メイド 王都へ
領民達から集めた税を辺境から王都へと移送するのは本来ならばかなりの手間がかかる、大変な作業となる。
こちらから送るにしても税務官に来て貰うにしても様々な手間がかかり、危険があり……その手間や護衛の為にかなりの労力と金銭が割かれてしまうものである。
……が、ことハーネット領においてはそういった心配の必要は一切無かった。
誰あろうアイシリアに全てを任せておけばその日のうちに、確実に安全に届けてくれるからだ。
そういう訳で収穫祭が終わった秋の終わり頃、税務書類と荷車に山盛りとなった小麦粉と、それなりの金額の金貨を用意したアイシリアは、王都に向かうべく屋敷の庭で準備を整えていた。
まずは荷車全体を氷の箱で覆っていって、持ちやすいようにその箱に取っ手をつけて……大きな翼をバサリと背中から生やして。
そうやってアイシリアが準備を整えていると、そこに領主と……アイシリアの真似なのか背中から小さな翼を生やしたユピテリアがとととっと側まで駆け寄ってくる。
そんなユピテリアの姿を見てアイシリアはあらあらと苦笑してしまう。
アイシリアのメイド服はアイシリアがその魔力でもって作り出したものだが、ユピテリアのドレスは領主が……まだそこまで自由に魔力を操れないユピテリアのために、領主がそれなりの金銭と手間をかけて用意したものである。
魔力ではなくそこらにある布で、一般的な手段でもって仕立てられたそのドレスの背中に翼を生やすということはつまり、ドレスを翼で突き破ってしまうということであり……ユピテリアのすぐ後ろを歩く領主の顔は、なんというか居た堪れないくらいに痛々しい表情となってしまっている。
そんな表情に気付かず、なんとも言えない視線に気付かないまま、駆け寄ってきたユピテリアは明るい笑顔で元気な声をアイシリアへとかけてくる。
「いってらっしゃい! 帰ってきたら王都のお話聞かせてね!」
翼をばっさばっさと振るいながらそう言うユピテリアに、アイシリアは微笑みながら「いってきます」と返す。
それに続いて領主が、
「ま……まぁ、そのなんだ。
君には無用のことだろうが、それでも何事もなく無事に納税を終えて無事に帰ってくることをここで祈っているよ」
と、そう言うと、アイシリアは真顔になって「はい」とだけ返す。
それだけで十分とばかりにいつものやり取りを終えたなら、アイシリアの手が箱の取っ手を掴み……そうしてまるで空のカバンをそうしているかのように軽々と持ち上げ、バサリと大きな翼を振るって……何度も何度も、周囲に凄まじい冷風を巻き起こしながら振るって、空へと飛び上がり……そうして一瞬で姿が見えなくなる程の速度でもって、王都に向かって突き進んでいく。
その姿を見送った領主が、さて屋敷に戻ろうかとユピテリアの方へと視線をやると……ユピテリアがまたもアイシリアの真似をしようと翼をはためかせていて、その翼を力強く振り回していて……その力でもってぷかりと、大体領主の目線くらいの高さへと飛び上がってしまう。
「お、おおおおおお!?
ゆ、ユピテリア、ま、待て待て待て待て!?
飛んではいかんぞ、飛ばれてしまってはボクでは追いつけないと言うか、どうにも出来ないから、せめてアイシリアが戻るまでは飛んではいかんぞ!?」
そんな領主の悲鳴は果たしてユピテリアの耳に届いているのかいないのか……ユピテリアはただただ宙に浮かべることが楽しくて、そのまま翼を振り回し続けてしまうのだった。
屋敷でまさかそんな事態が起きているとは知らないアイシリアは、そのまま真っ直ぐに、王都へと向かって突き進んでいた。
アイシリアが飛んでいるのは、鳥でも中々やって来られないような高度の一帯であり……何かに当たるような心配はなく、何かに気兼ねする必要もなく、ただただ真っ直ぐに、周囲に冷気を振りまきながら突き進んでいく。
氷の箱の中の荷車は冷気でしっかり固定しているし、氷でしっかり保護しているし、崩れるような心配はなく、小麦粉が痛むような心配もなく……そうしてあっという間にアイシリアは王都の上空へと至る。
大陸の中央……と、人間達が思い込んでいる、大陸の隅の隅……比較的温暖で比較的平和な、住みやすい一帯の中央に作られたその街は、ドラゴンであるアイシリアから見ても中々立派なものだと言える作りとなっていた。
元々そこにあっただろう小高い丘に大きな城というか、岩造り要塞と呼ぶに相応しい厳つく無骨な作りの軍事拠点を構え……その周囲を流れる川や、人工的に作ったらしい池を中心に街が広がり……その巨大な要塞の威圧感があれば他は必要ないとばかりに、防壁や防衛塔の姿はなく、関所といった他の国ならば当たり前にある施設は一切存在していない。
そんなことよりも街の利便性、拡張性が重要なのだと言わんばかりのその街の……王城ではなくその城下町に向かってアイシリアはゆっくりと降下していく。
あくまで王城は軍事拠点であり、行政に関する施設は城下町の、王城のすぐ側の開けた一帯に用意されていて……その一帯の中央、行政施設をぐるりと見渡せる、噴水広場へとアイシリアが降り立つと……それと待っていたとばかりに数人の黒を基調としたサーコート姿の職員達がアイシリアの下へと駆け寄ってくる。
去年の襲来でもう慣れている。
そろそろ来ると思って覚悟と備えはしておいた。
住民達が騒ぎ出す前にさっさと帰って欲しい。
そんな表情をした職員達は、氷の箱から開放された荷車と、アイシリアが持っていた金貨を受け取り……パーシヴァルが記した税務書類の確認をして、小麦粉の量と金貨の量に問題がないか、テキパキと作業を進めていく。
その様子をなんとも暇そうに……スカートの皺を直しながら眺めていたアイシリアは、職員達が露骨なまでに、少しでも早く辺境へと帰らせようとしているのを見てぽつりと呟く。
「……納税が終わってもすぐには帰りませんよ。
領主様の娘に土産話を聞かせないといけないので、それなりの王都見学をする必要がありますし、いくつかの土産を買う必要がありますし……ああ、それと農耕に関する書籍も何冊か買おうと思っていますので、一晩は滞在するつもりです」
その呟きを耳にした職員達はピシリと音を立てたかのように凍りつき……アイシリアに向けて「嘘ですよね」と、「何かの悪い冗談ですよね」と、そんなことを言いたげな表情を向けてくる。
その表情に対しアイシリアが真顔を……至って平静ないつもの表情をさらりと返すと、職員達は絶望し、異口同音に、
『勘弁してくださいよぉぉぉぉ!』
と、そんな悲鳴を上げるのだった。
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