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ドラゴニックメイド  作者: ふーろう/風楼


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ここまでの旅路の話


 客人達の湯浴みが終わり、心を尽くしての食事会が終わりに差し掛かり……満腹となったユピテリアが椅子に持たれかかりながらうつらうつらとし始めた頃、食堂の最奥の席でコホンと咳払いをした領主が、クーシー達に声をかける。


「……それで、その、今回の旅の目的はブラッシングを受ける為、とのことですが、ほ、本当にそのためだけに長旅を?」


 そんな問いかけを受けてクーシー達は、久々の満腹となって心地よく膨れる腹を撫でながら、こくりこくりと頷いて応える。


「な……なるほど。

 ブラッシング、ですか……そう、ですか。

 ま、まぁ、そのくらいのことであれば食事会が終わり、小休止を挟んだ後にでもやらせていただきますが……まさか僕のブラッシングがそこまで好評だとは思いもよりませんでした」


 それは領主の偽らざる本音だった。

 確かに以前、クーシー達の下へと赴いた時には愛用の、上質なハサミとブラシでもって出来る限りのブラッシングをしてやっていたが、まさかそれがそこまでの好評だとは……過酷な旅を決意させる程のものだったとは。


 クーシー達が日々を生きていられるのは、多部族の利害関係が複雑に絡み合う、あの土地だからこそのことで……その小さく非力な体は、この過酷な世の中を渡って生きていくには向いておらず、魔物や悪意を持った人間に出会ったならほぼ確実に命を落としていたことだろう。


 ここまで無事に運良くたどり着けたこと自体が奇跡に近く、全くなんて無謀なことをしたものだ……と、領主が複雑な感情を頂いていると、三人のクーシーのリーダー、ミクーラという名のクーシーが口を開く。


「ブラッシングをやって頂けるならこんなに嬉しいことはないです!

 今回の旅はとっても大変でしたけども、皆さんに……良い人に助けられてばっかりの嬉しい楽しい素敵な旅でもありました!

 きっとブラッシングを受けた後の、帰りの旅も素敵なものとなるはずで、今からワクワクしちゃってます!」


「い、良い人に助けられてばかり……ですか。

 差し支えなければ是非とも、どんな人達に助けられ、どんな旅路になったのか、聞かせて頂いてもよろしいですか?」


 思わずそう聞き返す領主。


 するとミクーラは無邪気な笑みを浮かべながらなんとも楽しげにクーシー達が旅路の話をし始める。


 一族を上げての会議で、またあの素敵な、たまらなく気持ち良かったブラッシングを受けたいという議題が上がった。

 受けるにはあの時のあの人……領主に会いに行くしかないだろうとなったが……老人や子供、妊婦のことを思うと全員で会いに行くのは不可能だろうとなった。


 ならば代表が領主の下に赴き、また来てくださいと、ブラッシングをしにきてくださいと頼みにいくべきだろうとなって……ミクーラ、ヴォルフ、スヴトゴールの三勇士が代表として選出されることになった。


 そうしてミクーラ達三勇士は、一族の期待を一身に背負い……いくらかの干し肉と銀貨を手に旅に出た。


 多部族連合国内の旅は概ね順調なものだった。

 自国内なのだからそれも当然のことで……問題は国境を超えての国外の旅路だったのだが、それも予想外の順調なものとなった。


 どうしてそこまで順調に行ったのかと言えば、それはミクーラが先程口にしたように良い人達に出会ったからで、その良い人達とは―――


「―――商人さん達だったんです!

 大きなお魚のマークを馬車に貼り付けた、すごく強くて賢い商人さん達。

 たまたま国境の街で知り合うことになったその商人さん達は、ボク達の旅の理由を聞くと、協力してくれるって言ってくださいまして、商人さん達の馬車から馬車へ、乗り継いで乗り継いで……そしてここから……南かな?

 多分南の港町に到着できまして! 

 そこの領主さんの手配してくれた馬車で、ここまでやってこれたんです!」


 その話を聞いて領主と、領主の後方で食後の茶の準備をしていたメイドは『なるほど』と胸中で呟いて、納得したという表情を浮かべる。


 大きな魚のマーク、それは恐らくクジラのことなのだろう。


 クジラをシンボルとして掲げる商人と言えば、隣領の……ここから南に位置する港町を中心に活動している、隣領領主直属の商隊のことになる。


 南領の領主。


 パーシヴァルを目の敵にし、醜いまでに嫉妬をし、あれこれとちょっかいを出してきて、ちょっかいを出す度にアイシリアに氷漬けにされている懲りない男。


 その男は間違いなく政務においては無能で、嫉妬深く、まれに見る程に愚鈍な男であったのだが……こと商売に関しては別で、商才に優れ、人の善し悪しを見抜く目に優れ、とても辺境領のものとは思えない大商隊を築き上げていた。


 その商隊は国内外、陸上水上を問わず、世界中を行き来していて……この国と南領に莫大な富をもたらしていた。


 ただ富をもたらすだけでなく、その目利きでもって人柄の良い人物のみが集められた商隊は、商売にならなくとも貧乏な地域からは金を取らず、災害が起きた地域には様々な支援をし……流行りの踊り子や楽師、芸人などを連れていってはその地を盛り上げ、人々を存分なまでに楽しませてと、金貨銀貨だけでは生み出せない幸福を各地にもたらしていた。


 それでいて金持ち権力者には媚を売らず、むしろ金を持っているならもっと寄越せとばかりに暴利をふっかけて……地方領主の商隊として、それはどうなのだろうと言いたくなるようなことばかりをしている、お人好しな商隊と縁を結べたなら、確かにここまで安全で、楽しい旅が出来たことだろう。


 南領の領主は、そうした商隊の振る舞いを承知しながら……自分より権力を持った連中が許せないと、金持ちの連中が許せないと見逃すどころか、奨励までしていた。


 そうした態度のせいで出世できず、多額の税金を納めながらも辺境に追いやられているのだが……当人は無能がゆえにそのことに全く気付かず、仕えている者達もむしろその方が領主を含めた皆が幸せになれるのだから良いだろうと進言せず……そうして今日も今日とて嫉妬に狂っているのだろう。


(……南領の領主は、恐らくその目でもってクーシー達の悪意のない性根を見抜いたのだろうな。

 見抜いた上で、クーシー達を見下し……嫉妬の対象ではないからと、いろいろな世話を焼いてやったのだろう。

 見下せる対象が増えることを、あの男は何よりの喜びとしているからな……小さく弱々しいクーシー達はさぞや魅力的に見えたに違いない)


 そんなことを内心で考えて、なるほど、そういう理由で旅を無事に終えることが出来たのかと納得出来た領主は……ふぅっと小さくため息を吐き出し、メイドに食後のお茶を、と手仕草でもって指示を出す。


 するとメイドが食堂にいた全員に茶を配っていって……領主はそのティーカップに口をつけてから、ゆっくりと口を開く。


「良いお話を聞かせて頂いたことですし……このお茶を飲み終えたなら早速、ご所望のブラッシングをするといたしましょう。

 ただしここは食事の場、それをするには相応しくありませんので、先程の応接間に移動してから行うとしましょう」


 そんな領主の言葉を受けたクーシー達は、わぁっと歓声を上げて尻尾を振り回し……ならばこのお茶を早く飲み干さないと! と、そんな風に意気込み、そうして三人同時に、


『あちちっ!!』


 と、そんな声を上げて……火傷してしまったらしい舌をぺろんと口から外へと投げ出すのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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