子馬
あれから数日が経った。
幸いにして今の所、休耕地の牛馬達にこれといった変化はなく……平和な日常が流れている。
ただしそれはあくまで今の所は……という話であり、今後どうなるかは全くの未知数だ。
せめてユピテリアが牛馬達から距離を取ってくれたら良かったのだが……パラモンとアーサイトとクーシー達まみれの日々を過ごしているユピテリアにとって獣臭さなど今更のことであり、牛馬の糞まみれとなった休耕地を駆け回ることにも全く抵抗はなく、馬も牛も可愛くて仕方ないのか毎日のようの遊びにいってしまっている。
ただ一緒に遊び回るだけでなく、鞍も鐙もないのに上手くその背に乗ってしまっていて、馬達も牛達もユピテリアを背に乗せることを嫌がるどころか喜びとしている節があり……ユピテリアと牛馬達は非常に親しい位置関係で日中のほぼ全てを過ごすことになってしまった。
そんなユピテリアと牛馬達の光景は傍目には微笑ましいものであり、牛馬の持ち主達も嫌がるどころか領主の娘に乗ってもらえるならばと喜んでしまっていて……土と糞にまみれながら牛馬と戯れるユピテリアに親近感まで抱いてしまっている有様だ。
貴族らしくないお嬢様、自分達の生活を支えてくれる牛馬達を愛してくれて、汚い臭いと蔑むことのないお嬢様。
領民達にアイシリアが産んだ子であると勘違いされているお嬢様。
貴族であると同時に、我らの守り神でもあるドラゴンの子供なお嬢様。
そんなお嬢様に自分達の役畜が愛してもらえるというのは……その背に乗ってもらえるというのはとても嬉しいことであり、とても誇らしいことであり、とても光栄なことであり……牛馬を持つ領民達はこぞって「この子の背に乗ってやってください」なんてことを言いながら休耕地へとやってきてしまっていて……牛馬を持っていない領民達もこぞって酒や農具を片手に知り合いの家へと向かって「お嬢様に乗って頂くために生まれた牛馬の子を譲ってもらいたい」なんてことを言ってしまっている始末だ。
ユピテリアが粗暴で、貴族らしくなく、そこらにいるような平民の娘のようであったなら領民達はそこまでの愛着は抱かなかっただろう。
メイドの薫陶を受け、領主の所作と美的センスを受け継いだ、貴族らしい振る舞いの出来る、年不相応の高貴さを抱いたユピテリアだからこそ、領民達は次代の領主でもあるユピテリアを愛し、そうした接し方をしていたのだ。
そんな状況になってしまうと、今更休耕地で遊ぶなとも、牛馬に触れるなとも言い難く……領主は屋敷の窓から毎日のように、ハラハラとしながらその光景を眺めることになる。
眺めた所で何が出来る訳でも結果が変わる訳でもなく……メイドとしてはそんなことをしている暇があるなら仕事でもしたらどうかとため息を吐き出すしかなく……そうして更に数日が過ぎていった。
そして……春も半ばとなったある日のこと。
……休耕地に一頭の子馬がやってきた。
それはある領民がユピテリアに乗ってもらおうと新しく仕入れた馬であり……栗毛白足の可愛らしい牝馬であった。
領民はその背に乗ってもらおうと仕入れたものの、まだまだ誰かが乗るには未熟な子馬であり、力も頑丈さも無い子馬であり……誰かに教わることなくそのことを直感的に理解していたユピテリアは、その子馬に乗るのではなく、背を撫でてやったり頭を撫でやったり、一緒に川に出かけたりして可愛がるようになっていた。
子馬なのが良かったのか、その毛の色がユピテリア好みだったのか……他の馬よりもその子馬のことを気に入ったユピテリアは、その子馬と一緒に過ごす時間をだんだんと増やしていき……そうして更に数日が過ぎた日の朝食時。
持ち主の敷地の厩で寝ていたはずのその馬が……ピョンと飛び跳ね屋敷を覆う塀を、翼でも生えていない限り飛び越えることなど不可能なほどの背丈の塀を軽々と飛び越え、屋敷の庭へとスタンと着地する形でやってきてしまったのだった。
食堂の窓からたまたまその光景を見ることになった領主は、食べかけのパンを片手に硬直することになる。
食後のお茶の準備をしていたメイドは、やってしまったかと大きなため息を吐き出すことになる。
食堂の隅で野菜くずを食んでいたパラモンとアーサイトは後輩が出来たかと喜びの表情を浮かべて……そして自らが原因だとは理解していないものの、本能的にその馬と特別な繋がりがあると……絆があると理解したユピテリアはにんまりとした笑顔になって頬を上気させる。
「……食事をちゃんと終えて、身支度を整えてからでないと外に遊びに行ってはいけませんよ」
そんなユピテリアを見てメイドがそう釘を刺すと、ユピテリアは「はい!」と声を上げて頷き……いつもよりも少し早めに、早めではあるがマナーを失わないようにしながら食事を済ませて……身支度のためにと食堂からタタッと駆け出ていく。
パラモンもアーサイトも、クーシー達もそれに続き……そうして身支度を終えたユピテリアが庭にてその子馬と合流する光景を、硬直したままだった領主は、パンを持ち上げた体勢のままその光景を見ることになる。
「……あ、あの子馬は我が家で買い取るとしよう。
……そして次なる被害者がでないために、ど、ど、ど、ど、どうにか手を打ってくれないだろうか?」
光景を見やり……じぃっと見やり続け、ようやく手にしていたパンを、口の中に押し込んだ領主がそんな言葉を呟き……それを受けてメイドはやれやれと首を左右に振る。
手を打つも何もそこら辺のことはユピテリア自身にどうにかしてもらうしか無いのだが……と、そんなことを考えたメイドは……ドラゴンの子を育てた経験者でもある父親、氷竜にその辺りの話を聞くために、久々の帰郷を決意するのだった。
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