忙しく慌ただしく騒がしい季節
辺境らしく穏やかで静かだったハーネット領も、秋になると途端に騒がしくなり慌ただしくなる。
麦の収穫が始まり、収穫が終わったなら脱穀、脱穀した麦をふるいにかけてゴミを落とし、選別してから水車、風車、人力、牛、馬を使っての粉挽きが始まり……荷車が行き交っての売買、納税作業が盛んになる。
ハーネット領は領主の方針によって、領主や代官が管理する水車風車などは無料で使用出来るため、人々は気兼ねすることなく笑顔でそれらの作業を行うことが出来……そうして各家庭の、領主屋敷の倉庫が穀物や小麦粉で満ちていく。
それだけでなく森に入ってベリーを摘んでキノコを摘んで、魚を釣って獣を狩って……それらをジャムにしたり干したり、塩漬けにしたり燻製にしたり、様々な方法で保存食とし、冬を越える為の備えとしていく。
領民達がそうやって忙しなく働けば、自然と領主や代官の仕事も忙しくなる訳で……領主とメイドは笑顔で、秋に忙しく出来ることを、それだけの恵みがあることを心から喜びながら、膨大な量の仕事をてきぱきと片付けていく。
そうやって人々が元気に働き活気に満ちれば、その活気を聞きつけて各地から商人がやってきて、領内には領外でしか手に入らない様々な品が流れ込んでくる。
今年の秋は諸事情で隣国からの商人はやってこないが、南の海からは海産物が、東の大公領からは芋や干しねぎ、大麦や黒麦などが流れ込んできて……領主も領民達もその目を見開いて品定めをし、財布をぎゅっと握りしめて……その重さと相談しながらそれらの品々を買い込んでいく。
この地の冬は北の山からの風もあって他よりも長く続く。
その長い冬を越えるための備えはとても重要なもので……この時ばかりは領内の誰もが真剣で、懸命だ。
備えが足りなければ家族が凍えることになる、飢えることになる。
後から足りないと気付いても冬になってしまっては何もかもが手遅れ……春が来るまで耐えるしかない日々が続く。
領主が必要以上の……領主所有の穀物倉庫や、食料倉庫、地下冷庫を隙間なく埋め尽くす程の食料を買い込んでいることや、それらの食料が災害や病気などの事情で飢えている家に無償で配られていることを領民達はよく知っていたが、だからといってそれに甘えたりはしない、仕方ない時以外は領主の負担になってたまるものかと決して油断したりはしない。
それに甘えれば甘える程領主の生活が……ただでさえ地味で全く貴族らしくなくて、贅沢や豪華さとは縁遠い領主の生活が圧迫されてしまうと知っていたため……領民達は全力で冬備えに励んでいく。
そうして忙しさの中で時が流れていって……収穫作業と納税作業と、その他事務処理や冬備えが終わったら、領を上げての収穫祭の準備となる。
今年も無事に収穫作業を終えることができた、納税を終えることができた。
大変な冬備えを終えることができた。
もう腰を曲げての収穫も、落ち穂拾いも、薪集めも薪割りもしなくて良い。
……ゆっくりと冬に備えて日々を送っていれば良い。
そんな開放感と大地の恵みに感謝しての収穫祭は……夏の祭事程の規模ではないものの、それなりに賑やかに行われることになる。
領主としてはまだまだ忙しい日々が続くのだが……領民にとっては一段落、静かで落ち着いた、一年の終わりが近づきつつあった。
「ふむ……落ち穂拾いを未亡人の専業とした結果は中々悪くないようだな。
満足とはいかないにせよ、それなりの備えが出来ているようだし、これならボクからの支給もいつもの半分程で良さそうだ」
いつもの執務室で、大量の紙束に埋もれながら領主がそう呟くと……大量の紙束を拾い上げ、分類し、整え書類箱に収めていたメイドが「はい」と言葉を返す。
「豆の脱穀や干し作業は孤児の専業としたが……こちらはまだまだ不慣れでそこまで上手くはいかなかったようだ。
ただ豆を腹いっぱい食べるようになってから、子供の体調が良くなっていると、孤児院から報告が上がっている……ふむ、正直美味いとは思えないのだが、滋養は悪くないらしいな」
それはただアナタが豆嫌いなだけでは……と思いつつメイドはまたも「はい」と返す。
「孤児院への支給は……まぁ、例年通りで良いかな。
いくら豆がたくさん手に入るようになったといっても、所詮は豆だからなあ……不味いからなぁ豆は」
来年からはその豆がもっともっと、山のように収穫されるのですよ……? とそんなことを考えながらメイドは更に「はい」と返す。
「……うん、やはり孤児院という施設は良いな。
子供が元気に育って、教育を受けられて……大人になれば我が領の力となってくれる訳だからな。
……これはやはり一村一院くらいの数に増やすべきで―――」
「はい」としか言わないメイドの、隙をつこうとしてのそんな言葉に対してメイドは……、
「それはダメです」
と、そんな容赦の無い一言を返し、手際よく作業を進めていく。
「……うん、まぁ、うん。
確かに税収もそんなには増えてなかったからな……うん。
今は仕方なく君の意見を受け入れるとしよう」
そもそも冬を前にして孤児院作りなどしている余裕はなく、木材も人員も余裕はなどあろうはずがなく、却下されるのは目に見えていたのだが……それでも領主はダメだったかと、がくりと頭を垂れる。
そうやって領主とメイドが忙しく仕事をこなしていると……執務室の隅に置かれた、小さな机を前にして、領主のことを真似しているのだろう、領主の書き損じや、紙の切れ端などにペンに見立てた木のスプーンを押し付けていたユピテリアが声を上げる。
「孤児院を増やしてー、倉庫を増やしてー。
皆にご飯配ってー、皆おなかいっぱーーい」
その声を受けてメイドは戦慄し「まさか……!?」と声を上げて慄く。
その言葉は領主のしていることを、その仕事の内容を理解しつつあるもので……理解し真似をし、領主の二の舞になろうとしているユピテリアに、メイドはただただ恐怖する。
このまま領主のようにしてはいけない、無能な領主になどしてはいけない。
そんな決意を抱いたメイドは、慌ててユピテリアの机の前にスカートと足を丁寧に畳んで座り……ユピテリアに優しく微笑みながら声をかける。
「だ、ダメですよ、ユピテリア、孤児院も倉庫もそう簡単に増やせるものではないのですから……。
ご飯だって、皆に配っていたらすぐになくなってしまうんですよ?」
その言葉を受けてユピテリアは、意味が分かっていないのだろう、その首をくてんと傾げる。
それを受けてメイドはそれでは困る、そのままで困ると更に声を上げようとするのだが……そこで椅子を軋ませながら振り返った領主が声を上げる。
「アイシリア……相手は子供なんだから、その、なんだ……程々にな?」
その声を受けてアイシリアは……まさか自分が領主に窘められることになるとは……と、愕然とし呆然としてしまうのだった。
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