領主にとっての貴族
「むう、このハーブティ……初めて口にした風味だが美味しいではないか」
翌日。
昼寝をしなさいとユピテリアを寝かしつけての昼下がりに、庭に置かれたティーテーブルの椅子に腰掛けた領主が、カップに口をつけるなりそう言うと……メイドは「そうですか」と、素っ気のない一言を返す。
それは何度も繰り返されてきた、いつものやり取りのはずなのだが……僅かにメイドの声が弾んでいるように感じられて、領主はくいと首を傾げる。
そうして領主がメイドにそのことについて問いかけようとすると……そうするよりも早く、メイドの方が領主に問いを投げかける。
「そう言えば、ユピテリアについてなのですが……彼女の立場はどういったものとなっているのですか?
表向きにはアナタの養子ということになっていますが……本当に養子として、この家を継ぐ跡取りとして養育していくおつもりなのですか?」
その問いに対し領主は、こくりと頷き……カップを空にしてから言葉を返す。
「勿論だとも。
既に王都にその旨の報告は済ませていて、彼女は公的にも僕の養子、僕の唯一の家族だ。
僕に何かがあれば彼女がこの地を治めることになり……この地は王国史上初のドラゴンの治める地となる訳だ」
「……よく王都が、王がそれを許しましたね?」
「許すも何もないさ、いざドラゴンがその気になれば力尽くで全てを奪うことも出来るのだからね。。
……それが気まぐれのことだったとはいえ、ドラゴンがそう望んで僕の下に子を送ってきたのだから、僕達としてはそれを受け入れざるを得ない。
受け入れざるを得ないが……こうして養育の権利は与えられているからね、まだ穏便と言える手段だと、被害の少ない手段だと思って受け入れる……べきなのさ」
「……そうですか。
ところで先程の発言でもう一つ気になったことがあったのですが……『唯一』の家族とは一体?
アナタには両親と兄がいたはずでは?」
「ああ、確かにいたね。
いやまぁ、血縁上は彼らは今の僕の家族なんだろうが……公的に、貴族的に彼らはもう全ての関係が絶たれた他人だ。
既に絶縁に関する手続きは終えていて、陛下の裁可は下されていて、彼らが仮にそう望んだとしても、彼らはもうこの地を治められない、貴族を名乗れない、僕の家族などと口が裂けても言うことのできないそういう立場にある。
……それも当然のこと、貴族とは即ち王に領土の管理を任せられた王の代理人だ。
それがただの気まぐれでもって代理をやめます、代理の責務から逃げますなんてこと許されるはずがない。
陛下が許さないのは当然のこと、他の貴族や領民達だって彼らを許さないだろうし……特権に甘んじはするが責務は果たさないなど、人のすることではない。
……両親は今王都にいる訳だが、どうしてまだその首が繋がっているのか不思議でならないよ。
彼らは未だに貴族気分で、ハーネット家の家名を名乗っているそうだが……そんなことは決して許されない、平民のはずなのだがね」
淡々と、領主にしては珍しく冷たい口調でそう言ったのを受けて、メイドは静かに、何も言わずに領主のカップにハーブティのおかわりを注ぎ込む。
それを一口で飲み干した領主は、小さくため息を吐き出し……そうしてから更に言葉を続ける。
「僕が今こうやって豊かな暮らしを送れているのは、陛下がそうして良いと許してくださったのと、領民達の働きによるものだ。
それに報いるために僕は、命をかけてこの領地と領民達を守らなければならず……その責務から逃げ出すなど絶対に許されることではない。
……もし仮にどうしても逃げたいのであれば、自らの首を断って、この身に流れる血をこの領地に返す必要があるだろう。
……それ程に貴族という任は重く、重いからこそ様々な特権、利権が許されているのだ。
重く、豊かに、優雅に、美しく、力強く。
そうあればこそ領民達は僕達貴族に憧れ……あんな暮らしをしてみたい、あんな風に立派な人間になりたいと、そう思うようになり……単調かもしれない、平凡かもしれない、そう生きるのは苦痛かもしれない、なんでも無い日々の暮らしを頑張れるんだ」
そんな領主の言葉を受けて、メイドは何も言わずにこくりと頷く。
頷き、手にしていたトレイの上にティーポットとカップをそっと置いて……、
「もう一度淹れてきます」
と、そう言ってその場を後にする。
それに対し無言で頷いた領主は、ゆっくりと北の空を見上げて……そこに鎮座している氷竜は、一体どんな想いで日々を生き、我々のことを見やっているのだろうかと、そんなことを思うのだった。
――――?? ?????
季節の花々が咲き乱れる、大きな庭園に置かれた長椅子に腰掛けた、豪華な刺繍のされた絹服を身に纏った男女が言葉をかわし合っている。
「……お隣さんのあそこ、だいぶ豊かになり始めているみたいね?
無能と無能と無能が揃って、勝手に破綻してくれるかと思っていたのに、全く予想外ったらありゃしない」
「……無能って君ね……。
口が悪いと言うかなんというか……あそことは確か、友好関係を築いていたのではなかったか?」
「ええ、確かに築いていますが、友好関係とはつまり、表向き仲の良い振りをしつつ、外交的経済的、あるいは軍事的手段でもって相手の全てを奪い取るための準備期間のことでしょう?」
「……それはまた、あまり良いとはいえない過激な意見だね。
そもそもあそこにはドラゴンがいる、少なくとも軍事的手段は通じないのではないかな」
「……ええ、忌々しいことに。
ですがこちらにはあのカードがあります、彼の地の本来の領主であるアレの兄というカードが」
「うーん……どうだろうねぇ、私はそのカードは今ひとつだと思うねぇ。
そもそも彼はあの地を、彼の家族を見捨てたような愚者である訳で……」
「……まぁ、確かに。
ですがまぁ、そんな愚か者であるからこそ、いざ失敗に終わっても、捨札となったとしてこちらの懐は傷まない訳ですし、ここらで使ってみるのも悪くないかと思います」
「いや、うーん……悪いと思うなぁ、私は。
下手に手出しをして、ドラゴンの怒りを買ってしまったらどうなることか、想像もできないよ」
と、男は最後まで否定的な態度を貫くが、男の言葉を全く受け付けず、男の苦い表情を全く見もせずに女は「それでもやりますから」とそう言って長椅子から立ち上がり、その場から立ち去ってしまう。
その背中を見送りながら男は、空へと視線をやり……、
「ドラゴン様、ドラゴン様、私は反対しましたからね、最後まで反対しましたからね、怒りを向けるのはあの女だけにしてくださいね。
どうか私のことだけは助けてくださいね……!」
と、そんな言葉を……力をたっぷりと込めた言葉を口にするのだった。
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