょう。
当然学校にも求人を出すようにして……生徒たちが日常的にそれを目にするようになれば、こちらにきて代官をやってもいいと思う生徒が一人か二人くらいは現れるはずです。
当然それなりの給金を出す以上は、それなりの資質を持った者でなければ困りますし、それをどうやって見極めるのかという話も出てきますが……そちらについては追々、希望者が出てから考える形で良いのではないでしょうか」
メイドのその案を受けて硬直していた領主は、解凍されたかのように動き出し……「なるほど!」と声を上げてから、その目をキラキラと煌めかせ始める。
そうして領主は、今進めていた仕事の関連書類は一旦脇に置くことにして……執務机の引き出しの中に厳重にしまわれていた、上等な紙を何枚か取り出して……深呼吸をし、ペンにしっかりとインクをつけてから……さっと、流れるような仕草で『人材を求む、志あるもの来たれ』との題がつけられた文章を書いていく。
それは少々回りくどい内容ではあったが、なんとも流麗な、美しい言葉で飾られた……一切の歪みの無い美しい文字による文章で……一度もミスをすることなく領主は、全ての紙に同じ文章を綺麗に書き上げる。
書き上げたならインクが乾くのを待って、どこも滲んでいないことを確認してから……紙を一枚一枚、丁寧に丸めてリボンで結び……封蝋をした上で、そっとメイドに手渡す。
それは暗に、学校や王都に届けてきてくれと言っている行為であり……それを受けてメイドは「仕方ないですね」とそう言ってから、窓の方へとスタスタと歩いていって……窓に足をかけて勢い良く外へと飛び出し……作り出した翼を大きく振るって空へと一気に飛び上がるのだった。
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