アヒル騎士
パラモンとアーサイトと名付けられたアヒル達が屋敷に住まうようになってから数日が経った。
この数日の間に二羽のアヒル達は、ユピテリアによく懐き、ユピテリアの言うことを素直に聞き、ユピテリアの側から決して離れないという……とてもアヒルとは思えない忠実さを披露していた。
更には廊下ですれ違ったならその翼を胸に当てての礼をしてみせたり、羽根が抜け落ちたならそれをクチバシで持ち上げ部屋の隅の埃などを払ってからゴミ箱にちゃんと捨ててみせたりと、アヒルとは思えない知能の高さまで披露していて……そうして領主は、あれらは本当にアヒルなのかという、そんな疑問を抱くようになっていた。
「……アヒルとはあんなにも賢い生き物だっただろうか……?」
執務室の窓から、庭の様子を覗き込みながらそう呟く領主。
それを受けてメイドが窓へと近寄り覗き込むと……庭には午後の穏やかな日差しの下、椅子にもたれかかりながら、うつらうつらとしているユピテリアの姿があり……その膝の上には、彼女を温めようとしているのか、翼を大きく広げながら彼女を包もうとしているパラモンの姿があり……その側にはどこから持ってきたのか、彼女にかけるためのタオルケットをクチバシで咥えて引きずっているアーサイトの姿がある。
「……ああもう、まったく。
あんな風に地面を引きずってしまっているのは大減点ですね、後で叱っておかないと」
その光景を見てそう声を上げるメイドに対し、何を言っているんだと驚愕の表情を見せた領主が、言葉を返す。
「あ、アヒルを叱ってどうするというのだ。
そ、そもそもアヒルには言葉が通じない訳だし……仮に通じたとしてアヒルがこちらの言うことを素直に聞くとも思えんぞ」
「そうですか? 言えば結構聞いてくれますよ?
料理中とかにもこう……洗い場に駆け上がってくるのですが、捨てる予定の野菜クズとか、野菜の隙間に紛れ込んでいる虫しか口をつけようとしませんし……この野菜は火を通さないと毒だから食べないようにと注意してやれば、絶対に口にしようとはしませんし……。
足が泥で汚れたなら玄関でしっかりと拭いてくれますし、抜けた羽根をそこらに放置したりもしませんし……中々どうして、賢い子達ですよ」
「い、いやいやいやいや。
おかしいだろう!? 話を聞いて改めて思ったが、やはりあれらの行動というか、在り方の全てがどう考えてもおかしいだろう!?
何故アヒルにそんな芸当が可能なのかね!?」
「……何故と言われればユピテリアがドラゴンだから、としか言い様がありません。
どういう訳かアナタは忘れかけてしまっているようですが、ユピテリアはドラゴン……雷竜の娘です。
その体に内包する魔力は膨大で……ここ最近は成長していることもあって、その良質の魔力が満ちに満ちて溢れ出してしまっている状態です。
その周囲にいれば影響を受けるのは当然のことで……体が小さく、魂と意思の力が弱く、魔力から縁遠い存在であるアヒルがそうなってしまうのは仕方ないことなのです」
「……と、ということは何かね。
あのアヒル達はユピテリアの魔力がああいう風にしたと……作り変えてしまったというのかね!?」
メイドの説明に驚愕し、動揺し、両手を振り回しながらそんな声を上げる領主に、メイドは涼やかな態度で、至って冷静な言葉を返す。
「いえいえ、まさか生命を作り変えるなんて、そんなことは出来ません。
影響があるのはその魔力を近場で浴びている時だけ……その間だけ彼らの魂が大きくなると言いますか、強化されまして……彼らが望む、彼らの魂の在り方の延長線上にある行動を取るようになるのです。
仮にあの二羽をユピテリアから引き離したなら、途端に彼らは元通りのアヒルらしいアヒルに戻ることでしょう。
ですが魂を強化されることは、ユピテリアの側にいることは……彼らにとって、とても心地よいものなのです。
名付けを行ったという縁の深さもありますし、彼らはその魂が尽きるまで、たとえ何があろうともユピテリアの側に居続けることでしょう」
あくまでユピテリアは無意識で影響を与えてしまっているだけで、そう望んだ訳ではない。
パラモンやアーサイトにそうあれと命じた訳でもなく、強制した訳でもない。
ユピテリアがアヒル達のことを気に入り、パラモンとアーサイトがユピテリアのことを気に入ったからこそ起きる現象で……そう説明された領主は、改めて庭のユピテリアの様子を見やる。
タオルケットで身を包み、椅子の上でうつらうつらとしながら、柔らかくそっと二羽のアヒルを抱きかかえて幸せそうに微笑むユピテリア。
アヒル達もまた幸せそうに目を細めていて……そうしながら懸命にユピテリアのことを温めてやろうと、気持ちよく寝させてやろうとしていて……その姿形がアヒルでなかったのなら、それはまるでユピテリアの家族……ユピテリアの兄のように見えたかもしれない。
「兄と妹……。
アヒルとドラゴンの兄妹……か、うぅむ」
あれこれと考え込んで、悩みに悩んで領主がそう呟くと、メイドはなんとも言えない表情をしてから言葉を返す。
「……確かに年齢的には兄だと言えなくもないですが、あの様子からするとあえて言うなら……騎士。
あの子を守ろうとする、二羽の騎士と言うべきでしょうか。
……もし仮に彼女に危害を加えようとするものがいたなら、あのアヒル達はあのクチバシでもって、命を賭して戦うに違いありません」
メイドにそう言われて……改めて庭の方を見やった領主は、少しの間静かにその光景を見やってから……日が沈みかけていることに気付いて、慌てて庭に向かうべく駆け出す。
もう秋も終わる、日が出ているならばその心配も無いだろうが、日が陰ってしまえば途端に空気は冷え込んで、体を冷やしてしまうことだろう。
「風邪を引いたら一大事だ!」
そんなことを言いながらユピテリアの下へと駆けていく領主の背中を見やりながらメイドは大きなため息を吐き出す。
「……ですから、ユピテリアはドラゴンなのですよ?
アナタと言いアヒル達と言い……ドラゴンが体を冷やしたくらいで病気になる訳がないでしょうに……」
ため息の後にそう呟いたアイシリアは……領主が毛布片手に突撃していった窓から庭の光景を見やり……やれやれともう一度、大きなため息を吐き出すのだった。
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