子馬のエミーリア
氷竜から贈られた宝石を見て誰よりもそれを喜んだのは領主だった。
こんなに美しい宝石がこの世にあるものかと喜び、これで頭を悩ませていた問題が解決すると喜び、あの氷竜が自分を助けてくれたと喜び。
その喜び様は凄まじく、アイシリアが思わず引いてしまうほどのもので……そんな様子を見て、氷にしか見えないその宝石の価値を理解していなかったユピテリアも、お父様がそこまで言うのならと大いに喜び、アイシリアから宝石を満面の笑みで受け取ったのだった。
それから領主はすぐさまに、そのユピテリアの手の平に収まる程の宝石を包み込む形のペンダントを作り上げ、ユピテリアの首から下げて……そうしてユピテリアの魔力は、宝石が作り出した結界に撹乱されることになり、無意識のうちに何らかの影響を周囲に及ぼすようなことはそれきり起こらなくなった。
そうなると今度はユピテリアの魔力によって特異な変化をしていたパラモンとアーサイトも元に戻ってしまうのでは? という心配もあったのだが、氷竜が気を利かせてくれたのか、そんなこともなく……パラモンとアーサイトも、そしてエミーリアと名付けられた子馬も、今まで通りユピテリアの側でユピテリアの騎士として仕え続けることになった。
子馬のエミーリア。
まだまだ子馬で、誰かを背に乗せるには早いはずなのにユピテリアは勿論、領主さえもその背に乗せて苦にしない……どころか軽々と走ってみせる脚自慢の栗毛白足の牝馬。
パラモンとアーサイトを雄々しき騎士とするなら、エミーリアは流麗なる騎士のようで、優雅な仕草で振る舞い、ダンスを踊るかのような足取りで野山を駆け回っていた。
体の大きさもあって流石に屋敷の中にまで入りはしなかったが、領主が庭に建てた厩の中でユピテリアが出てくるのをじっと待ち続け、外に出てきたなら駆け寄って、その背に乗りなさいと膝を降り……ひとたびユピテリアが背に乗ったなら、何処までも何処へでも駆けていって、障害物があれば屋敷以上の高さがあってもその脚力で持って飛び越えてしまっていた。
領主がちょっとした用事で出かける時も気を利かせて……領主が『お前の脚と背が壊れてしまうぞ!?』と嫌がっても無理矢理その背に乗せて、目的地まで送るというそんな性格をしていて……その美しさと、子馬に嫌々乗って涙目で野山を駆け回る領主の姿は、あっという間に領民達に知れ渡り……そうしてエミーリアはユピテリアからもアイシリアからも領民達からも好かれ、皆の人気者となっていた。
「うーむ……しかしなぁ。
小馬の背に無理に乗る男というのはどうにも外聞が良くないからなぁ、ボクに関しては無理に乗せずとも良いし、ユピテリアの愛馬として頑張ってくれたらそれで良いんだぞ?」
そんなある日の昼過ぎのこと。
庭に出て厩へと足を向けて……その背を馬用のブラシで撫でてやりながら領主がそう声をかけると、エミーリアはまつ毛の長いぱっちりとした瞳で領主のことを見やり、ぶふんとその鼻を鳴らす。
それはまるで『気にしなくて良いのよ?』とでも言っているかのようで……それを受けて領主は、いやいやと首を左右に振る。
「君が気にしなくても良いといってもな、皆が気にするというか、貴族には外聞というものがあるからなぁ……。
君が大きくなって、大人となったらその時には世話になることもあるかもしれないが……君もまだまだ子供なんだ、子供らしく好き勝手に自分のしたいことをしていればそれで良いんだぞ?」
そんな領主の言葉を受けて今度はエミーリアがいやいやと首を左右に振る。
『私は騎士ですから。騎士は騎士らしくお館様の役にたってみせます』
とでも言いたげなエミーリアの表情を受けて、領主はどうしたものかなぁと、大きなため息を吐き出す。
そうしながらブラシを丹念に、丁寧に動かした領主は、エミーリアの毛がつやつやと輝いたのを見てうんと頷き……手綱を取ってから厩の戸をあけて、自然な流れで屋敷を出て、近くの川へと足を進める。
川の中でも特に浅く、石がゴロゴロとしている、子供の遊び場でもあるそこへ到着したなら、手綱を話してエミーリアを自由にしてやって、好きに遊ばせてやってから……持ってきたバケツとブラシを手に、エミーリアの体に水をかけた上でまたガシガシとブラシを動かしてやる。
それは近所の領民から聞いた馬の世話の仕方を忠実に守ったもので……冷たい川の水を浴びることが出来たエミーリアは、気持ちよさそうに目を細めながら、領主の世話に深く感謝し……感謝することでより一層にその忠誠心を強いものとする。
領主としては特別なことをしているつもりはなく、あくまで領民達から聞いた内容をそのまま実行しているだけなのだが、いざ世話をされているエミーリアにとってはそうではない。
屋敷の誰よりも世話をしてくれて、愛情を込めて接してくれて……ユピテリアの魔力によって言葉をある程度まで理解出来てしまうが為に、先程の領主の言葉を思いやりに溢れているものと理解し、受け止め、領主への好感を高めていく。
自分に力をくれたユピテリアの父で、一生懸命に世話をしてくれる飼い主で、この辺りで一番の権力者で、優しい心の持ち主で。
エミーリアにとってそれは、まさしく理想の主人であり……ユピテリアに向ける忠誠心とはまた別種の忠誠心を領主へと懐き……その忠誠心から領主のことを自らの背に乗せたくなってしまう。
その忠誠心でもって領主の言葉に忠実であったなら領主も苦労はしなかったのだろうが、誰あろう領主がエミーリアに『自分のしたいことをしていれば良い』なんてことを言ってしまっていたが為に、エミーリアはそちらの言葉に従ってしまっていた。
今は水で体が濡れているため、領主を汚してしまうために、そうはしないが……体が乾いたなら、領主が汚れる心配がなくなったなら、その途端にエミーリアはまたも領主のことを背に乗せてしまうことだろう。
その原因を誰あろう自らが作り出しているとは思いも寄らないまま……明日も明後日も、いつまでも領主は仕事の合間に暇を見つけてはエミーリアの世話をし続けるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
これからしばらくの間、別作品の書籍作業などの関係で更新が遅くなってしまうかもしれませんが、ご理解頂ければと思います。




