メイドと騎士のお買い物
レリア率いる騎士団を従えながらアイシリアが向かったのは王城から少し離れた、王都外縁部にある市場通りだった。
外縁部にあるからこそ王都の外から多くの品が入り込み、道の両端に向かい合うように建てられた商店の軒先にそれらの品々が並べられ……並べられた商品がまるで青空市のように溢れ帰り、それらの品を見る為、買う為に数え切れない程の人々が行き交う大通り……その名も市場通り。
そんな通りを堂々と……視線を左右に巡らせながらアイシリアが歩いていると、駆け寄ってきたレリアが声をかけてくる。
「……あの、アイシリア殿、王都土産を買うならばもっと王城近くの……高級な品を買われてはいかがですか?
この辺りは安物や、加工前の素材などが並んでいるばかりで土産に相応しい物は無いと思われますが……」
その言葉を受けてアイシリアは、足を止めることなく視線をあちこちに巡らせたまま言葉を返す。
「それで良いのですよ。
王城近くの店も軽く見させて頂きましたが……美術品にせよ、宝飾品にせよ、ドレスにせよ、『あの方』が作ったもの以上の品は存在しませんでした。
あの程度の質のものにあれ程の大金を積むなど全くの論外……素材が手に入るというこの通りと、それと書籍を扱っている店に行けさえすれば、それでわたくし達には十分なのですよ」
そう言ってアイシリアは、質の良い塗料やその材料が並んでいる一画を見つけてそちらへと足を向ける。
道の上に敷かれた絨毯の上に並べられた、草花を絞って作った塗料、鉱石を砕いて作った塗料、宝石を砕いて作った塗料……などなど。
それらの品を絨毯の側にしゃがんで見やり……その中でも特に質の良いもの、不純物の混ざっていないものを見つけては手に取り……そうして店主に値切り交渉を仕掛けていく。
その交渉を受けて立つことになる店主は、気が気ではない……なんとも落ち着かない状態でアイシリアのことを見やる。
……果たして目の前の女性は一体何者なのだろうか?
初めて目にする透き通った青い髪に、美しい顔に、洗練された立ち振舞に。
その服も靴も恐らくは一級品で……その指先は家事をしているとは思えない程に綺麗で。
メイド服を着ながらも恐らくはメイドではない何者か。
それがかの公爵家の長男たるレリアを含む騎士団を伴って買い物にやってきた……。
もしかして高貴な身分のお方なのだろうか? いや、だとしたらどうしてメイド服を?
一般人に変装……? いや、しかしそれにしてはどうにも中途半端な……。
そもそも高貴な身分のお方がどうしてこんな場末の商店なんかに……。
そんなことを考えて悩みに悩んで……店主は値切りに応じることにする。
決して無茶な値切りでは無いし……仮に高貴なるお方であったなら、値切りを断ったことにより不興を買ってしまうかもしれない。
そんな危険をおかすくらいならば、素直に応じて気に入って貰った方がマシというものだ。
騎士団の目もあるし……ここは素直に正直に良い商売をしよう。
そう考えて店主は丁寧に対応をし、商品一つ一つを丁寧に包み……目の前の不思議なメイドに出来うる限り丁寧な態度でそっと手渡す。
するとメイドはその態度のことを気に入ったのだろう、静かに小さく微笑んで頷き……商品を腕に下げたバスケットにしまってから、すっくと立ち上がり……次なる店を求めて歩き始める。
「……見事な交渉でしたね」
するとレリアがそう声をかけてきて……メイドはため息混じりの言葉を返す。
「交渉も何も貴方達の放っている威圧感が効いたのでしょう、こういった店で全く交渉が行われないというのはまずあり得ませんから。
……しかし塗料の質は中々でした、下手な店で買うとかさ増し目的で足された不純物が凄いですからね」
「なるほど、そういった品であればパーシーは確かに喜ぶでしょうな。
……後はご家族への分でもお買いになられますか?」
「いえ、父には必要ないでしょう。
後はユピテリアが好む品が何かあれば良いのですが……」
と、メイドがそう呟くと騎士は驚き半分困惑半分といった表情を、兜の内側でしながら言葉を返す。
「……ユピテリア?
……それはお嬢さんのお名前ですか?」
「まぁ、はい、そうですね。
わたくしではなくあの方……パーシヴァル様の娘となりますが」
さらりと、何でも無いことのようにそんなことを言うメイドの言葉を受けて、騎士はピシリと凍りつく。
凍りつき歩むのを止めて……引きつった表情のまま何の言葉も発しようとしない騎士の態度に気付いたメイドは、首を傾げながら言葉を返す。
「……ユピテリアの件は、王城に届けてあるはずですが?
既に嫡子として認められたとも聞いていますが……」
その言葉を受けて解凍された騎士は、凄まじい勢いでもって言葉を返す。
「は、はぁぁぁぁ!?
パーシーに!? あのパーシーに子供が!?
い、一体いつのまに結婚を!? し、しかも嫡子として認められたとは……!?」
この国において貴族の嫡子は子が生まれたからといって、それですぐに認められるものではない。
無事に生まれ無事に育ち……病にかかることなく健康に7歳を過ぎてようやく嫡子として認められるものであり……通常であれば嫡子とは即ち7歳以上の子を指すことになる。
あのパーシヴァルに7歳の子供が!?
7年前と言えばまだお互いが気軽な立場に居て、よく遊んでいた頃ではないか!?
そんな事を考えて困惑し、混乱してしまう騎士。
年齢で言うならユピテリアは0歳で、嫡子として認められたのもその特別な事情あってのことなのだが……まさかそんなことになっているとは思いも寄らない騎士は、その混乱をどんどんと強くしていく。
「……あ! よ、養子か! 養子ですな!
なるほど! 養子ならば年齢のおかしさにも納得が行く!
パーシーの若さでどうして養子を貰ってまで嫡子認定を求めたかは謎ですが、そういうことなら納得だ!
……い、いや、待てよ、何故あの若さで嫡子を? ま、まさかパーシーのやつ……い、命に関わる病気か何かに!?」
混乱のせいなのか、そんな突拍子もないことを、両手をワナワナと震わせながら大きな声で周囲に撒き散らす騎士。
そんな騎士を見てアイシリアは大きなため息を吐き出す。
そうして面倒くさいなぁと、そんな表情をしてからアイシリアは……、
「パーシヴァル様は至って健康ですよ。養子と言えばまぁ、養子ですが……そこら辺の事情はとても複雑なので、こんな所で喚かないでください。
……というか貴方もですか、貴方もあの方のようにアレなのですか?似た者同士なのですか?」
と、そんな言葉を騎士に投げやる。
すると騎士は優しく懐深く、人が良く嘘のつけないあの友人と……決して優秀とは言い難いあの友人と似た者同士扱いされたことが余程にショックだったのだろう、兜から顎がはみ出すほどに大きく口を開けて、愕然とするのだった。
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