森番
(さて……どういった手段であの愚弟を追いやるにしろ、まずはそれなりの資金と手勢がなければ話にならないな。
……陛下の遣いから頂けた資金は当面の生活費として家に置いてきてしまったし……ふむ、まずは話の通じそうな奴らに協力を頼むべきか)
細身の長身、さらりとした赤色混じりの金髪、鋭くつり上がった赤目、誰もが目を奪われるだろう凛々しい顔つきの三十代。
ハーネット家の元長男、ポールがそんなことを考えながら森の中を……国境を越えた先、ハーネット領内の鬱蒼とした森の中を、無理して揃えた上等なシャツとズボンとブーツと、マントという旅装で歩いていると……がさごそと何者かが森の中を突き進んでいるというそんな音が響き聞こえてくる。
(……なんだ? 獣か?)
そんな事を考えてマントの下、ベルトに下げた剣へと手をやりながら、木の陰に隠れるポール。
すると緑のマントに緑色の質素な服、そしてハーネット家の紋章入りのハットを被った大男が姿を見せて、何かを探しているのか周囲へと視線を巡らせ始める。
(……なんだ、我が家の森番ではないか)
森番。
薪や木の実、獣肉に薬草。
生活に欠かせない様々な物が山のように手に入る、森という『財産』を荒らされないように、森に住まい森を守る、領主直属の召使い。
その姿を見るなりポールはにやりと頬を綻ばせる。
(森番であれば武器を持っていることだろうし……味方にしたなら食うにも困らないだろう。
森の品々を売り払えば資金も調達できるし……それにあの体躯、相当に勇猛な者であるのだろうし……うむ、悪くないな。
全くパーシヴァルめ、適材適所という言葉を知らんのか……あれほどの男を森番などという下等な職務に就かせるとは)
そんなことを考えたポールは、隠れていた木の陰からばっと飛び出し、両手をがばりと広げての仁王立ちとなり、
「そこな森番よ! 我が名はポール・ハーネット!
栄光なるハーネット家の正式な領主である!
まずは膝を付き、我に挨拶をするが良い!」
と、そんな声を上げる。
すると大男は……その彫りの深い顔をぐっと怒りに歪め、蓄えた茶色の髭をぶわりと揺らしながら、腰に下げていた鉈のような剣を引き抜きポールへと斬りかかる。
「な、何をするか貴様!?
そ、それでも我が家の召使いか!!」
その剣をひらいと避けながらポールがそう声を上げると、大男は周囲の木々を震わせるかのような大声を張り上げる。
「黙れ!! 森荒らしがよりにもよって領主様の名を騙るとは!!
そもそも領主様のお名前はパーシヴァル様だ!! ポールなどとそんな名前聞いたこともないわ!!」
そう声を張り上げた大男はぶんぶんと剣を振り回し、周囲の木々を、地面を、次々に斬り裂いていく。
「ぐっ……さては貴様、新人か!!
この我の名を知らぬとは……!! 我はパーシヴァルの兄、ポールだ!
どうせパーシヴァルは大した禄を払ってないのだろう!! 我につけ!
我につき、そうして我が領主となったなら、その剛勇さに金貨を支払うだろう!!」
木を盾にし、森の中を転げ回り、振り回される剣を回避しながらそう声を返すポール。
森番に金貨を払うなど前代未聞。これでこの森番も転ぶはずだとポールは考えていたのだが……大男は更に激高し、剣をデタラメに振り回しながら大声を張り上げてくる。
「金貨がどうした!! パーシヴァル様はそれ以上のものをくださったぞ!!」
そんな大男の言葉を受けてポールは、驚愕し混乱する。
意味が分からない、森番なんかに金貨以上のものを?
全く意味が分からない、そんなことをして一体何の意味があるのか。
この大男もパーシヴァルも森番が何であるのかを知らないのか!!
混乱の極地の中で、そんなことを胸中で叫んだポールは、懸命に思考を巡らせる。
どうしたらこの男を落とせるのか、何を提示したらこの男はこちらに転ぶのか。
そんなことを懸命に……早く良い案を思いつかないといつしか体力が切れてしまうぞと、転げ回りながら必死で考えて……そんなポールに対し、大男は容赦なく剣を振るい続ける。
大男は代々この森の森番をしている家系の生まれだった。
領主からは下賤な召使いと蔑まれ、領民達からは小狡い奴らだと、領主からのおこぼれで楽をしていきている奴らだと蔑まれ……家族と森の動物以外とは会話をすることも許されない、それでいて仕事は厳しく危険で辛いという、そういう家系の生まれだった。
いつしか父の跡を継ぎ、何の為にこんなことをしているのだろうかと愚痴をこぼしながら毎日を暮らすことになるのだろうと、大男はそんなことを考えて毎日を生きていたのだが……それがある日、パーシヴァルが領主になったことで、その人生は一変することになる。
『薪? 好きにとって使うなり売るなりしたら良い。
獣も好きに狩って食べるなり売るなりしたら良い。
木の実や薬草、ハーブなんかも好きに使ってくれて構わない。
……森の全ては領主の、僕の所有物だからそれは許されないだって? その領主が好きにしろと言っているのだから気に病む必要はない。
上納だとかも必要ないし、きつい仕事だろうからな、税もある程度免除してやろう。
……その代わりこの森を守ってやってくれ、この森は周囲の領民達の生活を支える、大事な大事な森なのだ、よろしく頼むぞ』
通常、領主が所有する森というものは、その全てが領主の財産である為、たとえ森に住まう森番であっても薪や食料を必要以上に拾ったり狩ったりすることは許されず、売るなんてのは以ての外、絶対の禁忌とされていることだった。
どんなに枯れ木がそこにあっても、食料にあふれていても、領主のものだから、領主がいざ狩りに来た時のためにと……領主に許可を得た特権を持つ者達のためにと、手を出すことは決して許されなかった。
だがパーシヴァルはその森を、領民達の好きにせよと、森が枯れない程度であれば好きなようにして構わないと、使用料を取ることなく開放してしまったのだ。
おかげで領民達のいらぬ嫉妬を買うことはなくなり、蔑まれることもなくなり、腹いっぱいに美味しい食事を食べることが出来るようになり……それだけでなくパーシヴァルは、森で生きていくのは大変だろうと様々な気を使ってくれて……更には嫁に出会うのも一苦労だと良い縁まで紹介してくれまでした。
パーシヴァルが肩にそっと手を置きながらかけてくれた、優しく温かな言葉を思い出しながら大男は剣を振るい続ける。
この俺にとって領主とはパーシヴァル様のことであり、パーシヴァル様以外の領主など存在しない。
兄だろうが父だろうがドラゴンだろうが大地の精霊だろうが……パーシヴァル様以上の領主が存在するものか。
内心でそう叫んだ大男は、
「とどめだぁぁぁぁぁ!」
と、叫んで目の前の森荒らしにトドメをさすために、全力での一撃を叩き込むのだった。
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