見回り散歩
パーシヴァルは時折、領主として領内を見回ることがある。
そうやって領主が見回っていれば良からぬことをし辛くなるだろうし、何かあれがその際に声をかけて相談しやすいだろうと考えているからだ。
普段は近所を、時間がある時は遠方まで足を伸ばし、時にはアイシリアの力を借りて領の隅から隅まで、見逃しなく見回ることをパーシヴァルは大事なことだと考えていた。
そして今日は……アイシリアとユピテリアを連れての、近所の見回りとなる。
先頭を行くのはユピテリアで、その周囲にパラモンとアーサイトがまるでお姫様を守る騎士のように構えて……そんなユピテリア達を追いかけるように領主とメイドの姿が後方にある。
ユピテリアはスカートをちょんと摘んでメイドを真似しているのか、優雅……に見えなくもない足取りで歩いていて、パラモンとアーサイトはその翼をまるで剣と盾をそうしているかのように構え、周囲に厳しい視線を巡らせていて。
領主はそんなユピテリアのことが心配でたまらないのか、おろおろと落ち着きのない表情をして動揺していて、メイドはそんな領主に呆れているのかため息を吐いていて。
そうした領主一行の見回りをひと目見た領民達は、ユピテリアと騎士達の愛らしさに負けて思わず笑みを浮かべてしまう。
領主様の娘様がどうやらペットを飼ったようだ。
ペット達は娘様によく懐いていてその側を離れようとしないようだ。
お姫様ごっこと騎士ごっこと、そのなんとも言えない組み合わせは、誰の顔であっても綻ばせてしまうもので……一行が顔を出した一帯はその日一日、穏やかな空気と思い出し笑いに包まれることになる。
……が、そんな一行の中にあって気が気でなかったのが領主だった。
「な、なぁ、アイシリア。
だ、大丈夫だよな、そこら辺の馬や牛までもがユピテリアの魔力にやられて彼女の騎士になったりはしないよな?
引き離せば治るとはいえ、馬や牛が相手となると簡単にはいかないだろうし、農民達の牛や馬をそうしてしまうというのは、かなりの問題となってしまうぞ」
そんな言葉を口にしながら、ユピテリアが行く道の左右の畑や牧草地にいる家畜達を見やってその心配をする領主。
それを受けてメイドは大きなため息を吐き出してから言葉を返す。
「確かにわたくしは周囲にいれば影響を受けると言いましたが……そんな一瞬で、道や畑ですれ違ったくらいでああなってしまうとは言っていません。
パラモンとアーサイトがああなったのは彼女と一晩を過ごしてからのこと。アヒルよりもうんと体が大きい馬と牛相手であれば問題はありません」
「そ、そうか、そういうものなのか、安心したぞ……。
ハッ、ま、待てよ、体の大きさによって影響するかしないかが変わるというのなら、む、虫はどうなるのだ。
アリとかハチとか、屋敷の庭にはわんさかと虫共が……!」
「そちらについても問題はありません。
虫やそれ以下の生物となると、そもそも魔力の影響を受けるような、そういう体をしておりませんので、魔力の影響でどうこうなることはありませんから。
逆に言うと虫などは魔法ではどうにも出来ないということになる訳で……わたくしが庭の害虫共を駆逐出来ていないのには、そういう理由があるという訳ですね」
庭師を雇っていない領主の屋敷では、庭の管理もメイドの仕事となっていた。
そして管理を任されたメイドは、管理というよりも、己の趣味という形でのガーデニングを行っており……屋敷の庭には彼女好みの花やハーブがいくつも植えられていた。
そしてそれらには当然のように様々な害虫がつく訳で……特に去年、メイドが特に気に入っていた青い薔薇を枯らしてしまった小さな小さな害虫達のことを、彼女は心の底から憎んでいた。
とは言えその冷気を放ってしまえば花まで枯れてしまう、虫だけを殺す術を彼女は持っていない。
魔力での影響でどうにかできないかと試みたが……既にそれも失敗という形で断念してしまっていた。
「そ、そうか……虫には効かないのか。
魔力というのも中々、複雑なものなのだな……。
ところでふと思ったのだが、ユピテリアの魔力でパラモンとアーサイトがああなったとのことだが、アイシリアの魔力の影響も受けているのか?
あのアヒル達は二人の魔力を受けた結果ああなったのか?」
庭のことを思い出し、青い薔薇のことを思い出し、少し気持ちが沈んでしまっていたメイドは、そう言われて顔を上げて……作り笑顔を維持しながら言葉を返す。
「わたくしは普段から魔力が溢れ出ないように、己の内に留めて制御していますので、わたくしの魔力で生物がどうこうなるということは……意図的にそうしない限りはあり得ません。
ユピテリアが起こしてしまっているあの現象についても、彼女が成長し、彼女が魔力の制御を覚えたなら、自然と収まるはずです」
「なるほど……な。
するとその時にはパラモンとアーサイトは普通のアヒルに戻る、ということか?
いや、しかし、意図的にそう出来るのならば……ユピテリアはあの二羽にそう有り続けるようにと望むのだろうか。
ふぅむ……アヒルの寿命は長いからな、長く良い付き合いをして欲しいものだが……全てはユピテリア次第か」
そう言って領主は、前方を歩くユピテリア達のことをじぃっと見つめる。
ユピテリアは上手にスカートを摘みながらも、まだまだ覚束ない足取りを見せていて……そんなユピテリアのことを心配してか二羽の騎士はおろおろおたおたと彼女の側に寄り添っていて……。
そんな騎士達の存在が……友達の存在が心の底から嬉しいのだろう、ユピテリアの笑顔はこれ以上無いだろうと言う程に弾けている。
そんな光景がいつまで続いてくれるのか……いつかユピテリアは大人となってしまうのだろうか……。
と、なんとも気の早い心配をし、またぞろ気が気でなくなってしまい、そわそわとする領主を見て……アイシリアはやれやれと何度目かも分からないため息を吐き出すのだった。
お読み頂きありがとうございました。




