ドラゴン
翌日。
パーシヴァルは執務室で、アイシリアの王都土産である三冊の本を、1ページ1ページ、一文字も読み逃すことなく丁寧に、じっくりと……珍しく一人っきりで読みふけっていた。
「うぅむ、うぅーむ、うむむむ、うむん」
そんな声を上げながら本を読んでいって……どうにか最後まで読み終えたパーシヴァルは、そっと本を閉じて、一言……、
「分からん」
と、そう呟く。
恐らくこれらの本を書いた人物は農に関してかなりの知識がある人物なのだろう。
そのせいか文章中のあちらこちらに専門用語というか、この分野を専門としている人物にしか分からないだろう単語がいくつもあり、辞書を片手に解読を試みても、あまりに専門的過ぎて祖父の代から伝わる、王立図書室発行の……家が一軒立つ程の価値がある辞書にも載っていないという始末。
パーシヴァルの頭があまり良くないということも影響して、単語の響きや使われている文字からその意味を推察することも中々出来ず……結局パーシヴァルは解読を諦めて、それらの本を本棚へとしまってしまう。
とはいえ全くな無駄な時間を過ごしたという訳ではない、難しくない単語が並ぶ行などはどうにか読み取れたし、農に対する知見もかなりのレベルで得る事ができた。
この知識を下にまた来年……春から頑張ったなら、きっと収量の増加という良い結果に繋がるに違いない。
それとこれらの本をこのまましまい込んでおくのではなく、折を見て学校にて研究をしてくれている農の専門家達に見せたなら、きっと解読をしてくれることだろうし、この本の内容から新たな施策を思いついてくれるかもしれないし……他にもきっとパーシヴァルには思いつけないような、良いことが起きてくれるに違いない。
そんな風に考えて、しっかりと本の内容を読み取れなかったことを恥じつつも、アイシリアへは深く感謝をし……並ぶ本の背表紙をそっと撫でたパーシヴァルは……踵を返し、執務机へと向き直り、シャツの襟元を正してから、さて今日も政務だと気持ちを入れ替える。
そうして椅子に腰掛けようとした……その時だった。
執務室の窓に……屋敷の二階にあるこの部屋の窓の外に、一瞬だけユピテリアの姿が映り込む。
「んんん!?」
それを受けてそんな声を上げて窓の方を凝視するパーシヴァル。
一体全体どうしてユピテリアが窓の外にいたのだろうか、疲れから来る見間違いなのだろうかと、パーシヴァルがじぃっと窓の方を見つめ続けていると、再び、見間違いとは思えない程にはっきりと、翼を生やし羽ばたくユピテリアの姿が窓の外にバサリとの音を立てながら現れる。
「な、何事だね!?」
思わずそんな声を上げることになったパーシヴァルが慌てて窓際へと駆け寄ると……ばさばさと空を舞い飛ぶユピテリアが笑顔でその小さな手をひらひらと振ってくる。
それに対し思わず手を振り返してしまったパーシヴァルが、窓から顔を突き出して周囲を見渡すと……ユピテリアの真下に、涼しい顔でユピテリアのことを見上げながら庭に立つアイシリアの姿がある。
確かにアイシリアが居る時だけ飛びなさいとそう言いつけたけども、アイシリアがいれば怪我をさせることなくしっかりと監督してくれるのだろうけども……それでも一言、飛行の訓練をすると声をかけて欲しかったなぁと、そんなことを考えながら領主は……窓縁に肘をついて身を乗り出して、我が娘の優雅な飛行にじっと見入る。
前回その姿を目にした時はただただ慌てるばかりだったが……安心出来る状態で改めて目にしてみると、空を舞い飛ぶユピテリアのなんと愛らしいことか。
生まれたばかりだというのに、こんなにも力強く羽ばたいて……全く、ドラゴンとは凄まじいものだなと、思わず感嘆してしまう。
……ドラゴン、あらゆる生物の頂点に立つもの。
生物を超越したもの、最強の名に相応しいもの……時には畏怖されてきたもの。
人はこれまでその存在をまるで無かったかのように……おとぎ話の存在かのように、知ることはすれども見ようとはせず、崇めはすれども関わろうとはしてこなかった。
……だがしかし、それでもドラゴンはこの世界の住民なのだ。
今のような形の社会を形成した人間という種族は、時たまこの世界に人間しか存在しないのだと、そんなひどい勘違いをし、そのように振る舞うことがある。
だが現実はそうではない、カーシーやケットシーのような獣人達が存在していて、モンスターが存在していて……ドラゴンが存在しているのがこの世界なのだ。
いずれはそれらの存在と交わり、一緒に暮らし……手を取り合って次の時代へと向かって歩まねばならない時が来る。
この世界はこんなにも狭いのだから、お互い知らん顔をして生きていくなど、出来ようはずが無いのだ。
そういう意味ではパーシヴァルは、世界の先を行く第一歩を踏み出した勇敢なる先駆者と言えないこともない。
ドラゴンを雇い、ドラゴンを娘とし、ドラゴンと共に日々を暮らし……ドラゴンと共に前に歩み。
いずれはそれが世界の常識と、当たり前の光景になってくれたらと祈りつつ……パーシヴァルは娘に笑顔を向けて柔らかく手を振る。
するとユピテリアは、パーシヴァルが笑顔を向けてくれたと喜び、自分の飛行を喜んでくれていると理解し、背中に生やしていた翼をぐんと振るって二倍ほどの大きさに変化させて……ぶおぉんと、周囲の空気全てを振り回すかのような勢いでそれを振り回し、一気に上空へと……雲の上へと至らん勢いで飛び上がってしまう。
「おおおおおおおおお!?」
それを見て、窓から身を乗り出し、上空をなんとか見上げて、悲鳴のような声を上げるパーシヴァル。
その直後、先程周囲一帯に響いた、空気全てを震わす羽音が下の方から……アイシリアの居た辺りから響いてきて、アイシリアが凄まじい勢いで……弓から放たれた矢でもそこまでの速さは出ないだろうという勢いで、ユピテリアを追いかけていく。
その姿を見送った領主は、窓から見上げるのは限界があると理解して執務室から飛び出して……そのまま一階へ、玄関へと駆けていって……庭に、先程までアイシリアがいた場へと立ち、秋雲の広がる空を見上げる。
すると雷のような光が雲の上をひゅぅんと飛んで、それを空の青とはまた違う力強い青の光がごぉぅっと追いかけて……二つの光が二本の線を上空に描き出し、縦横無尽に、恐らくは凄まじい速度で空の上で追いかけっこし始める。
その凄まじい光景に対してただただ見上げることしか出来ない領主は……、
「先駆者などと思い上がってみたものの、結局はドラゴンの凄まじい力を前にしたなら、何も出来ないのだなぁ」
と、そんなことを呟きながら、なんとも言えない苦笑いを浮かべるのだった。
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