ドラゴンとドラゴンが出会って
近所に住まう農夫の妻リアナにユピテリアの世話を頼み、屋敷を後にしたアイシリアは、領主が気付いていないだけで、ずっとその側で彼の動向を見守っていた。
事の成り行きの全てを……兄と出会い言葉を交わし、怪我を負いそうになり、領民達に助けられ、兄がその愚行に至った理由を話す間もずっと側で、木の陰に隠れながら見守っていた。
そうして黒幕が誰だったかを知ることになったアイシリアは、すぐさまに空へと飛び立ち、真っ直ぐにその黒幕の下へと、隣国へと向かって空を駆け出してしまう。
その目を厳しく釣り上げ、スカートが乱れていることを気にも留めず、馬が駆けるよりも早く、鳥が空を飛ぶよりも早く、凄まじい冷気を放ちながら一直線に。
そうやって後少しで隣国という所まで駆けていくと、アイシリアの目の前に突然一人の老人が現れ……アイシリアの行く先を塞がんと両手を広げて立ちはだかる。
「どいてください」
空中の、雲に手が届かんという場所に立つ白いローブを身に纏った、禿頭白髭という姿の小柄な老人に、アイシリアはたったそれだけの言葉を投げかける。
すると老人は苦笑を浮かべ、アイシリアが放つ冷気に身を震わせながら言葉を返す。
「い、いやいや、待って待って、待っておくれ。
別にアンタの邪魔をしようって訳ではないのだ、事を起こす前に少しだけ、話を聞いてほしいと思っただけなのだよ。
アンタがそこまで怒ってしまっている、その理由に関係あることなのだよ」
老人らしいしわがれた声でそう言われてアイシリアは、空中に立ったまま居住まいを正し、乱れたスカートを叩いて直し……そうしてから老人をきつく睨み、言葉を返す。
「……話があるのでしたら、わたくしも火急の用事がありますので、さっさとどうぞ」
「ああ……うん、話すよ、話すけどもね……君、氷竜の娘だよね?
儂は一応、君の父上と同格なのだけれども……失礼すぎない、かな?」
「そんなことは知っています。
気まぐれで考え無しで、かつてある国で大災害を起こした雷竜の次に愚かだとされている水竜であることはひと目で分かりましたので」
「……ああ、うん……はい、その通りだ……いえ、その通りです。
その水竜です、はい……。
……いや、うん、そうだな、心を折っている場合ではないな、どうにか気を取り直しての本題だ。
君が仕えている……主人か、彼にちょっかいをかけようとしたのは、今から君が襲撃しようとしている隣国でもなければ、その国王でもない。
国王の妹である―――」
と、老人がそう言って……その妹の名前を口にしようとするその前に、アイシリアはたっぷりと威圧を込めた言葉を、老人の言葉に被せる形で返す。
「―――だから? それがどうしたというのです?」
氷のように冷たく、何の感情も込めずにただ淡々とそう言ってくるアイシリアに対し、言葉を遮られ……ごくりと喉を鳴らすことになった老人は、震え上がりながら恐る恐るといった様子で言葉を返す。
「……いや、その、ね?
その国王がさ、うん……ドラゴンにね、祈っていたのだよ。自分は今回の件に関係ないから、自分だけは助けてくれって、そんな感じにね。
で……儂は今、あそこの国で世話になっているというか、あそこで療養中でさ……で、そんな言葉をたまたま耳にしちゃったのだよね。
で、まぁ……その、なんだ、久々にしっかりと祈られちゃったものだから、出来ることならその願いを叶えてあげたいなぁって……。
君が怒る理由もまぁ、うん、分かるから……その、どうか国と国王には被害をださないであげてくれないかな」
そんな老人の老人らしからぬ言葉を受けて、アイシリアは何も言わず、無表情のまま……全く興味なさげに、あらぬ方向へと視線を向けてから「ふぅ」とため息を吐き出す。
そうしてもう一度スカートを整えたアイシリアは、涼しく柔らかな笑顔を浮かべてから老人へと言葉を返す。
「……実のところわたくしは、それ程怒ってはいないのですよ。
特に怪我人もなく、問題が大きくなる前に解決してくれたようですし……大事にするつもりは全く、僅かもありませんでした。
ただし、大事にするつもりが無いとはいえ、あちらが明らかな悪意でもっての手出しをしてきたことは事実ですし、その対策をしなければと……次の手を打たれる前に、こちらから手を打っておく必要があるだろうと考えて駆けていただけのことなのです」
その言葉を耳にして水竜はほっと胸を撫で下ろす。
激昂し、理性を失い……こちらの国を滅ぼされてしまったらどうしようかと心配していただけに、その安堵は大きく深く……水竜は油断して、元の姿に……薄緑色の、てらりと光る鱗を持つ、ドラゴンの姿に戻ってしまう。
「……そう思っていたのですが、いやはや、まさかこんな所で良いお話を聞けるとは思いませんでした。
そうですか、黒幕は王家の人間でしたか……。
そして王がそんな祈りを捧げたということは……王は事情を知っていたというのに、その上で黒幕の愚行を放置し、見て見ぬ振りをした共犯者であると、そういうことになりますよね?
……なるほどなるほど、分かりました。
アナタの顔を立てて黒幕は凍結刑、共犯者である王は半凍結刑で許してあげましょう。
……良かったですね? 半分は生きてられますよ」
油断して、頬を緩ませて、柔らかな微笑みを浮かべていた水竜は、そんなアイシリアの言葉を耳にして、ピシリと……まるでその冷気にやられたかのように凍りつく。
凍りつきギギギと顔を動かし、アイシリアの方へとゆっくりと向けて……いつの間にやら氷竜らしい、ドラゴンらしい姿へと変貌していたアイシリアの殺意に満ちた笑顔を見て、全身をぶるりと震わせ、ガタガタと周囲の空気を震わせながら……それでもと、どうにかこうにか振り絞るかのように声を吐き出す。
「ど、どうにか国王さんだけは許してあげてくれないかなぁ。
わ、儂としても君がそんな暴挙に出るなら、抵抗する必要があるっていうかさぁ……。
水竜として止める必要がある……と、思うんだよね。
そ、そ、そ、そ、そんなさ、ど、ドラゴンとドラゴンが争うなんて、不毛なこと、やったって誰の得にもならない訳で―――」
それは水竜なりの、心の奥底にしまい込んでいた勇気を振り絞っての、精一杯の言葉だった。
争いたくない、争いなんて起こしたくないという気持ちがたっぷりと込められた、平和的解決法を模索するための言葉だった。
それを受けてアイシリアは、ドラゴンの姿でニコリと微笑み……水竜へと突撃し、その身体を凄まじい力で押しやりながら、その口を大きく開け、牙をぎらりと煌めかせ、水竜の首へと突き立てるのだった。
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