決戦
アイシリアに噛みつかれた水竜は、まさか本当に攻撃してくるとはと驚きながらも、一方的にやられてばかりもいられないと、水竜としての力を発揮し反撃を試みる。
空中を漂う目に見えぬ水をかき集め、一つの水塊を作り出し、それを動かし水流を産み出し、水流にありったけの魔力を乗せる。
そうすることでうねり唸った水流は、ドラゴンの姿となったアイシリアへと襲いかかり、その身体を凄まじいまでの圧力でもって強打する。
一撃を受けて思わずといった様子で口を離したアイシリアは……自らにぶつかってきた水塊に対して冷気を放ち、あっという間にそれを氷塊へと変貌させ、それを水竜へと叩きつけて……そんな強打を受けた水竜は、氷を砕き、周囲一帯に散りばめながら痛がっているのか怒っているのか、凄まじい咆哮を響かせる。
そうして今度はアイシリアに組み付いての直接攻撃に打って出るが、アイシリアにとってそれはなんとも反撃しやすい、ありがたい形。
たちまちに水竜の腕を凍らせ、その身体を凍らせていって……その氷でもって水竜を拘束しようとする。
「こ、これだから氷竜を相手にするのは嫌だったんだぁぁぁぁ!!」
そんな悲鳴を轟かせながら水竜は、身体にまとっていた水を激しく動かし、震わせ、魔力を蠢かせて熱を発し、自らを覆わんとする氷を溶かしていく。
……が、それは水竜本来の魔力の使い方ではなく、水をそのように操るのは彼が得意とすることではなく……その冷気でもって相手を凍らせるという得意戦術を取るアイシリアの方に勝負の天秤が、じわじわとではあるが確実に傾いていき……水竜はそんな状況を打破するために、博打に近い攻撃を繰り出そうとする。
それはかき集めた水を圧縮し、あらん限りの魔力で圧縮し……圧縮した水を小さく細く吐き出し、その圧力でもって相手を切り裂くという攻撃法で……その為に圧縮されていく水を、水竜の頭上で蠢き唸り小さくなっていく水塊を見やったアイシリアは、あえてその水塊を破壊せずに、その攻撃を受けるという選択をする。
「よ、余裕のつもりなのか、舐めてくれたものだな!」
響き渡る水竜の怒号、それと同時に水が細く鋭く放たれて……アイシリアの身体に当たる直前、アイシリアの周囲に生み出された氷にそれがぶち当たり、凄まじい音を周囲に響かせる。
水と氷がぶつかり合ったというよりも、水竜と氷竜の魔力がぶつかり合ったことで発生したその金切り音は、何処までも何処までも、遥か彼方までも轟き渡り……そうして圧縮された水はアイシリアの鱗に届くことなく、その全てがその氷の壁に弾かれてしまう。
基本的にドラゴンとドラゴンが争うことはありえないことだとされている。
……魔力を極めたもの同士で争っても、双方が頂きにあるために互角で、どんなに時をかけようとも、魔力をぶつけ合おうとも決着がつかないからだ。
そんな当たり前のことを改めてというか、今更になって痛感した水竜は……ならば何故、どうしてこの氷竜の子は、自分に襲いかかってきたのだろうかと訝しがる。
戦ってみて分かったことだが、目の前のこの子はただ怒っている振りをしているだけで全く怒っていないというか、僅かな怒りの感情も抱いていないようだ。
至って冷静で、ただただ氷のように冷たく静かに……何かを企んでいるように見える。
この状況で一体何を、どんなろくでもないことを企んでいるというのだろうか?
どんな奇策でもって、どんな酷い手でもって自分は攻撃されてしまうのだろうか?
そんなことを考えた水竜は、
「そもそも儂はドラゴンの中でも臆病者の、平和主義者なんだぞ、ちくしょう!!」
と、そんなことを叫び、無駄と分かっていながらも威嚇の……つい今しがた吐き出した言葉のせいで、もはや威嚇にもなっていない咆哮を上げる。
それを受けてアイシリアは静かに笑う。
静かに、冷たく、淡々と、何かを企みながら……。
その笑みを受けて水竜は覚悟を決めて、予測不可能の攻撃に備える。
考えても無駄だ、目の前の子が次に何をしてくるかなんて、そんなこと自分なんかに読めるはずがない。
目の前の子は、ドラゴンが何千年かけても何をしても思いつけないようなことを産み出し、編み出し、時にはなんてことを考え出してしまうんだと戦慄してしまう程に賢いというか、想像力に富んだ『人間』と深く交わっている風変わりなドラゴンだ。
きっと人間の想像力を吸収し、身につけていて、何かもうとんでもないことをやってくるに違いないのだ。
そんな考えでもって水竜が懸命に、出来る限りの魔力を練って備えていると……アイシリアは小さく「ふっ」と息を吹き出して笑い、その魔力を練って己の姿を変化させて整えて……アイシリアに良く似合う、メイド服を身に纏ったいつもの姿に戻っていく。
「……な、なんだ、も、も、もう終わりなのか?
わ、わ、儂はまだまだ戦えるぞ!!」
そんなアイシリアの姿をじっと見つめ、ドラゴンの姿を維持したままの水竜がそう返すと、スカートをぱたぱたと叩き、整えたアイシリアが微笑みながら言葉を返す。
「はい、目的は果たしましたのでこれで終わりです。
……これだけ暴れたならそれで十分……下でこちらを見上げている愚か者たちもさぞや肝が冷えたことでしょう」
アイシリアの言葉を受けて水竜は「下? 何のことだ?」と首を傾げながら首を下げ視線を下げ、アイシリアの言う『下』を見やる。
そこは庭園だった。
療養中だった水竜がこっそりと身を隠し、疲れを癒やしていたあの庭園だった。
この国の王が管理する、国の顔とも言える庭園には、その国王とかの妹の姿があり……両者共に真っ青な表情をしながら、一体何が起こったのだと、自分達はこれからどうなるのだと、怯え恐怖しながらその身を震わせている。
「先程も言いましたが、わたくしは今回の件に対し、言う程怒りを感じていないのですよ。
……ただまたあんなことが繰り返されては困るので、何度も何度も舐めた真似をされては不快で仕方ないので、もう二度とあんなことをしてくれるなと釘を差しに来ただけなのです。
……ドラゴンとドラゴンが国の要所の上空で大暴れするという前代未聞の事態をこうして起こせましたし、わたくしの目的はもう十分に、十分過ぎる程に達成されています。
……国の要所でこんなことが起きてしまって、民はさぞや不安に思うでしょうし、一体何処の馬鹿が何をやってくれたせいでこんなことになったのだと大騒ぎもするでしょうし……その責任を誰かが負うことになるでしょうが、それは下の方々の、人界の方々が決着すべきことでしょうから、これで本当に十分なのですよ。
……いくらか暴れられてすっきりしたというのも本音ではありますし、その点に関してはアナタに感謝を申し上げたいと思います」
そう言ってアイシリアは丁寧に……嫌味になる程丁寧な一礼を披露する。
その一礼の中でアイシリアは……自らのことを見上げている一人の女のことを視界におさめる。
まさかドラゴンがこんなことに、人界の政治のことに関わってくるなんてそんな馬鹿なことがあってたまるか。
ドラゴンとはもっと泰然とし、悠然とし、人間とは全く違う段階にいるもので、生命の頂点に座して人間のすることなどに興味を持たない存在ではないのか。
と、そんな顔をしている女のことを……。
その女に対してアイシリアは、聞こえるはずのない、この距離では届くはずのない一言を呟く。
「ごめんなさいね、わたくし、まだまだ産まれたばかりの、大人げないドラゴンなんです」
そうしてから顔を上げて踵を返したアイシリアは、唖然とする水竜をその場に放置して……スカートをそっとつまみ上げ、なんとも軽く弾む足取りで屋敷への帰路につくのだった。
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