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祭事が始まって


 祭事が始まって、領主とメイドは町に繰り出していた。


 領主は腹を揺らしながら悠々と、メイドはもじもじとしながら何処か恥ずかしそうにして華やぐ町の中を歩き……笑顔で声をかけてくる領民達と挨拶を交わしていく。


 領民達の歓喜の声が響き渡る町の中には、田舎町には不相応に豪華で手の混んだ飾りや、彫像、演劇に演奏、歌唱にダンスといった出し物が並べられていて……それらは全て領主が保護する芸術家達によるものとなっていた。


 誰あろう領主が芸術家であるからこその芸術全般に対する保護活動は、収入に見合わないとんでもない規模で行われていて……そのことにメイドは常々眉をひそめていたのだが、いざこの光景を目にすると、ひそめていた眉も緩んでしまうというものだ。


 何処を見ても見飽きない光景が広がり、誰も彼もが笑顔で歓喜の声を上げていて……暗い顔をしているものは何処にも存在していない。


 常々領主が語っている芸術の力とはこういうものかと納得しつつもメイドは……それはそれ、これはこれと気を引き締めて、後で領主に苦言を呈そうと心に決める。


 これ程の飾り付けを、こんな規模で行ってしまって、一体どれ程の予算がかかってしまったのか……赤字も赤字、大赤字が確定しているだろうと苦い想いが胸の奥底に浮かぶ。


 とはいえ、今この場でそれを表に出すのは違うだろうと……この空気を壊す行いだろうと自重したメイドは静かに、務めて冷静な態度を取りながら領主の後について歩く。


「ああ、領主様! ようこそいらっしゃいました!

 領主様が作ってくださった彫像、大人気ですよ!」


 町の中を進む途中で、恰幅の良い中年男性……町長がそんな声を上げてきて、メイドはその首を傾げる。


「彫像……? いつの間にそんなものを?」


 思わずメイドがそう呟くと、笑顔で振り返った領主が言葉を返してくる。


「ここ最近の鍛錬の時間にな! 少しずつ進めていたんだ!」


 朝食後の鍛錬の時間。

 それはメイドが家事に、掃除や洗濯に意識を向けている時間であり……どうやら領主はその隙を狙ってそんなことをしでかしていたようだ。


 ……しかし一体、どうして領主は自分に隠れてそんなことを……と、メイドは訝しがる。


 彫像くらい自分の目の前で堂々と、政務が少ない時の空き時間にでも作れば良いではないかとそこまで考えて……メイドはふと嫌な予感を覚えて身震いをする。


 身震いし顔を青ざめ……そうしながら領主の後を追いかけていって……そうして、町の広場とも言える、大通りと大通りの交差点の、ど真ん中に鎮座する彫像を見て失神しかけるほどの衝撃を受ける。


 大きな二本の角、大きく広げられた力強い翼、天を突かんばかりにうねる尻尾に、鱗に覆われたこれこそドラゴンであると言わんばかりの体。

 二本の足で立ち、その両手を大きく振り上げて、その躍動感でもって力強さを表現しているそれは……誰あろう氷竜の彫像だったのだ。


 ……いや、正確に言うのであればそれは、町の人々が信奉する『氷竜』ではない。

 かの氷竜は大きな曲がりくねった四本角を構えており……彫像のような真っ直ぐな、鋭い二本角ではないのだ。


 その姿はまるで……というよりも、まさしくメイドの……アイシリアの本来の姿であり、それを目にするなりアイシリアは周囲に冷気を撒き散らしながらぴしりと凍りつく。


「あ、アイシリア……?

 ぼ、ボクまで凍りかけているんだが……?」


「何故これを……どうしてこんなものを作ったのですか?」


 領主の言葉に淡々とした、冷たい言葉を返すメイド。


 すると領主はぎぎぎと体を軋ませながら振り返り、言葉を返す。


「い、いや、氷竜の彫像を作って欲しいと求められたんだが、ボクはその、氷竜の姿をはっきりと見たことがなくてだな……あの時は吹雪だったし、体力も限界だったし、言ってしまうとうろ覚えなんだよ……。

 だ、だからその……ちゃんと見たことのある君の姿を借りたというか……」


 その言葉に……目の前のあれが自らの姿であると断定されてしまったアイシリアは、頬を真っ赤に染めて、頬どころか耳も額も、何もかもを真っ赤にしながらふるふると震える。


 それによって冷気が薄れ、どうにか真夏に凍死せずに済んだ領主は……ほっとため息を吐き出し、改めて彫像を見やる。


「き、君としては恥ずかしいのかもしれないが、皆は喜んでくれているし、な、中々の迫力というか、立派な姿に仕上がっているし……ここは一つ、ボクの敬愛の証として受け入れて欲しいのだが……」


 メイドではなく彫像の方を見やってそう言う領主に、メイドは俯いて何も言葉を返せない。


 ただただ黙り込み、スカートを握りしめながら震え続けて……そうしてバッと顔を上げて……領主がびくりと肩を震わせて身構える中、メイドの視線は領主でも彫像でもなく、町の向こう……牧場がある方へと向けられる。


 そうしてメイドの目が細められて……何かを睨み、その様子から何か察することがあった領主は、ぼつりと呟く。


「またか? 今年もか?」


「はい、そのようです」


 領主に小さな声で返したメイドは、領主の目を見やり……無言で許可を求める。

 それを受けて領主は「頼む」との一言を返し……それを受けたメイドは小さく目礼し、スカートを掴み上げ……ガツンと地面を蹴り飛び、凄まじい勢いでもって牧場の方角へと飛び上がる。


 その光景を領主は黙って見送り……領民達はまたアイシリアが出張らなければならないような何かがあったようだが、アイシリア様に任せておけば安心だと、そんなことを想い……アイシリアのその働きに、献身に感謝するため、祭事へと意識を戻し、それぞれの方法で楽しみ始めるのだった。



お読み頂きありがとうございました。

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