アヒル
翌日。
本は高価なものであるからと王立郵便局の配達員ではなくアイシリアに学校までの配達を頼み……その帰りを待つ間パーシヴァルは、自室の床にペタンと座って色付きガラスで作られた馬や羊を夢中で可愛がるユピテリアのことをその側で静かに、微笑みながら見守っていた。
アイシリアが王都の市場通りでユピテリアのお土産にと買ってきてくれた、それなりに精巧な作りのそれらは、ユピテリアの大のお気に入りとなっていて……ユピテリアはそれらをパーシヴァルが木材を削って作った牧場の模型の上に並べていき、それぞれの鳴き声を真似ながら一つ一つ丁寧にその小さな指で撫でていく。
「ひひーんひひーん、めめーめめー」
近所の牧場にいるそれらの動物はユピテリアにとってとても身近な存在であり……危ないからと中々触れ合わせてもらえないそれらと、そうやって触れ合えることが余程に嬉しいようで、ユピテリアはただガラス細工を撫でるだけのことを何度も何度も、飽きることなく繰り返し……そうしてからパーシヴァルの方を見やって「えへへへ」と微笑む。
それに対してパーシヴァルが微笑み返すとユピテリアはそれがまた嬉しくて楽しくて、自分が更に楽しくなるために、パーシヴァルがもっと微笑んでくれるようにと、ガラス細工の動物達をまた最初から、一つ一つ丁寧に撫でていく。
そうやって牧場にいる動物達を全て撫でていって……更に多くの動物をそこに並べたいと思ったのかユピテリアは、それらの細工がしまわれていた木箱へと視線をやる。
それなりの腕の職人が作ったものだろう、しっかりとした作りのその木箱には、木板での仕切りが作られており、ガラス細工達のための個室が作られており……そこからユピテリアは新たなガラス細工を一つ摘み上げ……摘み上げたまま硬直し、首をかしげる。
「ああ、それはアヒルだな。アヒル。
鳥の仲間で……ここから少し離れた、大池近くの牧場でたくさん飼っているな。
アヒルはガーガーグワグワと鳴くんだよ」
と、パーシヴァルが説明するも、今ひとつしっくりこないのか……ユピテリアは首を傾げたまま、アヒルのガラス細工を自らの手のひらの上に乗せて……そのままじぃっと、じぃっと見つめ続ける。
「がーがー……?」
実際にその鳴き声を聞かないことにはどんな鳴き声なのか想像も出来ないのだろう、ユピテリアがただ文字を読み上げているかのような声でそう言った所で……ユピテリアの部屋の窓がバタンと開け放たれ、そこからアイシリアがぐいと室内へと入り込んでくる。
「おかえり……。
……それでその、ユピテリアが真似すると危ないから、玄関から入ってくれないかな?」
「ただいま戻りました。
……玄関がもう少し飛び込みやすい形になったのならその時に改めて考慮したいと思います」
そんな会話を領主としたメイドは、スカートのシワを整えながらユピテリアの側へと歩いていって……、
「ああ、アヒルですか」
と、声を上げる。
それを受けてユピテリアは再度「がーがー……?」とそう呟き……傾げていた首を更に傾げる。
「なるほど、いくら人形を見せてやって言葉で説明してみても、実際にその目で見てみないことにはどんな生き物かはわかりにくいものですからね。
……そういうことなら……そうですね、少しそのまま待っていてください」
首を傾げたユピテリアにそう声をかけたメイドは、整えたばかりのスカートを振り乱しながら窓の方へと駆けていって……「ま、待て!?」との領主の言葉を無視して窓から外へと飛び出ていってしまう。
「ま、待て待て待て待て!
何をしようとしているかなんとなく見当がつくだけに待ってくれ!? こちらから見学に向かえば良いことだろう!?」
窓から外へと向かって放たれる領主の悲鳴は、窓から飛び出し、そのままの勢いで宙を蹴り……人智を超えた速さで牧場へと向かって飛んでいくメイドの耳に届くことはなく……それからややあって、二羽のアヒルを抱えたメイドがまたも窓から室内へと飛び込んでくる。
そうして唖然というか呆れというか、物凄い表情となっている領主に対し、
「ちゃんと代金は払ってきましたよ」
と、そう告げたメイドはその二羽をそっとユピテリアの側に下ろす。
ぐわっぐわっぐわっ。
突然の事に驚きながら、きょろきょろと周囲の光景を見回したなら……黄色いクチバシを大きく開いてそんな声を上げて、その真っ白な羽毛に覆われた尻を振り回しながらノタノタと歩くアヒル達。
その姿をじぃっと見つめていたユピテリアは……ぱぁっと笑顔を咲かせて、手にしていたアヒルのガラス細工をそっと牧場の模型の中へと置いてから立ち上がり……二匹のアヒルの下へと両手を差し出しながら駆けていく。
普通そうやって追いかけられたなら、慣れぬアヒルは逃げていくものなのだが……ユピテリアから何かを感じ取ったのか、それともその笑顔を読み取ったのか、アヒル達は逃げることなくむしろ自らユピテリアの方へと進み出ていって……その差し出された手の中にそっと納まる。
「ぐわっぐわー!」
そんな声を上げながらユピテリアがアヒルを撫でると、アヒルもまたぐわっぐわっと声を上げる。
ユピテリア達のそんな微笑ましい様子を眺めた領主は……思わずその光景に夢中になってしまっていた自分に喝を入れて視線をどうにかこうにか外して……そうしてからメイドへと小さな声で、ユピテリアに聞かれないようにと小声で話しかける。
(あ、アイシリア、代金を払ったとのことだがアヒルなんて買ってきてどうするというのだ……!?)
(夕食にするつもりですが……?
ぷっくりと太って食べごろのアヒルなのですから当然でしょう)
一体どうして小声なのかと首を傾げながらもメイドは、それでも領主に合わせて小声を返してくる。
(ゆ、夕食!?
ば、馬鹿なことを言うのはやめたまえ、いや、残酷なことと言うべきか。
アヒルをあんなにも可愛がっているユピテリアに、どうしてそれらは夕食だよ、などと言えるのだ!?)
(ユピテリアは賢い子ですから、問題ないでしょう。
あれが家畜だと、食料だとしっかり理解していて……そのように触れ合うはずです)
と、二人が小声でそんな会話を繰り広げていると、ぐわぐわと鳴くアヒル達を存分に撫で回したユピテリアが、二羽のクチバシにそっと触れながら順番に、
「あなたの名前はパラモン! あなたの名前はアーサイト!」
と、名付けを行ってしまう。
するとアヒル達は、まるでその言葉が通じているかのようにぐわっ! ぐわっ! と返事をする。
「パラモン!」
と、名を呼ぶと、その名をつけられたアヒルがぐわっと鳴き、
「アーサイト!」
と、名を呼ぶと、その名をつけられたアヒルがぐわっと鳴き……明らかに自らの名前を理解しているらしいアヒル達のことを指差しながら領主は、抗議の半目をメイドへと送る。
するとメイドは、額に手をやりやれやれと首を左右に振ってから、まさか今夜の夕食がペットになってしまうとは……と、呆れと諦めの小さなため息を吐き出すのだった。
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