精霊の絵心
それから領主が描き上げた絵は、精霊の姿を概ねその通りに描き写しながらも、領主の芸術性と、精霊に対するイメージと、相応の尊敬の想いが形となった、素晴らしい出来の一枚となった。
横で作業を眺めていたメイドも、ユピテリア達もその出来に思わず感嘆の声を上げて……更に精霊自身もまた『ほほぉ』と声を上げる。
『なるほど、これがドラゴンさえも魅了した人間の芸術か。
いや、完成品は何度か……こっそり覗き見させてもらっていたんだけど、描いている所を改めてみると、なんとも言えない感動があって、一段も二段も素晴らしいものに見えてしまうね。
いやいや、ご苦労さまご苦労さま、精霊として君にはお褒めの言葉をあげようじゃないか』
更にそう言って精霊はぷかぷかと浮かびながら絵の前まで移動して……自らの体を絵に描かれた自分と同じ大きさへと変化させて、そうしてから同じポーズを取り……その状態で絵をじっと見やる。
「お褒めのお言葉、ありがたく頂戴いたします。
……つきましてはその、褒美をねだるようで恥ずかしいのですが……その、アイシリアが見たという姿をお見せいただくということは出来ますでしょうか?」
と、そう領主が返すと精霊は、振り返ることなくじぃっと絵を見やり続け……その状態のまま言葉を返してくる。
『んー、君が見たいというのなら見せてあげたい所なんだけど……あの姿はあくまで敵を威圧するための、戦う為の姿だからね……申し訳ないけれどここで見せることは出来ないかな。
もしあの姿になってしまうと……さっきいった誤差が誤差でなくなってしまうというか、少し大きな騒ぎになってしまうというか……うん、難しいかな。
……でもだからって他でもない君の頼みをすげなく断るというのも、少しばかり問題だね。
こうして綺麗な絵を描いてくれた訳だし、相応の敬意を向けてくれている訳だし……うん、それに応えるべき、かな。
……という訳で、パーシヴァル君、キャンバスを一枚用意してくれるかな?』
そう言って精霊はようやく振り返り……笑顔を領主の方に向けてくる。
それを受けて「お望みとあればすぐにご用意いたしましょう」と返し、すぐさまに行動を開始し……屋敷の倉庫からイーゼルとキャンバスを持ってきて……精霊の前に手早くセットする。
『うんうん、ありがとうありがとう。
……では、この絵のお礼に、精霊であるこの私が一枚の絵を描いてあげようじゃないか。
……お題はもう一つの姿、君が望む、そこのドラゴンが見たという姿をね!』
と、そういう精霊に……領主は目を輝かせながら「おお!」と感嘆の声を上げる。
実際に見ることが出来ずとも絵で見られるならば、いくらかイメージしやすいというか、その姿を知ることが出来るだろう。
精霊が描いた絵、というのも大変貴重なもので……精霊にどんな芸術性が、絵心があるのかを知ることが出来る上に、それは誰が望んでも、王が望んでも見ることが難しいもので……感嘆の声を上げた領主は、これは大変な名誉だぞと、その体をぶるりと震わせる。
ユピテリア達はただただ単純に、目の前のかわいい存在がどんな絵を描くのかと興味津々でその目を輝かせていて……この場で唯一アイシリアだけが、半目で、なんとも言えない冷たい表情を浮かべている。
(……いや、無理でしょう。
絵心が無いでしょう、精霊には……)
と、そんなことを胸中で呟いたアイシリアは……小さなため息を吐き出し、その場を離れ……特に今する必要のない家事に精を出し始める。
冬の間、屋敷にたまった埃を掃き出し、煤を掃き出し……窓という窓をあけて屋敷の中いっぱいに春風を送り込んで。
カーテンや絨毯、シーツにベッド掛けなど洗えるものを全て洗って、庭に用意した干し竿に全部干して。
更に山へと向かって、新鮮な山菜を腕に下げたバスケットいっぱいに摘み込んで……今日は久しぶりに新鮮な青物が食べられると、軽い足取りで屋敷へと戻り、キッチンへと向かい……洗ったり、切り分けたりと下拵を済ませていく。
下拵を済ませたなら、シンプルにスープで良いかなと鍋を用意して……水を沸かし、山菜を放り込み……塩や香辛料などで味を調える。
そうして出来上がったなら小皿に少しだけとっての味見だ。
薄味で、すっと飲めて、山菜の香りや味を存分に味わえて……。
春だからこそ、長い冬を超えたからこそ楽しめる、今だけのスープを存分に味わい……そうしてからアイシリアは庭へと足を向ける。
するとそこでは、アイシリアが予想していた通りの光景が繰り広げられていた。
ユピテリアはすぐに飽きてしまったようで、パラモン達を連れて庭を駆け回り、草花を見て回り……弾けんばかりの笑顔できゃっきゃと元気な声を上げている。
パラモン達はそんなユピテリアの笑顔に緩んだ表情をしていて……そして領主は、絵筆を振るう精霊の側でなんとも言えない苦い笑顔を浮かべながら、精霊の手によって酷い絵が……絵の具の地獄といった様相が作り出されているキャンバスを眺めていた。
そこの絵心はなく、芸術性はなく……精霊の様子を見るに、ただただ『絵筆』という玩具を手に入れてはしゃいでしまっているようだ。
子供のように、あるいは赤ん坊のように楽しそうに絵の具を塗り重ねて、塗り重ねた絵の具か混ざり合い……最早それは絵の体を成していない。
それはそれである種の芸術なのかもしれないが、領主が望む、領主が良しとする芸術とは全く逆のもので……そんな光景を見てアイシリアはやれやれと首を左右に振り、ため息を吐き出す。
それからアイシリアはまずは洗濯物を片付けて、干し竿を片付けて……そうしてから、冷気をそっと放ち、庭を駆け回るユピテリアだけにそれを伝える。
その冷気を感じ取り、それがアイシリアがよく使う合図だと知っているユピテリアは、
「はーい、お母様、今いきまーす」
と、そんな声を上げてからアイシリアの側へと駆け寄ってくる。
「……あれはまだまだ続くと言うか、長くなるでしょうから、わたくし達は先に夕食を食べているとしましょう」
駆け寄ってきたユピテリアにアイシリアがそう声をかけると、ユピテリアと一行は笑顔でこくりと頷き……そうして領主と精霊を残して、アイシリア達は屋敷へと戻り、そのまま食堂へと足を進めるのだった。
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