ポールの旅路
森番の放った一撃をどうにか回避したポールは、その勢いのままそこから逃げ出し……そうして森を抜けて、森を切り拓いて作ったらしい中々の広さの麦畑へと足を踏み入れていた。
「……なんだこの畑は、雑草だらけではないか……。
よほどの怠け者の畑のようだな」
ポールが雑草と評したそれは顔を出したばかりの豆の苗であり、それは領主が新農法を試していると聞いたこの辺りの農夫達が、自分達でもそれを試してやろうと……、
『領主様のことだからきっと失敗するに違いない、だから儂らの方でも新農法を実践し、研究し、領主様の助けとなってやろう』
と、そんな考えでもって植えたものだが、そんな事を知る由も無いポールは、なんとも不快そうに表情を歪めて何かを見下すような、そんな視線でもってその麦畑を眺める。
「……全く、領主がしっかりしないから農夫達がこんな風に怠けるのだ。
ああ、まったくまったく……あの馬鹿のせいでこんなところまでが荒れてしまっているではないか……」
そんなことを呟きながら麦畑を歩いていったポールは、誰かの気配を感じ取り……あの凶暴な森番が追いかけて来たのではないかと考えて、麦畑から駆け出て、畑側にあった農具小屋の陰へと身を隠す。
すると何人かの農夫達がのそのそと歩いてきて……畑に入ってしゃがみ込み、雑草に手を伸ばし、麦穂に手を伸ばし、畑の手入れをし始める。
(ふむ……一応はああやって働いてはいるのか。
しかし一向に雑草を抜こうとしないのは何故なんだ? 雑草をあのままにしておく理由などないだろう。
それにあの農夫達……勘違いだろうか、俺の知っている農夫よりも活力に満ちているというか、服の粗末さはそのままなのだが、農夫とは思えない程に肌艶が良い。
……なんだ? 怠けているからか? 十分過ぎる程に怠けているからこそあんな風に活力に満ちているのか?)
ポールの抱いた疑問の答えとしては、アイシリアという氷竜の加護の下、魔物に襲われる心配も、病魔に襲われる心配もないからと毎晩一切の不安を抱くことなく眠れていることと、領主の計らいで様々な娯楽……芸術鑑賞などが楽しめること、森に自由に入れるおかげで様々な森の恵を口にできていることなどがあったのだが……ポールはそれらの答えに到れずに、煩悶とした気分に包み込まれてしまう。
(まさかあのパーシヴァルが上手くやっている……とか?
……いやいや、そんな訳がない、絶対にそんな訳がない。
もし仮にあいつがまともな領主であったのなら、麦畑がこんなに荒れているはずがないのだから……そんなこと絶対にある訳がない!)
胸中でそんなことを呟いたポールは、ぐっと拳を握り、顔を左右に振り煩悶とした気分をどうにか振り払う。
(……今はそんなことよりも、味方を増やすことを考えなければ。
目の前の農夫達はどうだ、味方たりえるか……?
……いや、パーシヴァルのおかげで怠惰な毎日を送れているのだとしたら、厳しく農夫を律するだろう真っ当なる貴き血たる我に協力するはずがないか……)
と、そんな結論を出してポールは、足音を立てぬよう、農夫達に気付かれぬよう、ゆっくりと足を動かし、ゆっくりと体を前へと進めて……その場から立ち去る。
それからポールはハーネット領の中を隠れ潜みながら、息を殺しながら歩いていって……その過程で様々な光景を目にすることになる。
しっかりと整備された川岸、川から伸びる水路、以前の記憶とは全く一致しない程に広い畑に、見たこともない様々な果物がたわわに実る果樹畑。
芋畑に、薬草畑、香辛料の畑まであって……年数が経っているせいなのか、農夫達が余程に頑張った結果なのか、ポールが知るハーネット領とは全く一致しない、何処か別の領に迷い込んだのかと思うような光景が広がっていたのだ。
パーシヴァル・ハーネットは優秀という言葉とは縁遠い男だ。
優秀でないからこそ様々な施設の建造以外にも、安易な税収の引き下げを行ったり、古代の英雄に倣うんだと、全く必要としていない地域への無闇な治水工事を行ったりしてしまっていた。
結果、税収はぐんと下がり、出費だけがうんと増えて、ハーネット家が溜め込んでいた財産を次々と吐き出すことになり、領内からは一体領主様は何をやっているのだと、いくらなんでも馬鹿過ぎないかとそんな不安の声が上がることになり……不安が治安の悪化を呼び、治安の悪化が経済の停滞を呼び、パーシヴァルが独りで政務を行っていた頃は、本当に最悪としか言い様のない、酷い有様となってしまっていた。
……だが、そこにアイシリアという優秀なメイドがやってきて、パーシヴァルの政務を補佐するようになり……パーシヴァルが行った無駄な治水工事をどうにか有効活用する為にその地域の開墾を促し、他所から買い取った果樹を竜の翼でもって運んできては植えていって、税収が低いなら低いなりにやれることがあるはずだと帳簿を一から見直し、見直した帳簿を参考にして領内の不正を潰していって、治安を回復していって……と、様々な『治療』を領内に施していった。
そんな風にアイシリアが手腕を振るうようになって二年。
パーシヴァルの数々の失政と、アイシリアの治療の結果が今、ポールが目の当たりにしている光景だった。
だというのにポールはその光景を受け止めることが出来ない。
自らの目で見ている事実であるのに、それを受け入れることが出来ない。
あのパーシヴァルが領主になったのだから、荒れてなければいけないはずなのに、荒れていると聞かされていたはずなのに、一体全体どうして目の前の光景は荒れていないのだろうか……?
そんな事を考えながらポールは、数日の間ハーネット領を彷徨うことになる。
畑の作物を盗み食い、農夫達の家や倉庫で作られていた保存食などを盗み食い、宛もなくふらついての数日間。
何度か領民達に、ポールなりに味方になってくれるだろうと考えた領民達に声をかけたが、全く耳を貸してくれず、貸してくれないどころか襲いかかられてしまうという孤独な数日間。
そうしていつの間にか、無意識で懐かしき我が家の方へと足を向けてしまっていたのか、領主の屋敷のすぐ側という所までやってきたポールは……、
「愚かなる盗人め! 抵抗はやめて大人しく投降せよ!!」
との、鎧を着込み、剣を抜き放ち……醜いまでに肥え太った弟パーシヴァルのそんな言葉を耳にして……誰が盗人だと、醜い豚が誰に向かって愚かなどと言っているのだと、どうしようもない程の怒りと激情に支配されてしまうのだった。
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