旅人
応接間にて突然の来訪者と対面することになったパーシヴァルは、ブラッシングのためだけにここまでやってきたという、その理由を聞いて軽い目眩を起こしてしまう。
目眩を起こしふらふらと頭を揺らし……そうしながらもソファからゆっくりと立ち上がた領主は……対面する形で配置されたソファの前にしゃがみ込み、そこに腰をかけるクーシーの旅人達の手を取ってそっと握る。
「……僕を頼って遥々こんな所までやってきてくれた事、大変恐縮です。
ここまでの旅路を踏破したこともまた尊敬するばかりで……出来る限りの歓迎をしたいと思いますので、まずは客室にて体を休めていただき、湯浴みと夕食を経た上でまた、その……こ、今回の旅の目的であるブラッシングについてのお話をしましょう」
その理由に色々と思う所はあるものの、この過酷な世界をこんな小さな体で旅をしてきたこと、それ自体は尊敬に値することだ。
ましてや自らを頼ってそうしてきてくれたとなれば尚のこと無碍には出来ないだろう。
そうでなくとも旅人は……様々な情報と知識を運んできてくれるその存在は歓待すべき存在だとされていて、国内あるいは友好国からの旅人の保護は、王より各地の領主に課された大切な仕事の一つだったりもする。
そういう訳で領主がクーシー達に精一杯の敬意を示そうとすると……クーシー達は破顔し、尻尾を大きく振り回しながら、領主に感謝の言葉を述べ始める。
その言葉をしっかりと受け止めながら、領主が後ろに控えるメイドに、クーシー達を客間に案内してくれと、そう頼もうとした……その時。
応接間の扉がそっと開けられて……そこからユピテリアの小さな瞳がちょこんと現れて、こちらの様子を覗き込んでくる。
滅多に使われることのない応接間。
そこに客人がやってきたとなって……どうしても中の様子が気になってしまったのだろう、キョロキョロと視線を巡らせるユピテリアのことを見やった領主は……小さなため息を吐き出しながら、ちょいちょいと手招きをする。
「ユピテリア。
覗き見などというはしたない真似はやめなさい。
……どうしてもお客人に会いたいのであれば、堂々とその身に相応しい挨拶を行えば良いだけの話だろう?
……さぁ、こちらに来て、彼らに挨拶をなさい」
それは優しく静かに響く声だったが……普段よりも固くなんとなしに重く、少しの厳しさを含んでいて……その声を受けて「はい!」と返事をして背筋を延ばしたユピテリアは……緊張した足取りで応接間の中へとやってきて……パーシヴァルの側、クーシー達の目の前に立ち、スカートをちょんとつまんで挨拶をする。
「えっと……お父様の娘のユピテリアです!
そしてこっちの二人がパラモンとアーサイト、わたしのお友達、です」
それは決して褒められた挨拶ではなかった。
貴族令嬢のそれとしては全く不足していて、形式すら満たしていなくて……後方のメイドがなんとも厳しい表情を浮かべる中、領主はほっこりと微笑み、うんうんと頷く。
それはまだまだ生まれてばかりで、言葉の少ないユピテリアにしてはしっかりとした挨拶だった。
最近はパラモンとアーサイトが側にいてくれるせいか、よく喋るようになってくれた、しっかりとした会話をしてくれるようになった……そのおかげで良い挨拶となってくれた。
そんなことを思って領主としてではなく、ただただ父として喜んでいると……しゃがみ込んでいるパーシヴァルのうなじから背中にかけて驚く程に冷たい冷気が流れ込んでくる。
それはいつの間にか真後ろまでやってきていたメイドからひっそりと放たれたもので……領主の態度を咎めるその冷気を、領主がぐっと……客人の前だからと耐えていると、ユピテリアの挨拶を受け取ったクーシー達が、尻尾を振り回しながらソファから飛び降り……挨拶に応える為だろう、ユピテリアの手をとって握手をし始める。
黄色い毛に覆われた、肉球のあるクーシーの手をそうして握ることになったユピテリアは……目を大きく見開き、わぁっと口をあけ……きらきらと笑顔を輝かせながら、パラモン達にそうするかのようにクーシー達に飛びつき、彼らをぎゅうっと抱きしめ始める。
「こ、こらこらユピテリア。お客人に失礼なことをしてはいけないよ!
彼らは長旅で疲れているんだ……まずはそんな彼らの疲れを癒やして、手を尽くして歓待し、この地を……僕達の領地を好きになってもらわなければならないのだから……その手を離して非礼をお詫びして、そうしてからアイシリアと一緒に、客人達を客間まで案内しなさい」
いきなり引き剥がそうとしても、叱ったとしてもユピテリアは素直に聞き入れないだろう。
そう考えて領主がどんどかと流れ込んでくる冷気に耐えながらそう言うと……ユピテリアは慌ててクーシー達を解放し「ごめんなさい」とそう言いながらスカートを摘んでの一礼をし……そうしてからアイシリアへと視線を送る。
それはアイシリアに一緒に来て欲しいとせがむ視線で……一緒に案内をして欲しいと懇願する視線で、それを受けて小さなため息を吐いたアイシリアは、すっと目礼をし……少し膝を曲げ腰を曲げ、ユピテリアの小さな手をとってから、
「ご案内します」
との一言をクーシー達に向けて、膝と腰を曲げているとは思えない滑らかな足取りで応接間を後にし……そのまま客間へと足を進めていく。
その姿を見送りほっとため息を吐き出した領主は……膝に手を付き、ゆっくりと立ち上がろうとする。
バキリ。
すると領主の背中から……否、上着として羽織っていたジャケットからそんな音が響いてくる。
まるで先程の冷気でジャケットが凍ってしまったような、凍ってしまっていたジャケットが割れてしまったような、そんな音が。
「ぬ、ぬおおおおお!?
お、お気に入りの一着が!?」
そんな悲鳴を上げながら慌てて振り返り、振り返ったことによりバキリバキリと音を立てて割れ果てて、布の破片と化してしまったジャケットを見てパーシヴァルは更に大きな悲鳴を……運良く客人には聞かれずに済んだらしい、なんとも悲痛に響く悲鳴を上げてしまうのだった。
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