湖月の笑みの騎士
いつまでも狼狽し続ける職員達を威圧して黙らせ、手早く確認作業を終わらせて……納税を完了したことを証明する書類を懐にしまい、腕にそこらの露店で買ったバスケットを下げて、カツコツと石畳をその青い靴でもって踏みつけながら……なんとも優雅な仕草でメイドが歩いていると、その周囲を囲うように数人の全身鉄鎧の騎士達が姿を見せる。
その騎士達は姿を見せるなり胸甲に手を当てての挨拶をし始め……赤いマントを翻してメイドを守るかのように陣を組み、周囲に視線を巡らせ始める。
そんな騎士達を見て小さなため息を吐き出したメイドは……騎士達を率いている、先頭を歩いている一人に対し、声をかける。
「はっきり申し上げて邪魔で邪魔で仕方ないのですけれど……わたくしのことは放っておいてくれませんか?」
その声に対しぴくりと反応をした先頭を歩く騎士は、その足を止めてキビキビとした仕草で踵を返し、言葉を返してくる。
「そういう訳にはいきません。
パー……いえ、かの伯爵殿に尋常ならざる者が仕えているという噂は、すでに国内中に知れ渡っています。
そして見るものが見れば貴女が只者では無いことはすぐに分かってしまうことです。
……そんな貴女を目にした愚者が、より爵位の高い自分の下に迎えてやろう……と、そう考えてしまう可能性は……なんとも残念なことに高いと思われます。
そのような愚者のせいで貴女の機嫌を損ねてしまうことは……我々騎士団も、役人達も……誰であろう陛下も望んではいないのです。
面倒に思うかもしれませんが、どうかご理解を頂ければと思います」
「……爵位の高い愚者を相手に、貴方達に何か出来ることはあるのですか?」
騎士団の中には爵位を持つ貴族の家に生まれた者も居るには居たが、大体は身分の低い家の者か、継承権のない次男三男であることが通例だ。
そんな騎士団が周囲に立ったとして、一体どれほどの意味があるのか?
メイドのそんな言葉に対し、その騎士は鉄兜を脱いでその顔を晒すことで応えようとする。
「……で?」
その顔を一応見やって、半目になり、だから何だと言うのかと言わんばかりのメイドのその一声に、がくりと肩を落とした騎士は、鉄兜に押さえつけられて乱れていた金の髪を手で整えながら言葉を返す。
「あー……その、はい。自分は公爵家の長男でして……。
まぁ、大公殿下でも出てこない限りは、大体の愚者達を牽制出来るでしょう。
……それにしても自分のこの顔は、それなりに有名なものだと思っていたのですけどね……」
そう言って整えた顔を見せてくる騎士に、メイドは露骨なまでに不機嫌な態度でため息を吐き出し、言葉を返す。
「知りませんよ、そんな顔。
……仮に皆が知る有名な顔だとして、鉄兜で覆い隠していたら何の意味も無いではないですか。
……まだ見ぬ他者を愚者だなんだと論じる前に、まずは己を顧みてはいかがでしょうか」
「……は、はははは。いやはやこれは手厳しい。
……パーシーは一体全体どうやって、貴女のような人を仕えさせたのでしょうねぇ」
メイドの言葉にそう苦笑した騎士が、パーシーとの言葉を漏らす。
それはパーシヴァルと親しい者だけが口にする領主のあだ名で……そのあだ名にメイドが僅かに反応したのを見て、騎士は頷き、手を打って言葉を続ける。
「なるほど……パーシーは俺のことを貴女に話していなかったのですね。
俺の名前はレリア、ゴート家のレリアです。
父祖が仲良かった関係でパーシーともそれなりに仲が良く、幼い頃に何度か遊んだことがあるのですよ。
……そういう訳で貴女もそれなりに俺のことを知ってくれているものと思っていたのですが……」
と、騎士がそこまで言ったところで、何か思い当たったことがあったのかメイドが頷き声を上げる。
「ああ、湖月の笑みのレリアとは貴方のことでしたか。
……わたくしはてっきり、水に写った月のようなぼやけた顔のことを言っているのかと……」
細く柔らかな金の髪、鋭く伸びた目尻に青い瞳に、精悍な顔つき。
背は高く、体は厳しく鍛え上げられていて……王国の人々はその姿を湖に月が映り込む光景のように美しいと評している。
そしてそのレリアの話を領主から何度か、それなりの回数聞かされていたメイドだったのだが……メイドはてっきり揺れる水面のようにぼやけた顔のレリアという友人がいるのだと思い込んでいて……その思い込みを受けてレリアはその顔をなんとも言えない形に引きつらせる。
そんなレリアを見てメイドは、ため息まじりに言葉をかける。
「……そう思うのも仕方ないではないですか。
話に出てくるレリアと言うと……猟犬を狼と勘違いして襲いかかって、完膚なきまでにやられてしまったとか。
夜の風の音が怖くてシーツに地図を描いただとか、それなりの年になっても馬に乗る事ができず落馬のレリアと馬鹿にされていたとか、そんな話ばかりで……」
「んん!? んんんんん!!!
ま、まぁまぁまぁまぁ! そ、その話はまた今度ということで……!!」
突然始まった……始まってしまった、すっかりと忘れ果てていた過去の話を、なんとか打ち消さんとレリアが大声を上げると、メイドは「なるほど、本当の話だったのですね」と頷き、目の前の騎士の評価を一段下げる。
メイドの本心としては一段では無く十段も二十段も評価を下げたかったのだが、領主ととても仲が良かったと……馬鹿にすることなく乗馬の仕方を教えてくれた領主に今でも感謝していて、毎年欠かさず挨拶の手紙を送ってくれているとの話を聞いていたこともあり、一段に留めてそれなりの好意的な態度をレリアに向ける。
だがレリアはそれ所ではなく、注目を集めている民衆と同僚達に過去の醜聞を聞かれてしまったのではと気が気でなく、メイドの態度が変わったことに気付かないまま……ぼふりと、手にしていた鉄兜を慌ただしく、かなり無理矢理に被り、その自慢だったはずの顔を隠してしまうのだった。
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