兄弟の問答
その日の朝、ポールが領内にやってきている、領内で盗みを繰り返しているとの情報を耳にしたパーシヴァルは、何も言わずに屋敷の倉庫へと向かい……倉庫の奥にしまわれていた白銀色の、金色の塗料で装飾のされた鎧を、メイドの手を借りることなく一人で身につけ始めた。
何も言わずに淡々と、決意を秘めた瞳をしながらそうする領主に、追いかけてきたメイドが問いかける。
『……わたくしが対処しましょうか?』
その問いに対しての領主の言葉はこういうものだった。
『ダメだ。僕がやらなければダメなんだ。
もはや公的な縁はないとはいえ、それでもアレは僕の兄だ、それを他人任せにするなど……絶対に許されることではないし、そんな真似をしたなら領民達の信頼を失ってしまうことだろう。
……罪人の処断は領主の仕事でもある……今回ばかりは君の力を借りる訳にはいかないよ』
確固たる意思を込めた声で、力強く光る瞳を向けながらそう言ってくる領主に、メイドは言葉を返すことが出来ず、ただ頷くことしかできなかった。
『ユピテリアには知らせなくて良い。
まだあの子は幼い……こういったことは追々教えていけばいいだろう。
いずれは今日のことを……領主とはこういう存在なんだと教えてやる必要はあるだろうがな』
と、そう言って鎧を……代々伝わる、体格が良かったらしいご先祖様の鎧を無理矢理に身につけて、愛用の剣を腰に下げ……力強く優雅な、静かな足取りでもって歩み、屋敷から出ていく。
その後姿を見送ったメイドは、あることに気付いていたのだが、そのことについては何も言わず、何も知らせず……ただただ静かにその背中を見やるのだった。
……そうして今領主は、兄ポールに剣を向けている。
「愚かなる盗人め! 抵抗はやめて大人しく投降せよ!!」
と、そんな声を上げながら。
そんな弟パーシヴァルの声に対し、ポールは顔を真っ赤に染めて激昂しながら言葉を返す。
「だ、誰が盗人か! そこらから少しばかりの食料を拝借したのは確かだが、この地の全ては我がハーネット家の所有物!
領民達にはそれを貸し与えてやっているに過ぎず、そこにあるものを手に取ったとしても、盗みにあらず、正当なる所有者が手にしたと、ただそれだけの話だろう!」
「貴様はもうハーネット家の人間ではない!
我が兄でもなければ、領主でもなく、ましてや貴族ですらない!!
……仮に領主であったとしても、そのような行いが許されるものか!! 貴族とは領主とは、無法の輩ではないのだ、その血を誇るものではないのだ、特権階級ではないのだ!
王と領民達から託されたその責任に恥じることなく働き、献身し、奉仕して、そうしてようやくそのように振る舞うことが許される……ただの肩書、在り方に過ぎないのだ!
恥を知れるが良い!」
「ついに呆けたか! この愚弟め!
愚かな民達とこの我が同じ存在であるものか! この偉大なる、世界が生まれし頃より貴き血を何だと想っている!
お前こそ恥を知れ! いや……恥を知らぬお前は、貴族では無いのかも知れないな!
そうだ、そうに違いない! 平民の子供が我が家に紛れ込み、貴き血を汚しているとしか思えんな!」
「そうとも、僕は愚か者だ! そして愚かだからこそ現実を見ることが出来た!
生まれなんてものに意味は無い、血に貴賤なんてありはしない!
どういう環境に生まれ、どういう努力をしてきたか、そこに違いがあるだけなのだ!
貴様は民を見下し馬鹿にしているようだが、農に関わるものは農の知識に長け、工に関わる者は工の知識に長け……そして僕たち貴族は、政治に関わるものとして政治の知識に長けているだけに過ぎない! 貴族と平民とはたったそれだけの違いでしかないのだ!」
「愚かな! 愚かな! このっ……愚か者め!
もはや問答無用、貴様のような卑しき血の蛮族は正義の刃でもって斬って捨ててくれる!」
そう叫び……もはや罵倒の言葉も思いつかないのか、口を閉ざしたポールがベルトに下げていた剣を引き抜く。
先に剣を抜いていたのも、突きつけていたのもパーシヴァルだったが、パーシヴァルはそれに対して反応を取ることが出来ない。
決してその度胸が無かった訳でも、腕が無かった訳でもない。
目の前に居たのがただの盗賊であったなら、あるいは獣であったなら一瞬で斬り捨てていたことだろう。
目の前にいるのが兄だったから……幼い頃から憧れていた、優秀なはずの、自分より賢かったはずの兄だったから、動きが鈍ってしまった、決断が鈍ってしまった。
大人になってみて、責任ある立場になってみて、その視点で兄を見てみると、こんなにも愚かに見えてしまうのかという、精神的な衝撃も影響していたのかもしれない。
そして兄には一切の躊躇は無かった。
目の前にいるのは弟ではない、貴族ですら無い、ただの愚民だ。
本心からそう思っていた兄の腕と決心に一切の鈍りは無かった。
兄が振るった剣がパーシヴァルの下へと迫り、慌ててパーシヴァルは防御をしようとする。
……が、動くのが遅かった、兄の剣のほうが鋭かった。
迫る切っ先を見てパーシヴァルは覚悟を決める。
「させるものかぁぁぁぁ!」
それはパーシヴァルにとって何度も何度も耳にしてきた、聞き馴染みのある声だった。
屋敷近くの農家の、長男トールの放った声だった。
そして声と同時に、何人もの民達が、農民が、木こりが、猟師が、職人が兄へと群がり、ポールの腕を、剣の柄を掴み……その勢いのまま地面へと押し倒す。
どうやら彼らは、近くに木々の陰や、岩陰に隠れ潜んでいたらしい、隠れ潜みながら領主のことを見守り……そして領主と兄の問答に聞き入っていたらしい。
そしてメイドは彼らがずっと……屋敷の側から領主を見守っていたことに気付いていた。
ポールがやってきたと聞いて、盗みを働いていると聞いて領主が何をするのか、それを完璧に予想していた彼らは、領主を守ろうとずっと……日がまだ昇らぬ夜更けからずっと屋敷の側に控えていたようだ。
あるいは彼らはポールが屋敷を襲撃するかもと考えていたのかもしれない。
ポールにパーシヴァルをやらせてたまるものか。
パーシヴァルにポールを討たせるなどさせてたまるものか。
自分達が領主の刃となり、腕となり、この悪人を征してやろうと考えていたのかもしれない。
「おい! トーマス! 早く剣を放させろ!」
「分かってるけどさ! こいつ、手を放そうとしないんだよ!」
「タック! そこの石を手に叩きつけてやれ!」
「このっ、このっ、諦めろ!! 抵抗したって怪我が増えるだけだぞ!」
兄に群がり、もみくちゃになり、一塊となりながら、そんな声を上げる領民達。
……そうして盗人であり、貴族でもなんでもない平民のポールは、領主が手を下すまでもなく、忠誠心篤き領民達の手により捕縛されるのだった。
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