いつもよりも
元気に笑い、存分なまでに笑って……そうしてからくいと首を傾げたユピテリアは、話の続きだとメイドに声をかける。
「ところでお母様はその演習に参陣なさらなかったのですか?
お母様が参陣なさっていたなら、お父様も安心なさったと思うのですけれど」
シーツを片付け終えて、立ち上がり……窓に近づきカーテンを開け窓を開けたアイシリアは、寝室の簡単な片付けを始めながら言葉を返す。
「わたくしはドラゴンですからね。
あの人の仕事を手伝ったり、モンスターと戦ったりするなら手を貸しても問題無いでしょうが、人の国と国が争う、戦争に手を貸すというのは……大いに問題があります。
人が良い顔をしないのは勿論のこと、精霊も他のドラゴンも良い顔はしないでしょう。
同じ世界に生きている以上全く関わらないということは出来ないものですが、それでも意図的に、戦争といった大事に手を出すというのは……許されることではありません」
そう言って作業の手を進めるメイドは……ユピテリアが納得していないという表情をしているのを見て、仕方ないかと小さくため息を吐き出し言葉を続ける。
「戦争が起きて、ドラゴンが片方の国に味方したなら、味方された国が勝つことでしょう。
ドラゴンを敵に回してしまった国が勝つには、自らがドラゴンと戦うのではなく、別のドラゴンを……勝ち目のあるドラゴンを味方に引き入れる必要があります。
するとドラゴンとドラゴンの戦いが起きることになり、人と人の戦争がドラゴンとドラゴンの戦争になってしまって……世界全体を巻き込む戦いへと変貌してしまう可能性が出てきてしまいます。
そうやって大惨事が引き起こされたなら今度は精霊が黙ってはいません。
精霊が出てきたなら精霊とドラゴンの戦いが始まってしまい……場合によってはそれがきっかけで世界が滅んでしまうかもしれません。
……先程も言いましたがわたくし達は同じ世界に生きています。
同じ世界に生きていれば顔を合わせることも、言葉を交わすことも、わたくしやあなたのように人界でドラゴンが暮らすということもあるものでしょう。
ですがあくまでそれは、節度を守っていればこそのこと……その点についてよく弁えておかなければ、世界などあっという間に滅んでしまうのですよ」
メイドが出来る限りの想いを込めて……ユピテリアにはそういった過ちをしてほしくないとの想いを込めてそう言うと、ユピテリアは真剣な表情でこくりと頷き、今耳にした言葉をしっかりと飲み込み、しっかりと理解しようと努める。
人界に生まれ人と共に暮らしてきたユピテリアだが、それでも普段からアイシリアというドラゴンの力を目の当たりにしており、先日には精霊の王に直接会い、その力を垣間見る機会にも恵まれた。
領主が様々な学問を教え込んでいるだけあって生まれたばかりとは思えない賢さを有しているし、子供らしい一面を見せることもあるが、それ以上に思慮深い一面を見せることもある。
ユピテリアならば理解出来るはずだと、理解した上で絶対に道を誤らないはずだと、そう信じながらも、なんとも落ち着かない気分に包まれたメイドがユピテリアのことをじっと見つめていると……ユピテリアはもう一度こくりと頷いてからしっかりと前を見つめて、
「はい、分かりました」
と、力を込めた声での返事をしてくる。
ユピテリアがこれからどういった生き方をしていくのかはメイドにも分からない。
雷竜が気まぐれで産み出し、一応はここで暮らして良いとの国の許可が出て、その様子を見ていただろう氷竜が何も言ってこないということは氷竜の許可も出ていると考えて良く、先日ここにやってきた世界の管理者たる精霊の王もまた特に何も言ってこなかったどころか、一緒に絵画に興じるという一幕さえあった。
もし精霊がユピテリアの存在を許さないのであれば……ここにいることを許さないのであればそんなことは絶対にしなかったはずだ。
あの行為は、今領民達の目を楽しませているあの絵画は、精霊の王から下された一種の許可状のようなものであり……ユピテリアが道を誤らない限りは、その許可が取り消されることはないだろう。
娘として領主の跡を継ぐのか、それとも全く別の生き方を見つけるのか、ドラゴンとして生きる道を選ぶのか……それはまだメイドにも、誰にも分からないことであったが、ドラゴンの娘という同じような立場でもあるアイシリアは、ユピテリアの未来が輝かしいものであることを祈りながら……ユピテリアの真っ直ぐな瞳に真っ直ぐな視線を返し、こくりと頷く。
それを受けてユピテリアは、メイドから……お母様から満点を貰えたと喜んで、一瞬垣間見せた大人らしい態度を投げ捨てて、子供らしいユピテリアらしい満面の笑みを浮かべて……廊下に飛び出し、タタタッと駆けていく。
「パラモン、アーサイト!
私、お母様に褒められちゃったよ!」
駆けながらユピテリアはそんな大声を上げて……廊下の向こうから、そこで待機していたらしい彼女の従者であり騎士である二羽の「ぐわっ! ぐわっ!」という歓喜の声が響いてくる。
それを耳にしてアイシリアは、やれやれと首を左右に振って小さなため息を吐き出し……そうしてから家事を再開すべく静かな足取りで寝室を後にする。
背筋をぴんと伸ばし、スカートを振りながら優雅に丁寧に足を進めて、カツコツと廊下を歩いていって……そうしていつもよりもわずかにではあるが足音を弾ませたアイシリアは、いつもよりも少しだけ手早く、家事を済ませていくのだった。
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