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ドラゴニックメイド  作者: ふーろう/風楼


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旅人がもたらすもの


 応接間のソファに腰掛け、膝の上にクーシーを寝かせてやって……ブラシをさっと構える。


 そうしたならゆっくりとブラシで毛をすいていって……引っ掛かりがあったならまずは手でもって対処をする。


 風呂に入り湯を浴びたとはいえ、長旅のせいかその毛にはゴミや埃がからまっていて……手で解ければそれで良し、解けないのであればハサミでその部分だけをそっと切り……それからまたブラシを流す。


 そうやってクーシーの全身を隙間無くすいてやって、整えてやって……クーシーの勇士であるミクーラはうっとりとした表情を浮かべる。


 そんなソファの側には、羨ましげにその光景を眺める者が三人おり……クーシーのヴォルフとスヴトゴールと、そしてユピテリアがなんとも言えない表情で領主の手元をじっと見つめている。


「……客人二人はともかくとして、ユピテリアにはいつも僕かアイシリアがやってあげているではないか」


 領主が思わずそう声をかけると、ユピテリアはその小首をくいと傾げる。


「ユピテリアの美しく細い髪を毎日のようにブラシで整えてあげているだろう?

 これはそれと同じことをしてあげているんだよ」


 毎朝毎晩、寝る前と起きた後にその髪を丁寧に整えてもらっていたユピテリアは……そう言われてようやくそのことを思い出したようで……ハッとした表情をし、そんな表情のままでなんとも言えない視線を領主に送ってくる。


 寝る前になったらしてもらえることは理解したが、今ここで、クーシー達と一緒にやってもらいたいと、そう言いたげな表情を見て領主は……仕方なしに後ろに控えていたアイシリアへと視線をやる。


 するとアイシリアもまた仕方ないかというような表情をして……ユピテリアの名を呼び、応接間の隅の方へと移動して……そこに小さな椅子とブラシを用意し、ユピテリアのためのブラッシングの準備をし始める。


 それを受けてユピテリアは二羽の騎士を連れながらそちらへといって……椅子にちょこんと座って顎をくいと上げて……ブラッシングを気持ちよく受けるための体勢を整える。


 そんな光景をちらりと見た領主は……そちらも気になるが今はこちらだと、意識をクーシーの方へと戻し……ブラッシングの最後の一手として香油を使ってその毛を念入りに磨いていく。


 香油をそっと塗りブラシで流し……汚れを弾くように、より美しく輝くようにしてやったなら、それでミクーラのブラッシングは終了。


 うっとりとくったりとするミクーラを膝の上からソファの上へとそっと移動させ……ブラシとハサミを用意しておいた布でもって拭いて……何度も何度も拭いて、そうしてから、


「次、ヴォルフ殿の番だ」


 と、声を上げる。


 満面の笑みでもってソファをよじ登ってきたヴォルフが、その身に纏っていたマントを脱ぎ、服を脱ぎ……領主の膝の上にそっと横たわる。


 そうしたなら領主はブラシを構えて……ミクーラの時のようにその毛並みを整えてやる。


 ヴォルフが終わったなら、スヴトゴールも同様に、出来る限り丁寧に、敬意を込めてブラッシングしてやって……クーシー達三人を一様にうっとりとさせてやって……そうしてから領主は小さなため息を吐き出す。


「ふぅ……これでお望みであったブラッシングは終わりですな。

 ……こんなこと、と言ってしまうのは失礼なのでしょうが、まさかこんなことの為に命がけの旅をなさるとは……」


 ため息と共に、思わず客人に投げかけるには相応しく無い言葉を吐き出してしまい……領主が失礼過ぎただろうと発言を悔やみ、背筋を冷やす中……ゆっくりと顔を上げたスヴトゴールが言葉を返してくる。


「オレ達は人間族やトレント族と違って短命……なのです。

 短命だからこそ、その一瞬一瞬を楽しむことを何よりとしています。

 ブラッシングや旅に命をかけるのもまた一つ……その生命を賭けて何かを成す喜びがあり……その喜びを胸に故郷に帰れたなら、オレ達はこの短い生命を満足して終えることが出来るでしょう。

 そしてその生き様は子供たちに伝わり……子供たちもまたオレ達のように、オレ達を見習って喜びの中に満足を得ることが出来るはずです。

 オレには18人の子供がいますが……その子達がオレ達と同じように旅に出たいと言い出したなら、きっと笑顔で送り出すことでしょう」


 今まで接してきたクーシー達とは違う、妙に理知的な言葉で返されて領主は一瞬目を丸くする。


 目を丸くして驚き、驚きの中でその言葉に得心し……「なるほど」と呟く。


 短命で子沢山で。

 だからこその死生観があり……ちらっと笑顔でブラッシングを受けるユピテリアを見て、自分には真似できない生き方だなと、そんなことを痛感する。


 これが多部族連合の一角を担うクーシー達の考え方で……旅人によってもたらされたまったく違う文化を持つ人々の考え方なのかと頷いた領主は、歓待しブラッシングした価値はあったなと、もう一度深く頷く。


「……良いお話を聞かせていただきました……。

 そのお礼という訳ではありませんが、他のクーシー達へのブラッシングについてもさせて頂きましょう。

 ただ僕も多忙な身でして……貴方がたのように旅をしてあの地に向かうということは出来ません。

 あそこにいるアイシリアの……氷竜の力を借りて一瞬のうちに貴方がたの故郷へと向かうことになるでしょう。

 ……無粋とは承知していますが……どうしますか? 僕達と一緒に故郷へと向かいますか?

 本当に一瞬で旅とは言えない帰還となると思いますが……安全性は保障できますよ」


 そんな領主の言葉を受けて……予想もしていなかっただろう内容だったのだろう、三人の勇士達は困惑し……どうしたものかと首を傾げる。


 首を傾げてその鼻をひくひくと動かしたクーシー達は……、


「また明日、ゆっくり寝て考えてからお返事させていただきます」


 と、そんなことを言って目をつむり……うっとりとした表情をしながら、その毛を艷やかに光らせながら旅の疲れを癒やすための深い眠りにつくのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] クーシー族ならもふもふも! 毛皮だからケモセーフ!(ぐへへ(その顔アウト))
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