秋
アイシリアが隣国の上空で大暴れしたことについては結局、隣国がどうこう言って来ることはなかった。
噂としてこんなことがあった、あんなことがあったと伝わってくるが、それ以上の動きはなく……いっそのこと何かを言ってきてくれたなら謝罪するなり出来るのに……と、領主はその胃を酷く痛めてしまう。
隣国としてもあくまでドラゴン同士のことであり……そのドラゴンが何処に住まう、どのドラゴンであるのか正確に判別することは不可能で、その責任を問うことなど到底不可能で、何かを言うことなど出来なかったのだが……そんなことを知る由も無い領主はただただその胃を痛め続けることになった。
そうして領主の胃以外は特にこれといったこともなく平和に時が流れていって……ハーネット領は待望の実りの秋を迎えた。
北の山から吹いてくる風が冷たくなり、木々の葉が色付き、実が大きく実り……そして麦畑の麦の穂が大きく育ち、頭を垂れて……。
そんな麦の中でも領主屋敷の側にある実験畑の麦は、いつにない見事なまでの豊作を……穂が垂れて垂れすぎて、茎が折れかける程の豊作を迎えることになった。
「おお、おおおお! 上手くいったではないか!
まさか豆を植えただけでここまで実るとは……! これはかなりの税収増が期待できそうだな!」
麦と麦の間に大豆を植えてみるという実験を行った麦畑の縁で、そんな声を上げる領主。
するとすぐ側に立っているユピテリアが嬉しそうにきゃっきゃと笑い声を上げて……その麦畑を、黄金の穂と豆の株が青々と茂る麦畑を眺めていたアイシリアが、静かに微笑みながらこくりと頷く。
大人にとっても子供にとってもメイドにとっても、豊かな実りの光景とは美しいもので、嬉しいもので……見ているだけで心がほんのりと温められていく光景であった。
領主やユピテリアやメイド以外にも、この実験畑の様子を見に来ている者の姿が周囲にあり……その面々の誰もが温かな笑顔を浮かべていて、鍛冶師のタックなどは大口を上げて「おおおおお!」と感嘆の声を上げていたりする。
「件の農学者が引っ越してきてくれて、早速教鞭を取ってくれていて……農学研究の方も順調に進んでいる訳だが……うむうむ!
この豆を使った新しい農法だけでもかなりの効果が見込めそうではないか!
麦の収穫が終わったなら豆の収穫も期待出来るし……冬越えの食料的にもかなりありがたいのではないか?
ここらではあまり豆を食べる習慣はないが……これからは豆のスープなり煮潰した豆なりを毎日食べるようにと習慣付ける必要があるな!
全ての麦畑で豆を作るとなったらそれはもう、毎年毎年大量の豆が穫れてしまうからな!」
沸き立つ心のままに領主がそう言うと、メイドは何も言わずにこくりと頷く。
「そうなったらもう、とんでもない税収増になるし……税収増になれば色々出来なかったことが出来るようになるな!
学校に病院に孤児院に!
まだまだ増やしたい施設はたくさんあるからな、来年には色々手が出せそうだな!!」
更に領主がそう言うと……メイドは頷かずに口を開き、短い一言を返す。
「駄目です」
「何故だね!?」
今までに無いと言って良い程の上機嫌だった所に、突然冷たい言葉を浴びせかけられて、思わずのけぞりながら悲鳴のような声を上げる領主。
そんな領主を横目で見やり「ふぅ」とため息を吐き出したメイドは、静かに頭を振ってから言葉を返す。
「今回の実験程度の税収増ではとてもそんな施設に回すお金はありませんし……来年、この農法を領地全域で試してみて、全ての麦畑で成功したとしても……そんな施設は後回し。
まずは貯蓄、次に既存の施設の増強、改修、領民達の慰撫などすべきことは山のようにあります。
これまで何度か言いましたが施設などに回すのはあくまで十分な貯蓄が出来てからの話……我が領の財政上、そうなるにはまだまだ遠く、今はまだその話をすべき時ではありません」
「む、むううううう。
豊作なのになぁ、こんなにも豊作なのになぁ……。
こんなにも穂が重く、黄金色に輝いている程の豊作なのに駄目なのかね?」
メイドの言葉を受けて、麦畑の側にしゃがみ込み、垂れる穂を手にしながらそう言う領主に、メイドは呆れ顔の半目で言葉を返す。
「豊作なのはこの麦畑だけで、他の麦畑は例年通りではないですか……。
一部この実験のことを耳にした者達が真似をしてくれていて、そちらの麦畑も豊作となっているようですが、それも領全体の麦畑と比べればほんの一部のことに過ぎません。
複数の麦畑で豊作となったのは僥倖……豆を植えることが有効であるとの証明になった訳ですし、今はそれで十分ではないですか。
芸術、農法、二つの施策が上手くいった、税収増に繋がった。
その事に満足して……するだけにして、施設を増やすどうこうは綺麗さっぱりと忘れ去ってください」
その言葉を受けて領主は「むう」と声を上げ、仕方ないと諦め渋々といった様子で麦穂から手を離す。
するとその側に立っていたユピテリアが、どうして領主がそんな顔をしているのか、領主とメイドの間でどんな会話がされていたのか、何も理解していないながらも、領主が落ち込んでいるということだけはちゃんと理解して、その手をしゃがむ領主の頭の上へと伸ばす。
「よしよし」
そう言って領主の頭を撫でるユピテリア。
それを見てアイシリアがさっと顔をそむけ、笑いを堪えてふるふると震える中、様子を見守っていた領民達から笑い声が……微笑ましげな笑い声がもれて、鍛冶師のタックの爆笑が周囲に響き渡る。
それを受けて領主は、顔を真っ赤に染めながらも……まさかユピテリアの手を払う訳にもいかず、その状況を甘んじて受け入れる。
そしてそれはユピテリアが満足するまで続けられて……満足したユピテリアがそっと手を離すと、領主はすかさずすっくと立ち上がり、コホンッと咳払いをし、居住まいを整える。
そうしてから周囲を見渡し、笑っていた一同へと抗議の視線を送る領主。
するとメイドは笑ってませんよと言わんばかりの涼しい顔をし、他の一同は居住まいを正し、顔を引き締めて取り繕う……のだが、鍛冶師のタックだけが尚も爆笑し続けていて……、
「タック! お前はいつまで笑ってるんだ!
お前だけ税を倍にするぞ!」
と、領主なそんな怒号が周囲に響き渡るのだった。
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